札幌近郊の森の中で、縄張り(すみかとなる樹洞)を巡り、フクロウとアライグマの間で"抗争"が繰り広げられている可能性があることを、北海道大学創成研究機構・大学院環境科学院の小泉逸郎(いつろう)助教と、小林章弥(ふみや)さん(当時・北大院生)、外山雅大(とやままさひろ)さん(当時・北大博士研究員)からなるチームが突き止めました。
いったい夜の森で、何が起きているのでしょうか?小泉さんと小林さんに詳しく聞きました。
もとはペットとして飼われていた外来種・アライグマ。いま北海道でもその数を増やしていて、農作物を荒らす被害が多発しています。被害額は1998年以降、年間およそ3千万円で推移してきましたが、ここ数年で被害は急増して、2011年度は1億2千万円を超える被害となりました。
もっとも、被害にあっているのは人間だけではないようです。北大創成研究機構・大学院環境科学院の小泉逸郎さんに詳しく聞いたところ、在来種であるエゾフクロウが住処としていた樹洞に、アライグマの侵入が進んでいることが判明しました。高い場所にある樹洞は、木登りが得意なアライグマにとって安全な住処として使えます。また温度や湿度も一定なので、子育てにも最適です。
フクロウとアライグマが樹洞を取り合う
2011年から2012年にかけて、札幌市近郊の道立野幌森林公園で直径10センチ以上の大型の樹洞341箇所を調べたところ、アライグマは37ヶ所、フクロウは34ヶ所の樹洞を使っていたことがわかりました。
しかもうち4つは、アライグマとフクロウが異なる年に同じ樹洞を使っていました。同じ樹洞で撮影された下の写真を見ると分かりやすいと思います。
実際にアライグマがフクロウを追い出すような”仁義なき戦い”が行われているかどうかは分かりません。しかし小泉さんによると、密度が高い本州のような地域では、アライグマがフクロウの卵を食べる現場をアマチュアの研究者の方が目撃した事例もあるとのことです。
調査地の野幌森林公園は、駆除活動によってアライグマの密度が低く抑えられており、大型の樹洞もたくさんあるので、直接的に競争しているところが目撃されているわけではありません。
むしろ実際に競合している可能性が高い本州において、今後はこのような調査が必要になってくると小泉さんは言います。
過酷なフィールドワーク
この研究は、2013年3月に環境科学院の修士課程を修了した小林章弥さん(現在・アウトドア関係の会社に勤務)の修士論文です。研究には、外山雅大さん(現在・根室市歴史と自然の資料館学芸員)も大きく関わりました。
小林さんと外山さんが行ったのは、小型CCDカメラを担ぎながら木に登って観察するという、過酷なフィールドワークでした。樹洞の中を直接観察し、体毛、羽、餌の食べ残しなどを徹底的に調べたのです。
(小林さんと外山さんの樹洞調査の様子)
以下、小林さんのコメントです。
「重さ10kg以上の調査機材を背負って藪の中を歩き回り、木を登って樹洞をのぞくという作業を日が暮れるまで行っていました。観察対象の樹洞も300本以上。調査期間中は日本で一番木を登っていたのではないかと思います。
私は大学時代自転車競技部に所属していたので体力にはそれなりに自信がありましたが、毎日調査が終わるとへロヘロでした。調査から戻ると夜9時には寝ていたと思います。
また、調査地が森の中ということで、スズメバチと遭遇する場面が幾度もあり、いつもヒヤヒヤしていました。音を上げそうになることもありましたが、共同研究者の先輩の協力もありどうにかやり遂げることができました。先輩には本当に感謝しています」
違う種の競争に注目した研究は少ない
この研究で特に興味深いのは、違った種のあいだで行われている競争を明らかにした点です。特に鳥類と哺乳類に限れば、こうした研究は数えるほどしかありません。小林さんによると、「同じ“資源”(餌や営巣場所)を利用する生物どうしなら競争が起こりうるはずなのに、これまで研究例が少なかったのは意外」だったそうです。
(樹洞にたたずむエゾフクロウ)
異なる種のあいだで競争関係があるかどうか証明するのは容易ではありません。野外で直接、生き物同士の干渉を見るのは難しく、また実験的に数を増やしたり減らしたりもできません。
今回の研究では、まずは2つの種で、同じ資源(餌や居住空間)を利用するかどうかを調べることで、人知れず行われている競合関係をあぶり出しました。今回の結果だけで決定的な証拠にはなりませんが、まだ何も分かっていないアライグマとフクロウの潜在的な競合を示すことには成功しました。
絶滅危惧種・シマフクロウも危ない!?
この研究では外来種に焦点を当てています。共同研究者の1人、外山さんは学部生の頃からシマフクロウの保全に関わっていて、最近森で増えているアライグマに注目していました。アライグマは木登りもうまく、もしかしたら在来のフクロウに影響を与えているのではないかという外山さんのアイデアをもとに、この研究が始まりました。
シマフクロウは世界最大級のフクロウで絶滅の危機に瀕しています。森林伐採によって樹洞が減り、現在、多くのシマフクロウが人工巣箱で営巣しています。研究や保全活動に関わる人たちは、そこにもしアライグマが入ってきたらと、心配しています。
(シマフクロウ)
今回のように外来種を調べることで、生態系への影響評価に基づいた、より正確な対策を立てられます。外来種が在来種に与える影響について、社会が注目するきっかけを作ったのが、この研究の大きな功績です。
悪いのはアライグマなのか?
一方で、小泉さんは、外来種のことを研究しているときに感じる違和感があります。どうしても外来種は悪者にされてしまいますが、もともとは人間が連れてきたものです。アライグマも、もとはペットとして連れて来られたものが、飼いきれなくなって誰かが捨てたのです。
(樹洞の中のアライグマ)
小泉さんは生物学者として、「アライグマもニジマスも全く嫌いではありません。むしろ生き物として魅力的で好きですね」といいます。自身もザリガニやカメなど様々な生き物を飼ってきた経験から、ペットとしての生き物と触れ合うのは大事だと感じています。
しかし、飼うのであれば責任をもって飼ってほしいし、住むべきでない場所に無理やり連れて来られた、アライグマを始めとする外来種の方がむしろ被害者なのだと小泉さんは言います。
今後の研究は
木に登って樹洞を利用する生物は、哺乳類ではイタチ、リス、モモンガ、ネズミなど、そして他にもカエル、トカゲ、昆虫などまだまだたくさんいます。謎に満ちあふれた自然界では、人間の想像など及びもつかないような競争が繰り広げられているのかもしれません。
フィールドで使うたくさんの調査道具もみせてくださいました。手にしているのは“おもり”。樹に上る時にロープをかけるために使います。
いまは生物に小型の発信機を取り付けるバイオテレメトリーという研究手法も盛んになっています。またCCDカメラやセンサーを使った自動撮影など、うまく使えばアライグマとフクロウが競争している瞬間も撮影することができるかもしれません。
小泉さんたちは、今後も様々な研究手法を駆使して、意外で、時にユーモラスな生き物同士の競争関係に迫っていきたいと考えています。
※この論文「Potential resource competition between an invasive mammal and native birds: overlap in tree cavity preferences of feral raccoons and Ural owls(侵略的外来哺乳類と在来鳥類の資源をめぐる競争:アライグマとフクロウの樹洞選好性の重複)」<小林章弥(北海道大学大学院環境科学院),外山雅大(北海道大学創成研究機構),小泉逸郎(北海道大学創成研究機構・大学院環境科学院>は、『Biological Invasions』というオランダの学術誌に、2013年11月21日に掲載されました。