今回登場するのは、恐竜の研究に取り組む北大総合博物館の小林快次さん(総合博物館 准教授)です。モンゴル南部に広がるゴビ砂漠で、テリジノサウルスが巣を作って暮らしていた場所を発見したのです。テリジノサウルスの巣を発見したのも、モンゴルで恐竜の巣がみつかったのも初めてのことです。では、この発見からどんなことがわかるのでしょう。進化のナゾに迫るストーリーを聞きました。
最初は、ダチョウの卵かと思った!?
今回発見したのは、テリジノサウルスという恐竜の巣です。ひとつやふたつではありません。50メートルプールほどの広さと同じくらいの面積の中に、18個もの巣が見つかったのです。モンゴルでこれだけ大規模な巣が見つかったことも初めてなら、テリジノサウルスの巣が見つかったことも初めて。そして、以前は「肉食恐竜」と呼ばれていた非鳥類獣脚類類の営巣地としては世界最大規模のものという、「初めて」や「最大」が重なる発見となりました。
大発見は、小さな発見から始まりました
明日はキャンプを離れて帰国の途に着くというその日、すでに夕暮れが近づいていました。一緒に調査をしていたスタッフの一人が、「これ、卵の破片なんだけど、見てください!」と手にしていたものは卵の殻らしきもの。小林さんは最初、「ダチョウの卵ですね」と気にも留めませんでした。でも、「いや、ちがう。とにかくこの場所を見て」と促され見てみると、卵がいくつかまとまって埋まっている巣が見つかったのです。「これはダチョウではない」。さらにその隣にも、そのまた近くにも、というように、10分くらいの間に3カ所もの巣が目の前に現れました。
日暮れが迫っていたので、残念ながら調査はそこまでとなりました。そして、翌年同じ場所を訪れて調査を行うと、18個の巣が見つかったのです。存在を確認したのは18個ですが、この周辺の地形や、地層の特徴をよく見ると、侵食された部分があることや、まだ土に埋もれている巣がある可能性などを考慮すると、最大56個程度の巣があっただろうと小林さんは考えています。
「巣の発見」にはどんな意味があるのだろう?
これだけ多くの恐竜の巣。そこからどんなことがわかるのでしょうか。
卵は、ほぼ球形でその直径は13cmほどの大きさです。ひとつの巣には最大8個の卵がありました。巣と巣の間は一番近いもので1.5メートルほどであり、4メートル四方の範囲に4つの巣があるところも見つかりました。さらに卵の様子を詳しく調べると、ほとんどが上部に開いていて、ほかの恐竜などに荒らされた形跡がありません。卵の中にはわずかに殻の欠片が落ちて、恐竜の赤ちゃんの骨が残っていませんでした。恐竜の赤ちゃんが内部から殻を破って卵から孵(かえ)ったであろうと推測できます。調べてみるとふ化率はとても高く、小林さんの研究では、ふ化率は70%以上であろうと結論しています。
これだけの卵がふ化するということは、恐竜が天敵から卵を守り、卵の中で赤ちゃんが育つように卵を大切に育てていただろう、ということが推測できます。さらに多くの巣が密集して作られていたということは、集団で巣を守り、赤ちゃんを育てていたのかもしれません。
恐竜が、ていねいに子育て? なんだか意外な気もします。その巣にいたテリジノサウルスのほとんどが、卵を大切に育てていたのでしょうか? ある種のワニは、同じ種類であっても、3分の1は子育ての行動をしないグループ、3分の1が卵を産んだ親が巣を守り子供を孵すグループ、残りがその中間という研究があるそうです。ほとんど子育てをしないグループの卵のふ化率は0%に近く、つまりまったく卵が孵らないのです。同じ種類のワニであっても、子育てに精を出だすグループは3分の1だというのに、テリジノサウルスは、ほとんどの卵を孵していたということに驚きます。
恐竜の進化の道筋も見えてくる
鳥は、卵を抱いてあたため、ふ化した後は雛を守りながらえさを与え巣立ちの日まで育てることが知られています。鳥類はふ化率が高く、80%ほどといわれています。
「哺乳類って、おなかの中で赤ちゃんを育てますね。カンガルーなどの有袋類も、おなかのポケットで赤ちゃんを守っています。鳥も、おなかの中で育ててはいませんが、親は子供を自分の近くにおいて守っています。一方、魚類やは虫類は卵を産むだけで、そのあと面倒を見たり子育てをするということはほとんどありません。こうして考えると、進化しているものほど、赤ちゃんを身近におき、大切に育てているということがわかります。ということは、テリジノサウルスは進化の過程において、進んでいたのではないかと考えることができるのです」。 このように恐竜が卵を孵すための行動をしていたという報告も、今回が初めてのことです。実は、このように巣の発見や卵のふ化率から恐竜の行動を考えるというアイデアも小林さんの発想から生まれたのです。
その名は「ウォークマン」&「ファルコンズ アイ」
テリジノサウルスの巣、モンゴルでの大営巣地、集団で子供を守っていたということなどなど、発見の多い今回の成果。そんな、大発見のときはどんな気持ちがするものなのですか?
「よく聞かれるんですけど、僕、大発見いっぱいしているからね」と、こともなげに答える小林さん。あだ名は、「ウォークマン」と「ファルコンズ アイ」なのだそうです。
「歩く人」、そして「鷹の目」。「僕はとにかく歩くんですよ。ふつうの人は1日10キロくらいじゃないでしょうか。僕は20キロは歩きますね。それもふつうにまっすぐ歩くのではなく、あっちにいったりこっちにいったり。それも歩きにくいところばかり選ぶんです」。歩きやすい場所ばかりを通っていては、何も見つからないのです。「そんな場所はもうとっくに誰かが歩いている。人が歩かないところにいかなければ、新しい発見なんてできないんですよ」と語る小林さんは、命がけで崖を上ることもあるといいます。ロープ1本でもろい土の崖を上りながら、「落ちる! もうだめだ!」という瞬間もあったとか。そんな、ほかの人が選ばない険しい場所を選んで、高いところから一発で獲物を仕留める鷹のように、発見を獲物にする、それが小林さんのスタイルです。小林さんのその「目」と「足」は、今度はどんな発見をするのでしょうか。