福島第一原子力発電所の事故からもうすぐ4年。環境中の放射性物質の有無と、その影響に関する社会の関心は、事故以前に比べると明らかに高くなっていると言えるでしょう。
「危険かどうかを判断するためには、まず平常時の状況を正確に調べる必要があります。」そう語るのは、工学研究院准教授の藤吉亮子さん。10年以上前から世界各地で環境放射性核種の測定を続けている藤吉さんにお話を伺いました。
【池田貴子・CoSTEP本科生/獣医学研究科博士修了】
「環境放射線」とは耳慣れない言葉ですが、どういったものなのですか?
環境中に存在する放射線をまとめて「環境放射線」といいます。環境放射線の発生源は大きく2種類あり、地球が誕生した時には既に存在していた放射性核種や、宇宙線によって生成する放射性核種から放出される放射線が「自然放射線」です。一方、核実験や原子力発電所の事故などによって環境へ放出された放射性核種(人工放射性核種)から発せられる放射線を、「人工放射線」と呼んでいます。
大事なのは、自然放射線と人工放射線の呼び名の違いは発生源の違いを表わしているだけ、ということです。自然放射線だから無害、人工放射線だから有害、ということはありません。問題なのは放射性物質の種類とその量です。私たちの周りには常に微量の放射性物質が存在していろいろな放射線を放出しているため、その種類や量、人におよぼす影響を知るのは容易ではないのです。
(ガンマ線を放出する放射性核種を測定する装置。周りを鉛のブロックで囲っているのは、壁のコンクリートなどから発せられる自然放射線の影響を防ぐため)
つまり、人工放射線のレベルを知るためには、自然放射線を把握する必要があるということですね
そうです。地球上には平常時でも微量の放射性核種(物質)が存在していますが、核実験や原発事故のように、一度に多量の放射性物質が放出されてしまう場合があります。その際、どのぐらいの量が放出され、それがどのぐらい危険なのかを判断するためには、平常時の放射性物質の種類、量、そして動植物にどの程度取り込まれるかといった環境の中での状態や動きを把握する必要があるのです。
環境中の放射性物質の種類、量や動きは、地形・地質・気象・季節・植生などの環境条件によって変わります。どういった条件でどのように変化するのかを明らかにするのが私の研究テーマです。
(北大構内の原生林でも1年を通して土壌ラドンとCO2の調査をしています)<写真提供:藤吉さん>
どのような場所で、どのような方法で測定をするのでしょうか?
その場所選びがもっとも重要で難しいところです。そこで得た測定値が環境放射線の平常値を決めるわけですから。他の研究者たちとともに、あるいは研究結果を参考に、慎重に調査地を決めなければなりません。これまでのところ、海外ではスロベニア、ペルー、ドイツの森の中で測定をしてきました。
(スロベニアの森で測定機器をセッティング中の藤吉さん)<写真提供:藤吉さん>
(ペルーの調査地。土壌中の放射性カリウムの動きをみることで、森の維持機構がわかった)<写真提供:藤吉さん>
ラドン測定のためのプローブは地中に埋め込んで、そのまま数ヶ月間測定します。電力を要する装置は、電源確保に苦労しますね。近くに電源がない場合は、ソーラーパネルを組み立てて発電することもあります。
(プローブ類を埋設するための試坑を掘る大学院の学生さん。福島の調査地にて)<写真提供:藤吉さん>
(埋められたプローブ類。土壌ラドンや水分などを同時に測定する)<写真提供:藤吉さん>
(ソーラーパネルと測定装置。装置は雨水や動物による損傷を防ぐためビニールで覆う)<写真提供:藤吉さん>
測定して得たデータは各国の研究者と共有します。それによってデータの正確性をさらに高めるのです。私たちの研究データ精度は各国のものと比較しても遜色がありません。海外でのフィールド調査には思わぬトラブルも付き物ですが、何はともあれ森の中での調査はとても気持ちがいいですね。
(スロベニアの森にて現地の研究仲間と)<写真提供:藤吉さん>
原発事故はやはり研究に影響しましたか?
事故直後の2011年3月14日から、北大工学部屋上で空間放射線量の測定を始めました。研究室の学生さんを中心に現在も継続しており、そのデータはHPで公開しています(北大工学部における福島原発事故後の放射線モニタリング)。2012年からはJSTの原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ事業(研究代表者 北大小崎 完 教授)のもとで、福島大学の構内でも調査をしています。原子力発電所事故由来の放射性物質で汚染された森林土壌中の空気や水の動きをラドンのモニタリングを通して明らかにしたいと検討中です。
事故後の対応は時間との戦いだ、と感じました。研究者も市民も、限られた時間の中で放射線レベルの現状と危険性について、すぐに判断する必要がありました。一方で環境放射線の正確な把握には調査の数と時間と、統計的な理解を必要とします。これらを両立させるのは難しいことですが、私の研究が何かの役に立てれば嬉しいと思っています。
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藤吉さんが出演するサイエンス・カフェが開催されます。今回のカフェでは、藤吉さんに放射線のお話を伺いつつ、原発事故周辺地域の取材映像を使って福島の今を報告します。あの日からもうすぐ4 年。放射線とは何か、福島の人々が直面している問題とは何か、今あらためて一緒に考えてみませんか?
なつかしい未来へ ~映像でみる福島の今〜
日 時: 2015年2月15日(日) 16:00~17:30
場 所: 紀伊國屋書店札幌本店1階インナーガーデン
ゲスト: 藤吉亮子さん(北海道大学工学研究院量子理工学部門准教授)
参加費: 無料、当日会場にお越しください。暖かい恰好での参加をお勧めします。
詳細は【こちら】
—-藤吉さんを紹介しているこちらのラジオ番組もお聞きください—-
【かがく探検隊コーステップ】第181回 研究室に行ってみよう
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