十五日午前十一時頃、北大植物園の西寄りの林の中に死体があるのを、園内を巡回中の市職員が発見し警察に届け出た。死んでいたのは四十~五十歳の男性で、死因に不審な点があり、札幌中央署と道警察本部で調べたところ、ロープのような物で首を絞められ、殺害されたものと分かった。警察ではただちに中央署内に捜査本部を設け、捜査を開始した。犯行は十三日の深夜か十四日の未明とみられるが、現在までのところ、目撃者および、被害者の身元を示すような所持品はなく、警察は行方不明者など、心当たりがないか、市民の協力を呼びかけている。
内田康夫『札幌殺人事件』(光文社1994, p26)
「今日、植物園で死体が見つかった」と断りもなしに書いてあるとびっくりしてしまうかもしれませんが、ご安心ください。実際にあった事件ではありません。新聞をさがしても記事はありません。植物園に行っても死体はありません。内田康夫作『札幌殺人事件』からの引用でお伝えする「物語の中の北大」第27回です。
本作は、ルポライターの浅見光彦が各地で様々な事件を解決していく人気シリーズの一作です。植物園以外にも円山界隈や、中島公園にあるパークホテルと思われる「パークサイドホテル」、そして中央区のひかり公園なども登場します。
死体が発見されたのは10月15日の土曜日ですが、何年なのかは直接の記述がありません。しかし曜日と月日の一致、そして時代背景から、作中の日はちょうど30年前の1994年だと思われます。本作で描かれる事件にはサッポロドームの建設問題がからんでいます。また下敷きとして1991年の阿部文男元北海道開発庁長官が関与した共和汚職事件が用いられています。これらのことや作品の発表年から1994年と判断するのが妥当でしょう。
死体を発見したのは、札幌市役所公園緑地課につとめる男性です。「酸性雨のせいか、植物園の木の一部が枯れてきたっていう報告があって」見回っていたと書かれています。しかし、植物園は市ではなく北大の施設です。なぜ市職員が土曜日に見回りをするのか若干腑に落ちませんが、札幌市全域での酸性雨の影響を急いで把握するために、植物園も市役所員が見回ったと解釈するのが良いのではないでしょうか。
写真は植物園西側の北方民族植物標本園にあるヤチダモです。作中で死体は「ヤチダモの木の下」「原生林みたいなところ」にあったと書かれています。写真のヤチダモの周囲は開けていて作中の描写とは異なりますが、それらしい場所のヤチダモを見つけることができなかったため、ひとまずの掲載としました。『札幌殺人事件』のヤチダモはこれにちがいない!という木を見つけた方はぜひお知らせください。