日本時間12日の0時半、米国の研究グループが「重力波」を直接観測することに初めて成功したと発表しました。重力波とは、極めて大きな質量を持つ物体の動きによって生じる時空の歪みの波です。
1916年に発表されたアインシュタインの一般相対論によってその存在が予想され、1993年には、重力波の存在を間接的に証明した研究に対してノーベル物理学賞が授与されています。
間違いなく物理学の一大ニュースである今回の直接観測の意義について、北海道大学の物理学者にお話をうかがいました。
【川本思心・CoSTEP/理学研究院 准教授】
羽部朝男さん(理学研究院物理学部門 教授):銀河の形成と進化が専門
重力波とは何でしょうか
重力は時空を歪めます。その歪みが時空をわたっていく波を重力波と呼びます。今回観測された重力波の元は非常に大きな質量をもつブラックホールですが、ブラックホールがあるだけでは重力波は生じません。二つのブラックホールが近づき、衝突して一つのブラックホールになるときに重力波が発生し、それを今回観測することに成功したのです。重力波は光と同じ速度で進みます。今回観測したのは13億光年先のブラックホールですので、13億年前の現象を見た、ということになります。
今回の発表のインパクトは
重力波の観測で二つのブラックホールの質量までわかったというのはすごいですね。太陽の36倍と29倍の質量をもつブラックホールが合体して、62倍のブラックホールになったとされています。非常に高い精度での観測と、それを分析できる理論やこれまでの他の観測結果の蓄積の成果です。
また、観測対象がブラックホール同士の衝突だったのは意外でした。なぜなら、数が多くて観測できる確率が高い、連星パルサーの合体か超新星爆発を観測することになるかと思っていたので。恐らく今回の研究グループも、パルサーの質量で計算したら観測データとあわないのでブラックホールで計算してみた、という流れだったのではないでしょうか。
今回の強みは、二つの施設で観測したことで、ノイズを取り除き正確なデータを得ることができた点にもあります。ただし、13億光年先という距離はわかりましたが、観測場所が2か所だと正確な方向まではわかりません。今後イタリアと日本の同種の観測施設が稼働して協力すれば、より精度の高い観測体制が確立するでしょう。
重力波による宇宙の観測が今後の主流になるのでしょうか
重力波によってこれまで直接観測できなかったことができるようになります。これまでブラックホールも、周囲に生じるガス円盤をX線で観測することで、間接的に観測をしてきました。
とはいえ、これまでの電磁波による観測がなくなるわけではありません。重力波が生じる場所は必ずしも多くなく、確率も高くありません。電磁波は銀河の形成初期などを観測するには適しています。今回のブラックホールについても、X線を用いて調べるとNASAが発表しています。観測方法が増えたことで、宇宙をより正確に知ることができるようになった、ということでしょう。
一般相対論との関係は
アインシュタインが1916年に発表した一般相対論に関する論文が、重力波の存在を示したと言われています。実際に重力波について述べたのは後の1918年の論文ですが、すべての起点は1916年の論文です。私も学生のころに書庫を探して見つけて感動しましたね。
アインシュタインが一般相対論で示したことが、実際に現象として確認できるのか、つまり正しいのかどうかについて多くの研究者が取り組んできました。水星の軌道のずれや、質量の大きな星の周りが歪んで見える重力レンズ効果など、弱い重力場については論じられてきました。しかしすべての現象が一般相対性理論で説明できるのかどうかは議論の余地がありました。
重力はこの世界の物理法則を司る四つの力のなかで最も弱い力です。そのため、その観測対象は極めて大きな質量をもつものである必要があります。重力が極めて強くないと、主要な効果であるかどうかを確かめることができないからです。そこで超新星やパルサー、ブラックホールが注目され、60年代から様々な方法で重力波の観測が試みられてきました。そして今回初めてその実在を捉えることに成功したのです。
アインシュタインは意外と「現実的」な人で、重力波が自然界で本当に確認できると確信していたわけではないようです。量子力学においても、理論だけを展開して、現実の観測事実と著しく乖離していく議論には不快感を示しました。今回重力波が実際に確認されて、アインシュタインはびっくりするでしょうね。そして「やはり物理学は偉大だ」と喜ぶのではないでしょうか。
近年の物理学の「大発見」と比べて今回の発見は
私が研究してきた時期の中では、1987年のカミオカンデによるニュートリノの観測、1990年代前半のCOBE衛星や2000年代初頭のWMAP衛星によるダークマターの観測などが大きなインパクトがありましたね。それに並ぶ、あるいはそれ以上の成果だと思います。
私が学生のころは「宇宙の成り立ちを研究したい」と言うと、そんな夢みたいな研究ではなくもっと確実な研究をしなさい、と言われてしまいましたが、今はそれができる時代になってきました。ますますこの分野は面白くなるでしょう。
石川健三さん(北海道大学名誉教授):量子力学が専門
今回の発表のインパクトは
重力波の存在は理論的には全く驚きではありませんが、理論だけというのと、実際に観測されたのではまったく違います。正直なところ、私は観測はもう少し先だと思っていました。強い重力波が発生するイベントは頻繁にあるわけではなく、いつ起きるか分かりません。弱い重力波だとノイズと混じってはっきりとしたことが言えなくなってしまいます。物理学では明快な結論を示すためには確実な結果を得ることが一番の決め手になります。
今回の観測は昨年の9月に行われました。確実な検証に時間をかけたと思いますが、論文になったのは早いくらいですね。きわめてきれいなデータで驚きです。誤差の見積もりを間違えると全く違う結果となってしまいます。こういった希なイベントを観測する場合、別の機器で同じイベントを観測するのが一番確実ですが、アメリカの2か所で観測できたのも大きいでしょう。
今回の意義は、物理の基本である一般相対論が正しい、ということがはっきり確認できたということです。誰もが正しいと思っていましたが、それを実際に確かめたのは大きいです。そこから新しい世界が開けるかどうかはこれからです。
SFめいていますが、重力波の応用はありえるのでしょうか・・・
1864年にマックスウェルが電磁波の存在を予言し、1888年にヘルツがその発見をしてから100年以上がたちました。発見当時は電磁波が使われるということは想像されなかったでしょう。
重力波が使われる、ということは考えにくいですが、物理の歴史を振り返ると、常識を超える、ということもありえます。将来的には重力波に関係した「何か」ができるかもしれません。絶対無理とも言えないし、できるともいえないですね(笑
いつ起こるか分からない宇宙のイベントを正確に捉えるためには多くの人と資金が必要ですね
日本の同種の装置であるKAGRAも今後稼働することで、より多くの知見が蓄積されていくでしょう。ただ、強い重力波の発生が今後10年以上起きない、ということもあり得るかもしれません。そうならないことを願っていますが(笑。 そこが宇宙の研究の難しさですね。難しいからこそ面白いのですが。
高エネルギー物理や宇宙物理は、必ずしも応用できるかどうかを考えて研究しません。分かっていないことほど面白いのですが、そういった研究にはお金も人もかかります。しかし、それをやらないと進歩はありません。多様な研究があることも大事です。今の時代、そういった研究は簡単に進められるわけではありませんが、より必要になっているとも言えます。
今回紹介した研究は、以下の論文にまとめられています。
- B. P. Abbott et al. (LIGO Scientific Collaboration and Virgo Collaboration) “Observation of Gravitational Waves from a Binary Black Hole Merger” Phys. Rev. Lett. 116, 061102 – Published 11 February 2016