鈴木定彦さん(人獣共通感染症リサーチセンター 教授)たちの研究グループは、結核とアフリカ睡眠病を、簡単な操作で、早く確実に、しかも安価に診断できるキットを開発しました。開発途上国の人たちにどんなふうに役立つのか、話をうかがいました。
安いので、受診しやすい
結核は今なお猛威を振るう感染症で、毎年900万人ほどの患者が新たに発生し140万人ほどが死亡しています。それら患者の約4分の3は、アジアやアフリカの国々にいます。
微熱と咳がつづくので、結核ではないだろうか。そう思って検査を受けようにも、費用が2000円もするのでは、途上国の貧しい人たちは尻込みしてしまいます。せっかく、結核と診断されたあとの治療費は国が負担することになっているのに、診断を受けないばかりに治療の開始が遅れ、多くの命が失われているのです。
鈴木さんたちの開発した診断キットを使えば、ザンビアの人たちが飲んでいるビール1本分の費用、日本円にして100円ほどで検査を受けることができます。
アフリカ睡眠病は、サハラ砂漠より南のアフリカに見られる病気(進行すると睡眠周期が乱れて朦朧とした状態になり、さらに進むと昏睡して死にいたる)で、年に約5万人が亡くなっています。こちらも、同じように安い費用で診断できます。
(ザンビア共和国の人たち。写真提供:鈴木さん)
確実な診断結果が、その日のうちに
結核かどうか診断するには、痰の中に結核菌がいるかどうか調べます。結核菌もどきの菌と結核菌とを区別するために、これまでは1~2ヶ月、培養する必要がありました。でも今回の診断キットを使えば、「痰がとれれば、その日のうちに結果が出て、次の日から適切な治療を始められます。」
アフリカ睡眠病でも同じです。これまでは、血液の中に、病気のもととなる原虫(トリパノソーマ原虫)がいるかどうか、顕微鏡を覗いて調べていたのですが、感度が低いため、なかなか早期に発見することができませんでした。
今回の診断キットで早く確実に診断できるのは、菌や原虫そのものでなく、それらの遺伝子に着目した手法を使っているからです。遺伝子のうち結核菌やトリパノソーマ原虫に特有な部分を短時間に増やし(核酸増幅法)、それで結核菌などがあるかどうか調べるのです。核酸を増やすには、PCR法などいくつか方法があるのですが、栄研化学(株)が1998年に開発したLAMP法を採用しています。
(診断キットの一式。左は、検体を加熱する装置。右は検出器)
途上国に適したシステム
LAMP法では、一定の温度で短時間のうちに核酸が増えていきます。ですから、痰を簡単に処理したあと反応試薬と混ぜ、64℃で40~60分 加熱し、できた物質の色で判定することができます。
試薬は乾燥状態にして、反応容器の蓋の裏側にくっつけました。乾燥した試薬ですから冷蔵庫に保管しなくても大丈夫ですし、反応容器ごとポケットに入れて現場に持っていくことだってできます。処理した痰と試薬とを混ぜるには、容器を何度か回転させるだけでOK、とにかく取扱がラクです。
加熱も簡単です。装置の値段は5万円ほど。電源はパソコンの予備バッテリーで代用することができます。田舎の検査センターは停電することもありますが、これなら大丈夫です。
色の判定は肉眼でもできますが、青緑LED光をあてて蛍光で確認すれば、一目瞭然。そのための装置(検出器)は、市販のパーツを組み合わせ、3000円ほどで手作りできます。乾電池4本で作動します。
梶野喜一さん(もと同センター 准教授)が、アフリカ睡眠病を対象にこうした手法や機器を開発し、鈴木さんはそれを結核へと応用しました。
(「梶野さんが、色々な材料を集めて一生懸命、工夫を重ねてくれました。」)
現地に根づくように
栄研化学(株)は、LAMP法の特許を日本など先進国で取っています。ですから、日本で診断キットを作ってアフリカに持っていくと、2000円ほどかかってしまいます。でも、ザンビアなどいくつかの国では特許を取っていません。特許を維持するだけでも費用がかかるからです。
そこで鈴木さんたちは考えました。「我々の開発した技術を、現地の人たちが、現地で試薬など全部集めて、現地で作ればいい、我々が技術供与するから。栄研化学は先進国で利益を出せるでしょう。」
というわけで、現地の人たちが作りやすいようシンプルな仕組み、特別な技術がなくても扱えるような簡便な操作性を追求しました。
人材の育成も必要だといいます。「技術を持っていって、ただやってねと言っても、無理です。技術を広めるには、キーになる人がそこの国にいないと難しいのです。」ザンビア大学と北海道大学は、獣医学部を通じて、30年ほど前から交流があり、その実績があったからこそ上手くいったのです。
(ザンビア共和国で、現地の関係者と打合せ。写真提供:鈴木さん)
死ななくてすむ人が、一人でも助かるように
鈴木さんは、静岡大学理学部の化学科出身です。大学院の修士課程まで、植物の遺伝子を扱う研究をしていたのですが、博士課程では大阪大学の ある研究室に招かれました。誰でも遺伝子操作できる時代ではなかったので、そのスキルを買われたのです。行ってみると、結核を扱う研究室でした。「世界は大変なことになっている」と知ります。
結核を撲滅するのに方法はいろいろあります、ワクチンを作る、治療薬を作るなど。「だけど、診断しなければ薬も使えないでしょう。そう思って「診断」の道に進みました。」
年に120日以上も途上国の現場を飛び回る鈴木さん。机の上にはザンビアの置物、机の横には大きなスーツケースがあります。きょうもこれから、タイ、そしてバングラデシュに出かけるそうです。
3月に入るとザンビア共和国に行き、現地の人たちだけで、今回開発したキットを使って診断を行ない、有効性を確認してもらう予定です。ザンビア共和国で、国の公定法として承認されることを期待したいと思います。
(鈴木さん、研究室にて)
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鈴木さんたちの今回の成果は、科学技術振興機構(JST)の「サイエンス チャンネル」でも紹介されています。