転んでけがをしたとき、その傷口は赤くはれあがります。これは、感染から身を守るために、傷口に集まった免疫細胞が、防御反応、すなわち炎症を起こしている証拠です。意外かもしれませんが、肥満の人の脂肪組織でも同じように免疫細胞が炎症を起こしています。そして、それが肥満と糖尿病、高脂血症や高血圧が合併した状態であるメタボリックシンドロームの原因になっているのです。私は脂肪組織の炎症が起きるメカニズムを明らかにすることで、メタボリックシンドロームの予防・治療につながる糸口を、マウスとともに探っています。
【関真実・生命科学院修士1年】
(動物室にてマウス達と写真撮影。左手に持っているのはマウスの飲み水)
メタボの原因、脂肪組織で起こる炎症とは
肥満の人の脂肪組織では炎症が起きているといわれています。といっても肥満の人の体が赤くはれあがっている訳ではありません。肥満の人の脂肪組織で起こる炎症は、外傷や細菌感染によって引き起こされる一般的な炎症とは異なり、自覚症状のあらわれない弱い炎症がじわーっと続いているからです。
一般的な炎症の場合、炎症促進性と抑制性の二種類の免疫細胞がバランスよく働き、短期間のうちに炎症が起こり、終息します。一方、肥満の場合には免疫細胞のバランスが崩れ、炎症促進性の免疫細胞の割合が増加した状態になります。そのため、いったん何かの拍子に炎症が生じるとそれは終息することなくくすぶり続けるのです。
脂肪組織でくすぶり続ける炎症は全身の代謝機能に悪影響を与え、メタボリックシンドロームの原因となります。脂肪組織中で増加した炎症促進性の免疫細胞から放出される物質は、脂肪組織だけでなく、血管を循環して全身に作用し、糖を組織へ取り込むのに重要なインスリンの効きを悪くしてしまうからです。インスリンの効きが悪くなると、糖尿病、高脂血症や高血圧が引き起こされ、結果として、メタボリックシンドロームになってしまいます。
(メタボリックシンドロームの病態が出来上がるまでの流れ)
私にとってメタボは他人事ではありません。なぜなら、まさに私の父その人がメタボ予備軍なのですから(身長170cm推定90㎏、かつての筋肉はすっかり脂肪に…)! 父のようなメタボ予備軍のために、一刻も早くメタボの原因となる脂肪組織の炎症を防ぐ手段を確立させたい。その願いを胸に、私は研究生活をスタートさせました。
脂肪組織炎症に関わる因子? リポ多糖結合タンパクに着目
上述のように脂肪組織で起こる炎症の原因には、免疫細胞のバランスの乱れが関与します。しかし、何がきっかけとなって脂肪組織でこのような乱れが生じるかは明確ではありません。従って、この解明がメタボの予防・治療手段を考えるうえで大きな鍵となります。肥満の人で血中濃度が高いことが明らかになった物質の一つに、リポ多糖結合タンパク(LBP)というタンパクがあります。私は脂肪組織で炎症を引き起こす候補として、このLBPに着目しました。LBPは元々、細菌感染時の炎症反応を促進することがよく知られており、肥満時の炎症にも関与する可能性が十分考えられたからです。
小さな相棒たちをお世話する
私の研究の相棒たちはマウス達です。彼らは非常にアクティブで、動き回る彼らを扱うのは一苦労です。
(1ケージ6匹の共同生活、シェアハウスするマウス)
そんな彼らを私は二つのグループに分け、それぞれ異なるエサを与えます。一方のエサは、肥満を誘導するための高脂肪食で、もう一方は、通常の脂肪食です。通常の脂肪食はカロリーベースの10%が脂質ですが、高脂肪食は60%にものぼります。
(左が通常脂肪食、右が高脂肪食。区別しやすいように着色されていますが、マウスには無害です)
実験では、2グル―プのマウスの脂肪組織におけるLBP遺伝子や、炎症関連遺伝子の発現量を比較します。発現量が高ければその遺伝子から作られるタンパク質の量は高い、発現量が低ければタンパク質の量は低いと推測できます。
高脂肪食を食べるとLBP遺伝子の発現が増加
マウスの脂肪組織の遺伝子発現量を解析してみました。すると、高脂肪食を与えたマウスでは通常脂肪食を与えたマウスと比べてLBP遺伝子の発現量が高いことが明らかになりました。また、LBP遺伝子の発現量が高いマウスほど炎症関連遺伝子の発現量が高いことも分かりました。これらのデータはLBPが脂肪組織炎症の発症に関与する可能性を示しています。
(高脂肪食摂取によるマウスの変化)
新たな相棒とともに次のステージへ
現時点では、実際にLBPが脂肪組織の炎症に寄与しているかは分かりません。しかし、このことが証明できれば、LBPをターゲットとしたメタボの新たな予防法が確立できます。
と脂肪組織の炎症の関係性を紐解くうえで、マウスを用いた実験には限界があります。生体内では無数の物質が複雑に作用しあっており、LBPという一つのタンパクが脂肪組織に与える影響を分析するのは非常に困難だからです。
(細胞の培地交換中…。丁寧に行わないとプレートに張り付いた細胞が剥がれてしまいます)
一方、細胞実験であれば、培養環境は人間によってコントロールできるので、数多の物質による影響を取り除くことができます。そこで、現在私はマウスの脂肪細胞を用いた実験を行っています。
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この記事は、関真実さん(生命科学院修士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
関さんの所属研究室はこちら
生命科学院
消化管生理学研究室(園山慶 准教授)