東京都心部にタヌキがいる。そう聞くとちょっと不思議に思うかもしれません。タヌキはもともと森林や農村に生息する動物ですが、実は東京の都心部にもたくさんすんでいるのです。本来の生息地と異なる環境の中で、彼らはどのような生活をしているのでしょうか。遺伝子はそんな疑問の解決に少しのヒントを与えてくれます。
【齋藤航・理学院修士2年】
環境への適応力が高いタヌキ
人口の増加に伴い、近年世界中の様々な場所で都市開発が進んでいます。もともとその場所に住んでいた動物の中には残念ながら環境の変化に耐えられず、生息地を変えたものや、絶滅してしまったものも数多くいます。でも、中にはしぶとくその場所で生き残っている動物もいます。タヌキもそんな動物の一つです。
タヌキは雑食性の動物で、その食べ物は木の実や果実をはじめとする植物から、虫、魚や小型の哺乳類など非常にバラエティーに豊みます。そのため環境への適応力が高く、日本では北は北海道から南は九州まで、森や農村地域など様々な場所に生息しています。都会にも人間の残飯などを利用しながら上手く適応してきました。
(こんなところでタヌキ発見!)<旭山市の果樹園にて福井大祐氏(岩手大学)撮影>
ですが、タヌキたちは都会という自然から大きく異なる環境の中で元気に暮らすことができているのでしょうか。これまでの研究から生息地の地理がそこに生息する動物の遺伝的な特徴に影響を与えることがわかってきています。
地理的な環境が遺伝的な特徴に変化を与える
タヌキを含む多くの動物には、生まれた場所で一生を終える個体もいれば、別の場所に移動し繁殖を行う個体がいます。後者の個体は離れた生息地間の「遺伝子の交流」の要となっており、生息地間の遺伝的な特徴の違いが小さくなるような働きをします。
一方、大きな河川で別れた地域間や、海で本土と隔てられた島などでは、陸上にすむ動物は移動できないため、遺伝子の交流は遮断されてしまい生息地間の遺伝的な特徴の違いが大きくなります。また、これは同時に外部から新たな遺伝子が入ってこなくなることを意味するので、生息地内の遺伝子の多様性が減少する可能性もあります。
では都会のタヌキについてはどうでしょう。タヌキは都市に点在している林や公園などに住んでいますが、そのような生息地の間を多数の道路が走っています。中には交通量の多いものやフェンスで囲まれているものもあり、そこを渡るのは容易なことではなさそうです。
このことを確かめるために、私は大都市東京の中心部にある皇居(面積1.2 平方km)と赤坂御用地(面積0.5 平方km)に生息するタヌキの遺伝子を調べて比較してみることにしました。
(皇居(右側)と赤坂御用地(左)。その間はわずか約1km)
遺伝子を抽出しよう!糞は少し大変…
遺伝子を調べるには、まずその元となるDNAを動物の体から取り出す必要があります。DNAは動物の体の様々な部位をはじめ、その排出物などからも取り出すことができます。私は今回2種類のものからDNAを取り出すことにしました。
一つは筋肉です。筋肉はDNAを比較的簡単に、そして大量に取り出すことができること等から、遺伝子の分析には最もよく使われているものの一つです。これらのサンプルは交通事故等で死んでしまったタヌキから採取しました。
もう一つは糞です。動物の糞の中には、食べたものだけでなくその動物自身の細胞も含まれています。ただ量は少ないので筋肉と比べるとDNAを取り出すのはちょっと大変ですが、動物を傷つけずにDNAを調べることができる点や、比較的手に入りやすいなどのメリットもあります。
(糞からDNAを抽出中。ちょっと集中)
皇居と赤坂御用地でタヌキの遺伝子に大きな差が見つかった!!
取り出したDNAの中から複数の遺伝子の特長を調べ、皇居のタヌキと赤坂御用地のタヌキの間でその特徴の比較を行いました。様々な解析方法を行った結果、2つの生息地間に違いがあることが認められました。この原因は、2つの生息地の間に走る多数の道路によって遺伝子の交流が妨げられているからだと考えられます。
(皇居と赤坂御用地の間にあるホテルニューオータニから北を望む。ビルの谷間を走る道路の交通量は少なくありません)
都市に住む動物たちの未来をみすえて
タヌキはとてもたくましい動物です。日本では南は九州から北は北海道まで幅広く分布していて、様々な環境の中で生息しています。だからこそ都市開発によって生息地の環境が大きく変わった現在も、その場所で生き続けていられるのでしょう。
しかし今回の結果は、そんなタヌキたちが、道路という人工的な環境により移動と繁殖を制限され、遺伝子という目に見えない部分で影響を受けていることを示しています。さらには、この変化が今後蓄積していくと、今度は健康などの目に見えるところに影響がでてくる可能性もあります。私は今後、遺伝的多様性をはじめとした視点からさらに分析をしていく予定です。それがタヌキをはじめ都市に生息する様々な動物の保全の役に立てば、それほどうれしいことはありません。
(やった!タヌキ(Tanuki)の”T””K”だ! ※”N”は体で表現してます。タンザニアとケニアの国境にて撮影)
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この記事は、齋藤航さん(理学院修士2年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
齋藤さんの所属研究室はこちら
理学院 自然史科学専攻 多様性生物学講座IV
遺伝的多様性研究室(増田隆一教授)
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本研究は,国立科学博物館による調査研究プロジェクトの一環として行われたものです。
研究成果は、以下の論文にまとめられています。
Wataru Saito, Yosuke Amaike, Takako Sako, Yayoi Kaneko and Ryuichi Masuda
Population Structure of the Raccoon Dog on the Grounds of the Imperial Palace, Tokyo, Revealed by Microsatellite Analysis of Fecal DNA