金田勝幸さん(大学院薬学研究院 准教授)らが、コカインを慢性的に摂取することで活動が活発になる脳の場所を、ラットを使った実験で新たに発見しました。「モチベーションとは何か」を解明する手がかりにもなる成果です。
今回の発見の意義は、どこにあるのですか?
動物の脳には「報酬系」と呼ばれる場所(神経回路)があります。何か特定の行動を行って「望ましい」結果がもたらされたり、「気持ちいい」と感じると報酬系が活性化し、同じ行動を再び行うよう促します。薬物依存のときにはこの報酬系に、簡単には元に戻らない変化(可塑的変化)が生じることが、これまでの多くの研究から分かってきました。
でも、この報酬系の活動とは別の、それをさらに制御するような場所が脳の中にあるのではないか、という点については、よく分かっていませんでした。私たちは今回、そうした場所、報酬系の神経回路(図の赤い矢印)を取り巻いていてそれを制御する「さらに大きな回路」(図の青い矢印)が実際に存在し、そこでも可塑的変化が生じていることを発見したのです。
この発見により、解剖学的に「近い」部位をつなぐ回路ではなく、もっと「遠回りの回路」が予想以上に大きな役割を果たしている可能性が出てきました。今回の発見の一番大きな意義は、この点です。
報酬系そのものの役割について、もう少し詳しく教えてください
報酬系は、動物が何か成功体験をしたときに、それを今後の行動に採り入れるよう学習を促し、適応的な行動パターンを獲得するのに役立ちます。嬉しい、気持ちいいなど、「報酬」と感じられるようなものが与えられると、「腹側被蓋野」という場所にある神経細胞がドーパミンと呼ばれる神経伝達物質を放出し、この神経回路が働くことで行動が強化される(=再び同じような行動を行うようになる)のです。
この神経回路が無くなってしまうと、美味しいものを食べたり他人からほめられたりしても嬉しいと感じることができず、再び同じ行動を行おうと思わなくなります。ですから報酬系は動物にとって、とても大切なものです。
どうして「背外側被蓋核」という場所に注目したのですか?
報酬系に影響を与えている場所には、いくつか候補がありました。そのうち背外側披蓋核(はいがいそくひがいかく)は、腹側被蓋野のドーパミンニューロンと解剖学的に結びつきがあり、アセチルコリンという重要な物質を作っていることは分かっていたものの、どんな働きをしているのかは不明でした。
でも私たちは考えました。これだけ示唆的な「手掛かり」があるのだから、背外側披蓋核が薬物依存の際のドーパミンニューロンの制御に関係していても、おかしくないのではないかと。
オリジナルな研究成果をあげられる可能性が高いとも考えました。ここに注目した研究を誰もしていなかったからです。他の研究者より遅れて薬物依存の研究を始めたので、誰もやっていないところに手をつけようとの思いもありました。
どうして薬物依存のメカニズムに興味を持ったのですか?
人間の「モチベーション」に興味があるからです。モチベーションがどうやって脳の中で生まれるのか、どうして無くなってしまうのか、こうした問題を解きたいのです。
モチベーションは「依存」と深く関係しています。報酬系が過剰に働き、モチベーションが過剰に生じてしまうのが、薬物やコカインへの依存だからです。ですから、薬物依存のメカニズムを解明することで、モチベーションの問題を解く手がかりが得られるはずです。
「過剰」と「正常」の境目はどこなのですか?
非常に重要な質問ですが、答えるのが難しいですね。たとえば行動のレベルで言うと、美味しいものを食べたいから、がんばってお金を稼ぎまた食べに行くというのは、適切なレベルで過剰とは言いません。一方で、薬物が欲しくて犯罪に走ってしまうのは、過剰と言えるでしょう。個人個人によって「過剰」と「正常」の線引きは変わるでしょうが、非常に強い欲求を持続的に維持し、自分で抑えきれないレベルになったときは、過剰と言えるのではないでしょうか。
(今回の論文は、同じ薬学研究院の、黒澤諒さん、田岡直史さん、篠原史弥さん、南雅文さんとの共同研究の成果です。写真は左から、田岡さん、金田さん、篠原さん、黒澤さん)
「モチベーション」に興味を持ったきっかけは?
脳が担っている機能には、記憶や、学習、運動の制御、意思決定など、いろいろあります。いずれをとっても、根本にはモチベーションがあるのではないかと思っています。「脳を調べて、心のことなどわかるものか」と言われた時代もありましたが、実験装置や技術の進歩、実験パラダイムの工夫などによって、だんだん、「心」に科学的にアプローチできるようになってきました。
そこで、こうしたアプローチでも「一番たどりつきにくそうな」対象の一つ、「モチベーション」に興味を持つようになりました。難しいテーマであれば、研究者として一生仕事のネタが尽きないだろう、と考えました。もちろん、モチベーションの研究を通じて何らかの形で社会に貢献できればとも考えています。
今のところ、「薬物によってモチベーションが異常に上がった状態」を調べているわけですが、いずれは、「普通の状況」でのモチベーションを制御する生理学的なしくみを、神経細胞の活動を捉えながら調べていきたいと思っています。