今注目を集めている幹細胞研究。がんの幹細胞を治す抗体医薬の作製や、生物の老化の原因について研究をしている近藤亨さん(遺伝子病制御研究所 教授)の研究室にお邪魔しました。近藤さんからは、現在の研究につながった英国ならではの研究生活のお話も聞くことができました。
【柴田茉佑・医学部保健学科1年*】
どのような研究をしているのでしょうか
大きく分けて、がんに関する研究と、老化に関する研究の二つについて取り組んでいますが、どちらも幹細胞に注目しています。幹細胞とは、自分で自分を増やすことができ、他の細胞に分化することもできる細胞をさします。幹細胞は体の様々な場所にあり、私たちの体をつくる上で必要不可欠な細胞です。
(幹細胞を観察する近藤さん)
しかし、がんの元になるのも「がん幹細胞」という幹細胞ですし、老化も幹細胞の老化が原因の一つと考えられています。現在私たちはこういった幹細胞の悪い側面について主に研究を進めています。
(従来のがんモデルでは、腫瘍を構成する全てのがん細胞は腫瘍をつくるとされてきました。
しかし、がん幹細胞モデルではがん幹細胞のみが腫瘍をつくると考えています)
がんの研究では、放射線や抗がん剤では根絶することができない「がん幹細胞」を標的とした新しい抗体や化合物を作ろうとしています。これが実用化するまでは、20年から30年ぐらいはかかると思います。
(脳腫瘍のあるマウスの脳)
幹細胞と老化の関係とは?
老化研究では、アルツハイマー病に対する治療方法を探しています。アルツハイマー病の原因の一つは、脳に老人斑という毒性のある塊ができてしまうことです。私たちは、老人斑の形成に関わる新しいタンパク質を2007年に見つけ、現在その働きを確かめています。老人斑をなくすことのできる方法も探しています。
老化は幹細胞が少なくなることで起こります。若いころは幹細胞がたくさん存在しますが、歳をとると幹細胞の数が減り、逆に老化した細胞が増えてしまいます。また、老化した細胞が老人班形成を促すたんぱく質を産生していることも明らかにされています。幹細胞の数を維持して老化細胞を少なくする方法を見つけることができれば、アルツハイマー病などの加齢性疾患に罹らない元気な老後は夢でないかもしれません。
まずは今の研究で治療方法や新しいことを見つけていきたいです。また、面白そうな研究があったら積極的にやっていきたいと思います。
(蛍光コンフォーカル顕微鏡で標本を観察する近藤さんと研究室の学生さん)
海外で研究していたことがあるそうですが
98年から3年間ロンドン大学で博士研究員として研究し、一旦帰国した後2002年から3年間ケンブリッジ大学で研究室を主宰していました。日本と英国の研究環境は全く違っていましたね。日本では教授の元で教員が博士研究員のように教授の研究を進めることが多いのですが、英国ではすべての教員は独立して研究を進めています。研究室の大きさは、獲得した研究費に依存しています。
もう1つの大きな違いは、英国では博士号取得後の進路が大学や研究所にとどまらず銀行や商社を含めて多種多様であり、その選択肢の幅広さが研究と社会の繋がりや思考の厚みに関っていると思われます。高名な科学雑誌のNatureは一般書店で売っていて、一般市民が気軽に読めるんです。
イギリスの大学では1日に2回、10時半と3時半にティータイムがあって、お茶を飲みながら様々な分野の研究者たちと話す習慣があります。大学の中には気軽に入れるバーもあり、何か機会があればみんなが集まってポテトチップス(イギリスではクリスプスと言います)とビールやワインで夜遅くまで飲んでいました。私も孤独になるというより、いろいろなビールやワインの味を覚えることができました(笑)。
フォーマルディナーというものもあり、ここに参加すると学生から教授まで全ての人が一緒になって会話を楽しみながら夕食を取ります。イギリスの多くの先生が自分の専門分野以外でも博学で、話題に事欠かないことがよくわかりました。このような堅苦しくない環境での話し合いが新しい発想を生み出していると思います。
(ロンドン大学博士研究員時代の近藤さん(右から2番目)。
右端は研究室のボスで、世界的に著名な細胞生物学者のマーチン・ラフ教授)
<写真提供:近藤亨さん>
実際に、ロンドン大学在籍中に発見した普通の細胞が幹細胞になる現象についてティータイムで話していた時に、その現象は試験管の中だけで起こるのか、体の中でも起こることなのかのディスカッションとなり、その中で出てきたアイディアの1つが、今進めているがん幹細胞研究につながっています。
(ケンブリッジ大学での近藤さん。研究室を主宰していました)
<写真提供:近藤亨さん>
日本とは違う環境での生活はとても刺激的です。更に、海外の人とディスカッションすることにより、海外の人の考え方を知るだけでなく、自分の考えを見直すこともでき、これが新たな発想に繋がると思っています。是非、若い方たちには積極的に海外留学して欲しいものです。
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近藤さんへの取材で、とても貴重な経験をすることができました。お忙しい
中、ご協力いただきありがとうございました。
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この記事は、柴田茉佑さん(医学部保健学科1年*)が、一般教育演習「北海道大学の「今」を知る」の履修を通して制作した成果を元にしています(*取材時の所属・学年)