この論文を中心になってまとめた藪原佑樹さんは、農学院・環境資源学専攻・森林生態系管理学研究室の博士後期課程2年生。
野鳥観察が大好きでこの専攻を選んだという藪原さん、実はこの論文、元は修士論文の内容です。悪戦苦闘しながらまとめた初めての英語論文なので、公表されてとても感慨深いそうです。
進む河川の樹林化
実は北海道に限らず、日本各地で河川は樹林化が進む傾向にあります。藪原さんたちは、北海道十勝地方で、ダムが造成された4つの川と、ダムが無い4つの川とで比較してみました。数十年前の空中写真と現在の衛星画像を比較してみると、一目瞭然。
(左図は国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたもの)
上の2つの写真は、1970年(左)と2010年(右)の十勝地方を流れる札内川(一級河川)の様子です。白い部分が砂礫による河原ですが、右図では砂礫地が減って、緑地が増えていることが分かります。
河川敷は主にヤナギやドロノキの仲間が茂っています。なぜこうした樹木が侵入したのでしょうか?それは、ダムを作って人工的に水量を調節したことが原因です。ダムによって洪水が減り、また上流の山地から川に運ばれる土砂の量も少なくなります。そのため、河床が低下し(河床の低下には他にも砂利の採取など様々な要因があります)、河原の砂礫地が定期的に水浸しにならなくなったことで乾燥化が進みました。その結果、こうした樹木が安定して育てる環境になってしまったのです。
樹林化の何が良くないのでしょうか?
さて、河川敷の緑が増えて、誰が困るのでしょう?
それは、砂や石がごろごろ転がっている河原に住んでいる生きものたちです。まるで不毛の地のようにも見える砂礫による河原ですが(「賽の河原」、なんて言い方もありますよね)、よ~く目を凝らしてみると、こうした環境に適応した地味な(失礼!)生きものたちが暮らしているんです。
上の可愛らしいヒナは、イカルチドリです。野鳥観察が大好きな藪原さんは、現地で丹念に観察を行い、砂礫による河原が広がる場所では、こうした生息環境に適応したチドリの仲間がたくさん暮らしていることを明らかにしました。また藪原さんたちは、どれくらいの数の鳥達がいるのか予測する分布モデルを作り、河川ごとに過去と現在の鳥の数を推定しました。その結果、樹林地に暮らす鳥は増える一方、河原に住むチドリ類などはどんどん減っていくことを予測しています。
上の写真を御覧ください。どこに生きものが隠れているか、分かりますか?
中央をよく見ると、触覚からバッタの形が分かると思います。カワラバッタです。砂礫にカモフラージュして身を守っています。逆に、気付かずに踏んづけてしまいそうな気もしますが、こうした砂礫地の環境に特化した生物は、樹林化による環境の変化についていけず、次第にその姿を消しつつあります。
林に暮らす鳥や昆虫が増えるなら、それでも良いのでは?
砂礫による河原が無くなったとしても、身近な河川敷に広がる森の中、アカゲラやキビタキなど、きれいな鳥を見られることは、見方によっては良いこととも言えるでしょう。しかし、そうした樹林は、川の上流に行けば普通に見ることができます。本来、中流や下流にはこうした樹林の環境は無く、砂礫地が広がっていたはずなのです。河川環境が均質化することで、環境の多様性、ひいては生物の多様性が相当失われてしまっているのが現状です。
そういえば、確かに、最近の河川敷はハリエンジュ(ニセアカシア)のような外来植物がずいぶん増えたような気がします。初夏に白い花が咲いてきれいだなと、ただ単純に思っていたのですが、河川敷にこうした樹木が増えることで、生態系がどんどん貧しくなっていることがわかりました。こうした環境の変化に多くの人は気づいていないと藪原さんは言います。
今後の研究は
藪原さんは今後の研究で「水辺の国勢調査」といった過去のデータベースを活用して、こうした深刻な環境の変化がどれくらい起きているのか、また野生生物にとってどんな影響があるのか、全国レベルで分析していく予定です。大好きな野鳥の調査も藪原さんは続けていきたいと言います。野鳥は朝早くの方が、よくさえずっているため探しやすいそうですが、そのためには早朝3時には出発しないといけません。寒くて過酷な仕事ですが、誰もいない河原で、朝もやの中、野鳥を探すのはとても楽しいとのことです。藪原さんの研究の発展に期待しています。
※この論文「Predicting long-term changes in riparian bird communities in floodplain landscapes(氾濫原景観における鳥類群集の長期変化の予測)」(藪原佑樹,山浦悠一,赤坂卓美,中村太士・北海道大学農学研究院)は『River Research and Applications』という学術誌に、2013年11月29日に掲載されました。