北海道北見市出身の新里勝宏さんは、2004年3月に北海道大学大学院歯学研究科博士課程を修了し、北海道庁に勤務されています。今回は学部1、2年生に向けて「歯を治療しない歯科医の話」と題して、現在の行政のお仕事や、学生時代のことを話してくださいました。
歯学部で学び、行政の道へ
大学の歯学部を卒業した人の進路は、ほとんどの場合が歯科医師として開業または勤務することです。新里さんの在学時代、行政の道へ進む学生は周りを見渡しても1%もいなかったそうで、現在でも歯科医師の中では少数派です。
公務員としての歯科医師の採用自体が数年に一度しかなく、現在所属している保健福祉部地域保健課70名程度のうち歯科医師の資格をもつのは上司と自分の2名だけ。道職員全体では11名いて、ほとんどは地域の保健所に勤務しています。
新里さん自身もこれまで稚内や帯広など道内各地の保健所を転々と勤務し、現在は札幌市にあるお馴染みの赤れんが庁舎の向かい側にある道庁で仕事をしています。
新里さんの語り口からは、誠実に仕事されているようすが伝わってきました。
保健所の仕事とは
保健所の仕事と聞いてどんなイメージが浮かぶでしょうか。迷い犬の保護や乳幼児健診などなど?
新里さんによると、そうした身近な仕事の他にも、ノロウイルスで集団感染が起きた際にすぐさま調査を行ったり、医療機関に立ち入り検査をするなど、道民の命と暮らしを守るさまざまな役割があるそうです。公衆衛生の第一線機関が、保健所なのです。
もちろん新里さんは歯科医師なので、口腔ケアに関する講習や、専門的な歯科保健サービスの提供、難病やさまざまな障害を抱える方を地域の専門医療機関につなぐといった仕事が業務の中心です。
歯を削ったり抜いたりはしませんが、歯の健康に関する仕事のほぼ全てが対象です。新里さんはその内容を「(人や組織を)つなぐ」「(機会や場を)つくる」というキーワードで表現しました。
北海道の子供はむし歯が多い
日本では、基本的にむし歯は減っています。1984年には、中学1年生がもつ1人あたりのむし歯の本数は全国平均で4.75本でしたが、今では1本程度にまで減少しています。ただし、北海道は平均1.8本で何と沖縄に次いでワースト2です。
原因ははっきりしていないそうですが、おそらく歯科にかかる習慣が定着していないのではないかと新里さんは言います。ちなみに全国トップは新潟県です。
行政マンである新里さんは一人一人の子供の歯を診ることはありませんが、適切な予防対策をすることで、全体的にむし歯にかかる子供の総数を減らすことができるといいます。
例え話でいえば、地域の歯科医療機関は元栓が壊れてこぼれてしまった水を拭くなどして適切に処理する役割、行政の役割は元栓をギュッと締めて水漏れ自体を防ぐ役割だと説明してくださいました。
なぜむし歯にかかる?
むし歯の主な原因には、「口の中にむし歯菌が多い」「口の中にむし歯菌の栄養となる糖分が多い」「歯の質が弱い」という3つの要素があります。逆に1つでも要素が欠ければむし歯になりにくいので、これらを意識することが大事です。お菓子などはあまり食べないのになぜかむし歯にかかりやすいという人は、もしかしたら歯の質が弱いのかもしれません。
また歯を溶かすのは、むし歯菌そのものよりも、糖分を栄養としてむし歯菌が出す「酸」なのだそうです。歯は酸性の環境に非常に弱く、甘い、あるいは酸っぱい飲み物を常用していると歯が表面からダメージを受けやすくなります。
新里さん自身は、歯科医師になってから新たにむし歯になったことはありません。食事に気をつけることはもちろんですが、デンタルフロス(歯の間の歯垢を清掃する細い糸)がとても良いそうです。むし歯や歯周病の予防に効果が高いと薦めてくださいました。
学生時代にやっておけばよかったこと
新里さんは歯学部28期生。専門に入って忙しくなる前の大学1、2年生の頃は、青春を謳歌しました。バドミントン部に熱中し、北大祭でおでんを売ったり(なぜか28期生だけは固定客ができるほど、おでんばかり6年間続けたそうです)、ママチャリで道内をあちこちを旅したりと、北大には楽しい思い出がいっぱいです。
ただ専門職を目指す歯学部では、3年になるとひたすら歯の勉強ばかりになるので、もっとさまざまな学部の学生と友達になって、いろいろ々な話をしておけばよかったとも振り返りました。アルバイトも塾講師や家庭教師だけではなく、販売や接客などさまざまな仕事を経験し、幅広く外の世界と触れ合えばよかったという気持ちもあるそうです。
なぜ歯学部から行政の道へ?
新里さんは、実は博士課程で唾(つば)を作る組織、唾液腺の研究で博士号を取得されています。行政の仕事に就かなかったら、おそらく研究の道に進んでいただろうといいます。
しかし、周りの仲間のように開業するという選択肢は考えていませんでした。学生の頃は「珍しい」歯科医になりたいと漠然と考えてはいましたが、公務員をしている歯学部卒業生の特別講義を聞いて、行政の仕事に興味を持ったそうです。
エクセルなどを使った事務仕事では今も苦労することがあるそうですが、電話相談が寄せられた際などに歯科医師の資格が役に立つことも多いといいます。電話されてきた住民の方が、道庁の職員に歯科医師がいることに少し驚き、その後は親しみをもって話がスムーズに進むこともあります。そんな時、社会に貢献できたという手応えとやりがいを感じるそうです。
北大生へのメッセージ
将来進むべき道はこうだとあまり気負ってしまうと、不安に押しつぶされてしまうかもしれません。社会に出てからも方針転換はできるし、それほど心配することなく、就職に関して幅広いイメージをもったほうが良いと新里さんはいいます。
日々やるべきことをやりながら、地道に情報を収集し、友人と交流しつつ、人生のうちの数年間、北海道大学の学生でいられるこの時間を大切にしてほしいと最後に伝えて下さいました。
新里さん、どうもありがとうございました。
*******
新里 勝宏さんが講義したのは、全学教育科目「大学と社会」です。