みなさん、牡蠣、お好きですか?
妊娠と出産を見据えた心と体の健康づくりを意味する「プレコンセプションケアー」の研究から、アーティストが自分のテーマと絡めて制作した作品展示が、2月15日からSCARTSで開催されます。そのタイトルは「荒木悠 双殻綱:幕間 BIVALVIA: INTERMISSION」。牡蠣をモチーフにした作品が、過去作品と一緒に広がります。今回は展示に至るまで、アーティストの荒木さんがリサーチしてきた様々な北大の研究者のお話を簡単に抜粋してご紹介します。選択が重なり人生の模様をつくる、その継続と改変をめぐる様々なお話しから、想像は広がると思います。
リサーチのプロセスをまとめた冊子を展示会場でお配りします。
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男たちの「プレコンセプションケア」
工藤ありさ(北海道大学 産婦人科医)先生
不妊の原因の半分は男性にあるといわれていて、1970年代からの50年間で精液の量や濃度、運動率が半減しているという研究結果もあります。日本では、前田恵里先生が2021年に秋田県で実施したコホート研究(疫学調査)を皮切りに、男性不妊の研究が進んでいます。研究の結果、不健康な生活習慣や栄養バランスの悪い食事のほか、睡眠不足が精子の質に悪影響を与えることがわかってきました。近年には精巣を温めるのも良くないという説もあります。最近では、北海道大学でもちょうど研究が始まっています。妊娠・出産による身体の変化がないため、当事者意識が低い男性は、不妊につながる行動に無頓着ともいわれます。だからこそ、私たちは研究結果を正しく伝え、プレコンセプションケアを社会に定着させなければいけないとお話しされました。
荒木さんの作品《Bivalvia:ActⅡ | 双殻綱:第二幕》の一部分
美しく美味しい牡蠣をつくる
富安信(北海道大学大学院水産科学研究院 助教)先生
牡蠣は、昔から人間とのつながりが深く、その生態や生理は研究されてきました。ところが、養殖の牡蠣にはまだ謎も多いです。私たちは、牡蠣の振る舞いを調べて、より美しく、より美味しい牡蠣をつくるための研究をしています。その一つが厚岸町カキ種苗センターとの共同研究です。養殖カゴの中での行動を可視化するため、牡蠣に加速度計を装着して、殻の開閉運動を測定しました。その結果、呼吸や採餌、産卵・放精によって開閉のリズムは異なることが明らかに。また、条件が重なると、周りの牡蠣が一斉に産卵することもわかりました。さらに、海中で揺られながらイライラすることがあって、そのストレスが牡蠣を美しく美味しく成長させるのではないかと考えています。さらに実験を重ねて、牡蠣の価値を上げて水産業を支えたいですね。
新作《THE LISTENER》になった牡蠣。「奈落の間」に展示されている
厚岸湖の生態系の変化を予測、解明する
仲岡雅裕(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター厚岸臨海実験所 所長)先生
厚岸臨海実験所では、厚岸湖の生態系の変化が牡蠣やアサリに与える影響と、逆に牡蠣の存在が周辺の生物多様性に及ぼす変化について研究しています。牡蠣はもともと泥場に生息する生き物です。厚岸大橋のあたりから厚岸湖へと広がる干潟に棲みつき、牡蠣礁をつくっていましたが、いまは消滅してしまいました。その理由は、森の伐採によって土砂が流れ込んだからとも、冷たい水が流れ込んだからとも考えられますが、まだ解明されていません。ただ、気候変動によって厚岸湖の生物の構成が変わってきているのは確かです。
実験所が昭和25(1950)年から観測してきたデータを見ると、海水温が1.5℃ほど上昇しています。最近では海面も海中も平年より5℃くらい高く、コンブやホッカイシマエビが打撃を受けました。近年の気がかりは、集中豪雨。淡水がたくさん流れ込んで長く留まり続けると、牡蠣やアサリの生息適地が減るリスクもあるのです。これからも厚岸湾のモニタリングを続け、データを蓄積していけば、環境や生態系の変化を予測し、その要因を解明できると考えています。
厚岸でのリサーチの様子
展示会場には、このリサーチを踏まえ、ライフワークとして探っている力強い牡蠣のもの語りが広がります。3月2日までの会期中、牡蠣と紡がれている様々なキーワードとの出会いに、ぜひ出かけてみてはいかがでしょうか。