漫画・グラフィックとサイエンスをテーマに、森川幸人さん、はやのんさん、あさりよしとおさんをゲストに招いたシンポジウム「空想と知識の境界を越えて~世界を刺激する絵解きサイエンス」が3月8日に学術交流会館で開催されました。
「科学を伝える」をその一部分とする科学技術コミュニケーションにおいて、漫画やグラフィックのもつ特徴や役割はどのようなものなのでしょうか。
科学+子ども向けではない絵本+擬人化 ―森川幸人さん(グラフィッククリエイター)
森川さんは生命科学や人工知能をテーマにした電子書籍を多数発表しています。その一つである『ヌカカの結婚』がまず会場に流されました。このお話は様々な生き物の不思議な生殖を擬人化して描いています。
森川さんの少年時代は日本が科学技術で豊かになっていった時代。当たり前のように科学少年でしたが、写生をほめられて文系へ進むことになります。その後、油絵、デザイン、絵本、CG、ゲームと紆余曲折をへて、ある絵本と出合います。「大人のための絵本」とも呼ばれるエドワード・ゴーリーという作家の絵本です。絵本は子ども向けじゃなくてもよいと気が付き、昔から好きだった科学を題材にした絵本がうまれました。
森川さんの絵本には、擬人化された物質や生物、現象が登場します。これは、子どもの頃は誰でも感じていた「モノがしゃべる」という感覚に基づいたもので、森川さんは今でもその感覚が続いているそうです。つまり擬人化は分かりやすく伝えるためのテクニックではなく、森川さんにとって自然な描き方なのです。
このようにして誕生した科学と絵本と擬人化が組み合わさった作品ですが、専門家からは細かい部分で「おしかり」を受けることもあるそうです。しかし、森川さんは正しいことや詳しいことを知る専門の本とは別に、まず面白さを感じてもらうための絵本である、と自らの作品を位置づけています。
研究者とのやりとりから生まれる正確さ ―はやのんさん(理系漫画家)
はやのんさんは大学で物理学を学んだ後、「理系漫画家」として研究者とその研究を紹介するお仕事をされています。現在連載中の『キラリ研究開発』は日刊工業新聞上に掲載されており、専門的な知識を持つ読者も多いことが特徴です。
はやのんさんの作品の特徴の一つは、実在の「先生」が登場することです。科学に関する知識は、自然に存在するものではありません。知識や技術をもたらしてくれた研究者を描きたい、という強いこだわりがはやのんさんの作品には込められています。
さらに、大切にしているのは「簡潔・正確・有益な情報を面白く伝える」ことです。科学技術に関する題材なので、間違いを伝えてしまうことは許されません。取材先に確認をするのはもちろんですが、取材先の言うことを鵜呑みにせず、別の研究者に内容をチェックしてもらうこともあるそうです。
このように、「サイエンスアウトリーチ」としての漫画制作は、「伝えたい」という研究者、「安く早く」という編集者、「自分の描きたいことだけを描く」という漫画家では成り立ちません。読者、研究者、広報担当者、編集者のそれぞれ異なる要望を踏まえて、全体のバランスを保って制作する必要がある、とお話されました。
納得で終わらない面白さを見つける―あさりよしとおさん(漫画家)
あさりさんは26年間つづく「まんがサイエンス」や、数々の科学、SF漫画の作者です。さらに現在は有志で立ち上げた会社で民間ロケットの開発・打ち上げに挑戦しており、北海道の企業や北大の研究者とも交流があります。
子どものころに読んだ科学漫画に影響されて、自らも科学漫画を描いているあさりさんですが、普通の人は別に科学を好きでもなんでもない、と切りだされました。そして単なる納得で終わる「分かりやすい正しい説明」ではなく、面白さと興味が続く「面白いきっかけ」にするは、誰もが持っている体験や五感、失敗などにいかに落とし込むかが、漫画ならでは表現になる、とお話しました。
題材を見つけ出すのもまた大きな仕事です。アポロ計画を題材にした漫画を描こうとした時、資料が残っていないことに驚きました。しかし宇宙開発はこれからも続きます。そこで自身が子ども時代に感じた宇宙への熱い思いを次世代に語るために、自分で資料を集めようと決めました。
現場の研究者と交流していると、意外と当事者がその面白さに気づいていないことも多かったそうです。また、包丁はなぜ切れるのか、といった日常の疑問を研究している研究者もいないことに気づきました。こういった埋もれている面白さや問題、研究と日常の結びつきをつくるが漫画家の仕事だ、締めくくりました。
(理事・副学⻑で⾼等教育推進機構⻑の新⽥孝彦さんもゲストのお話に聞き⼊っていました。)
トークを「絵解き」でまとめ
シンポジウムの最後には、トークの内容やメッセージを即興で描いていただきました。プロの筆さばきに会場からはどよめきがおきました。
はやのんさんの作品。研究者のコメントを受けて何度もねばって直すことで、正確さが生まれることを描きました。絵の中のはやのんさん、大変そうですね・・・ ちなみにはやのんさんは絵を描く時に文字から書き入れるそうです。
あさりさんは、女の子と「ロケット」を描きました。そもそもミサイルとロケットは技術的には同じものですが、それにどのような絵を加えるかで、同じものがロケットにもミサイルにも見えるという表現の効果と表現者の役割を示していただきました。
森川さんは、自身の経験をふまえて、壁にぶつかったら別の道を探してみる、そうしたらまた少しだけ進むことができるかもしれない、というメッセージを描きました。キャリアについても、表現についても、科学技術コミュニケーションについても同じように考えることができるかもしれません。
絵にはやはり大きな力があるようです。