周囲に当たり前に存在しているさまざまなモノや仕組み、人々の行動を、デザインを通じて多角的な視点で見つめなおし、気づきをもたらすことで、本質を見抜く洞察力や新しい価値を生み出す「考える力」を育てようと挑戦している佐藤正和さん(NHKエデュケーショナルこども幼児部主任プロデューサー・〈デザインあ〉番組ディレクター)。その講演の一部をご紹介します。
ターゲットは5〜10歳のこども
〈デザインあ〉はこどもたちが〈デザイン〉に初めて出会う番組です。未来を担うこどもたちが大人になった時、デザインを問題解決のためのツール・スキルとしてほしいと願い、番組を立ち上げました。ターゲットとした5〜10歳という世代には3つの特徴があります。
1つ目は、知的好奇心が旺盛で、身の回りのモノやコトに「なぜなぜ?」と、問いかけを素直にできること。2つ目は「当たり前」という価値観をもっていないこと。3つ目は「自由な想像」ができること。「当たり前」という概念は知識や経験に基づいてつくられます。当たり前が備わった瞬間から人はものを考えなくなるのかもしれません。常識という価値観を持たないこどもたちの、考える幅や視野を広げてあげたいと考えました。また、こどもたちは好き勝手に想像力を膨らませて、知識や経験知の不足を埋め合わせようとします。
こどもの頃、ある日僕は砂場で穴を掘っていました。当時、地球の内部に高温のマグマが埋まっていることは知っていました。50センチほど穴を掘りすすめたころ「もう一かきしたらマグマが吹き出すかもしれない」と本気で心配になったことを覚えています。もう一かきして、マグマがあふれだして家の周りが火事になったらどうしよう?お母さんに怒られるかもしれない…と空想してしまったのです。
こどもとは、絶えず自由な想像力で、知識や経験の不足を埋め合わせることができる素晴らしい能力を持っています。このような想像力は、後に新しいモノを生み出していくときの大事な下地となるはずで、こどもの時期の自由な発想はどんどん肯定してあげたいと考え、それが番組制作のコンセプトにもなっています。
私の使命
「使命」という言葉が好きで、よく使っています。教育番組に携わって10年間、僕は何のために命を使ってきたのか?という自分自身への問いに「明るい未来を築くための種を植える」ため、そして「おもしろがる心を育む」ため、「自分の価値を見つけてもらう」ためと自答しています。
「そもそも教育とは何か」たまに考えます。まず大前提として、未来があっての教育であるはずです。何か社会の理想があり、それを為しえる人材を育てることが教育なのだろうと考えています。それは、20年後に花を咲かせる種を植えることかもしれません。芽が出たら「おもしろがる心」を育みたい。おもしろがれるフィルターをもっている人は、豊かな人生を送れるからです。僕自身もおもしろがれる心を常に意識しながら制作をしています。そして、自分の価値感、または物差しを携えて花を咲かせてほしいと望んでいます。〈デザインあ〉を通じて、じっくり考えるきっかけを模索し続けてきました。一つのことを深く掘り下げて考えていくと、その先に自分自身の指向や美意識が見つかるかもしれません。それが物差しです。物差しが見つかると、シンプルな生き方が可能になります。
今の時代は情報が溢れています。検索だって簡単にできます。どの情報も魅力的に飾られていて、何を頼りに選択し、生きて行けばよいか判断に迷うこともあるでしょう。そんな時にしっかりとした物差しを持っていれば、情報に振り回されることなく生きていけるのではないでしょうか。もちろん人生の物差しは絶えず探求し続けるものですが、探求しようとする努力をこどもの時期に仕向けたいと思い、番組を制作しています。
〈デザインあ〉の誕生
実は〈デザイン〉は門外漢でした。番組を担当する前はデザインの知識が無いだけでなく、良い印象すら持っていませんでした。デザイナーなんて「斜に構えたカッコつけ集団」とイメージしていたのです。そんな僕に4年前「今までにない新しい番組をつくってほしい、テーマはデザインで。」と突然命が下りたのです。
