私たちに牛乳や牛肉をもたらしてくれるウシたち。実はこのウシたちは夏の暑さが苦手です。国内では比較的涼しいここ北海道も例外ではなく、ウシと酪農家を苦しめています。私は、ウシが夏の暑さに立ち向かえるよう、生物の体内にある温度を感知するタンパク質について研究しています。
【岩野弘暉・農学院修士1年】
ウシは夏が苦手
高い太陽、強い日差し。私は夏が大好きです。しかし、ウシたちはその暑さが少々苦手で、毎年夏になると牛乳の生産量の低下、繁殖性の低下などが問題となります。その問題は日本の中では比較的涼しいとされる北海道でも無関係ではありません。現在、ウシの繁殖のほとんどが人工授精によって行われていますが、夏になるとその成功率がガクンと下がります。ウシはこどもを産まなければ牛乳を生産しません。これは酪農家の人たちにとっても、牛乳好きな私にとっても深刻な問題です。
温度を伝えるTRPチャネル
そこで私は、夏場でも人工受精の成功率を低下させない方法へのアプローチとして、ウシの体内にある温度センサー機能を持つタンパク質、TRP(Transient Receptor Potential)チャネルについて研究を行っています。TRPチャネルはその種類によって熱さや冷たさの温度刺激、圧力などの物理的な刺激など、さまざまな刺激を伝える機能をもっています。私たちが手などから熱さ、冷たさを感じたり、唐辛子やワサビを食べて辛いと感じたりするのもTRPチャネルの働きであるといわれています。
私はその中でも温度刺激を伝える機能をもつTRPチャネルに注目しています。子どもを育む場である子宮の細胞にもTRPチャネルがあります。TRPチャネルは、センサーとして刺激を受けとり、生体内のさまざまな生理反応を調節することが知られています。ウシの子宮の細胞にあるTRPチャネルが、暑さによる繁殖効率の低下に関わっているのであれば、TRPチャネルを介した対処法を開発できるのではないかと考えたのが、研究の発端です。
(私も人工授精をしたことがあります。とてもたいへんでした…)
研究へのモチベーション
私がこのテーマを選んだのは、人の役に立てると考えたからです。人工授精の成功率の向上は酪農家さんの手間や経済状況に直結し、消費者にまでその恩恵が広がります。研究をするなら、人の生活に貢献できる研究がしたかった私にとって、このTRPチャネルの研究はうってつけでした。修士課程に進学した今でも、その気持ちは変わっておらず、大きなモチベーションとなっています。
研究はまだまだ始まったばかり
TRPチャネルについての研究は、所属する家畜改良増殖学研究室の中では私しか進めておらず、スタートしてからしばらくは不安でいっぱいでした。分からないことをすぐに先輩に質問できる環境ではなかったため、まず自分で調べてみよう、やってみようという積極的な姿勢が身につきました。
農学部4年次に行った卒論研究では、ウシの子宮においていくつかの温度センサー機能を持つTRPチャネルの発現が確認できました。発現しているということは、TRPチャネルを利用した暑さへの何らかの対処法があるという可能性を示しています。
(遺伝子、タンパク質レベルでいくつかのTRPチャネルの発現が確認できました。
ここから私の実験がスタートします!)
今後はウシから採取した細胞を人工的な夏の暑さにさらし、細胞に起こる変化とTRPチャネルとの関係を調べていく予定です。まだスタートラインに立てたばかりですが、人の役に立って喜んでもらえる開発につながるよう研究を続けたいと思います。
(ウシたちのためにもがんばります!)
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この記事は、岩野弘暉さん(農学院修士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
岩野さんの所属研究室はこちら
農学院 生物資源科学専攻 家畜生産生物学講座
家畜改良増殖学研究室(高橋昌志教授)
家畜生産生物学講座の紹介ページ http://www.agr.hokudai.ac.jp/gsoa/res/res4.html