ブドウ糖、砂糖、デンプンにセルロース…。私たちの身の回りにはたくさんの種類の糖があふれています。糖はつながっている糖の個数により単糖、オリゴ糖、多糖の3つに大別することができます。しかし、近年糖を4つに分ける考え方が出てきました。糖の第4の分類、それは「メガロ糖」です。私は、アルファベットの“L“のようなかたちをしているメガロ糖をつくる酵素を研究対象として、日々実験を行っています。
【佐々木優希・農学院修士1年】
(酵素反応により糖を作っています)
糖のかたちとは?
普段私たちが何気なく食べている糖は、分子レベルで観察すると最小単位である「単糖」がつながったかたちをしています。単糖だけの糖としては、ブドウ糖(グルコース)やフルクトースがよく知られています。単糖が2個以上9個以下つながった糖は「オリゴ糖」と呼ばれます。身の回りで一番メジャーな糖といえる砂糖(スクロース)はグルコースとフルクトースが1個ずつつながったオリゴ糖です。単糖が約100個以上つながったものは「多糖」と呼ばれます。お米に含まれるデンプンや、植物を構成しているセルロースなどがこれに当たります。
ハンパ者の糖「メガロ糖」?
糖はつながっている単糖の個数により「単糖」「オリゴ糖」「多糖」の3種類に分けられるのですが、近年これをさらに分けて4つの分類で考える研究が出てきています。4つ目の分類…その名は「メガロ糖」! メガロ糖は単糖が10個以上100個以下つながったものと定義され、オリゴ糖と多糖の中間くらいの中途半端な長さをしている糖です。
そんなハンパ者のメガロ糖は、今までの3つの糖には無かった特徴を持つことが分かり、注目を集めています。メガロ糖の中でも特にL字型をしているメガロ糖は、ポリフェノールを水に溶けやすくする作用があるのです。ポリフェノールは抗がん作用や抗菌作用がある物質です。しかし腸内でのポリフェノール吸収効率はかなり悪く、大量に摂らなければ健康によい影響を与える効果は出ないといわれています。このように、ポリフェノールを水に溶けやすくして腸内での吸収効率を高める、L字型メガロ糖の持つ働きは、栄養学的にみてもとても重要なことなのです。
(L字型メガロ糖の構造。単糖であるグルコースが -1.4結合と -1.6結合によりつながっている)
糖を合成する「糖合成酵素」
さて、そんなL字型メガロ糖はどうやってつくられるのでしょうか? 自然界ではメガロ糖に限らず、ほとんどの糖の合成に植物や微生物が持つ「糖合成酵素」がかかわっています。この酵素は単糖やオリゴ糖から様々なかたち・長さの糖を合成する機能を持っています。その糖合成酵素の一つ「デキストランデキストリナーゼ」はL字型メガロ糖をつくることが知られており、現在人工的なメガロ糖合成に利用されています。しかし! 実はこの酵素の本業はL字型メガロ糖づくりではありません。デキストランデキストリナーゼにとってメガロ糖づくりは副業のようなもので、本業はデキストランという多糖をつくることなのです。私はこの副業と本業を入れ替えてメガロ糖の方を多く合成させる研究、そしてこの本業と副業の転換が起きる原因を探る研究を行っています。
本業と副業の転換!?
野生型のデキストランデキストリナーゼはデキストランを主な生成物としています。しかし遺伝子組み換えによりこの酵素の一部の構造をなくしたものは、L字型のメガロ糖を主な生成物とし、デキストランをほぼつくらなくなることが先行研究により分かっています。私は、このなくした構造の中(下の図の“B”の部分)にあるアミノ酸が、本業と副業の転換に関係するのではないかと予想しています。予想を確かめるため、私はこの“B”の部分のアミノ酸を1-3個ずつ削った複数の変異酵素で糖合成反応を行い、生成物の割合を比較する実験を行っています。この実験により、本業と副業が入れ替わる原因となっているアミノ酸が判明すれ
ば、デキストランデキストリナーゼの機能研究が一歩前進することになります。
(デキストランデキストリナーゼが作る糖の割合を示した図。赤い点線で示した境界部分を明らかにし、本業と副業の転換の仕組みを解明するのが私の研究目標です)
厄介な酵素と共に
私が用いているデキストランデキストリナーゼは、正直に言うと、大変扱いにくい酵素です。放っておくと沈殿を作りやすいため、酵素の活性を測りにくいのです。加えて酵素機能解析の大きなヒントとなる「結晶構造」が分かっていないため、解析は完全に手探りの状態です。しかし手のかかる子ほど可愛いとはよく言うもので、いつの間にかこの酵素に愛着が湧いてきた今日この頃です。この厄介な酵素と今後もうまく付き合い、メガロ糖合成、多糖合成の謎を解き明かしていきたいと思います。
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この記事は、佐々木優希さん(農学院修士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
佐々木さんの所属研究室はこちら
農学院
生物資源科学専攻
応用分子生物学講座
分子酵素学研究室(木村淳夫教授)