結果的に、何も知らなかったことが良いスタートにつながったのかもしれません。最初からこどもと同じ目線でデザインに触れることができたのです。デザインを辞書で調べてみると「意匠」とあるだけ。しかし世の中には「●●デザイン」「●●デザイナー」といった言葉が溢れています。不思議でした。そこで、僕なりに体系化してみようと、それらの言葉の共通項を言語化してみたのです。それが
— 観察によって物事の本質を見つけ出し、創意工夫を加えることで、より良いものにする
そしてデザインとは
— 人とモノ、人と人との関係を「より良くつなげる」ための観察・思索・行動のプロセス
「意匠」に代わる言葉を見つけたのです。
すると、この番組はデザイナー志望の人向けにつくる必要がないことに気づきます。あらゆる人に、この考え方は役立つはず。問題を見つけて、よりよく解決してゆく力=デザインは、今後ますます注目されていくでしょう。現代は先行きが不透明な時代と言われています。地球規模で環境問題、エネルギー問題、食糧問題に取り組む必要があります。また、拡大一辺倒の経済活動も見直さないと破綻するだろうと、多くの人が気づきはじめています。そして未来を担うこどもたちのことを考えたとき、課題に向き合ってより良く解決していくデザイン力を武器に生きてほしいと強く願うようになりました。
これまでのこども番組のセオリーを禁じ手にして
僕のミッションは「今までにない新しい番組制作」でした。これまでのテレビは「非日常」や「珍しさ」「驚き」をお茶の間に届けてきました。だから、〈デザインあ〉ではこどもが知っているモノしか扱わないことにしました。見慣れたモノ、使い慣れたモノ、親しみのあるモノ、テレビを見なくても茶の間に普通に置かれているモノをわざわざ扱いました。すると、テレビの前のこどもたちに安心という心地よさが生まれたのです。すでに共有できている部分があることは、コミュニケーションの入り口として強みになることに気づきました。また、できるだけ言葉を使わずに、音と映像で見せることを番組の個性としました。仮に、わかりやすい言葉が見つかったとしても、それは、伝えたいモノの一面しか表現していないかもしれません。だったらモノをストレートに見せようとこだわりました。
海外でも放送され、BBCのプロデューサーに「俳句のようだ」と評価してもらいました。必要最低限の情報は、受け手が自由に鑑賞する余地を残す結果につながりました。そして美しく、シンプルに。最初から意図したわけではなかったのですが、受け手にとって負担の少ない情報は、この番組が国境を越えて受け入れられる結果につながったのだと思います。このような番組制作が評価され、アメリカ放送界の最高栄誉「ピーボディ」賞をNHKのレギュラー番組として初めて受賞しました。国内でも、グッドデザイン賞大賞、ADC賞グランプリなどをいただきました。
共に育む「共育番組」へ
僕は「共育」という言葉をよく使います。教える側も教わる側も一緒に考えながら、成長したいと考えています。そのプロセスとは
1. 先人の培った知恵や知識(おもしろさ)を共有
2. 自分は、いろんなつながりの中で生きていることを知る
3. 自分は、こうやって生かされているんだと意識する
4. 全体の中での自分の価値や役割を考える
5. 自分は世の中に対して何ができるのかを考える
知識や知恵の共有はゴールではなくてスタートです。それをどう使うかでその価値が変わってきます。例えば、生態系について学べば、自分と環境のつながりを知ることになり、そのつながりの連鎖が見えてきます。すると、いろいろな支えがあって自分が生きていることに気づき、自分も誰かの支えになりたいと考えるはずです。脈々と連鎖している命のリレーの中の自分を意識するかもしれません。そして、自分は社会的に何を贈与できるか考えはじめます。それがクリアになると、社会に対して貢献できることを意識し実践するようになるのです。これが「より良い未来を築くための創造的コミュニケーション」です。こどもたちと一緒に、より良い未来について考えていきましょう。
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佐藤さん、北海道大学でご講演いただき、ありがとうございました。学業を志す学生たち、そして日々教育に向き合っている教職員が頼るべき方向性を明快に示していただき感謝しております。