近年,人口の約1割がアトピー性皮膚炎に悩まされており,その患者数は年々増加しています。しかし,アトピー性皮膚炎を含む皮膚病の多くはその原因やメカニズムが明らかになっていません。私は,皮膚病の新しい治療法や治療薬開発のため,その発症メカニズムを探っています。
【服部未来・生命科学院修士1年】
何層もの細胞から肌は作られる
皮膚は内側の真皮と外側の表皮に分けられます。表皮はさらに,何層もの細胞が重なった層状構造を形成しています。内側の細胞が細胞分裂することで,下から押し上げられ,一番外側,つまり空気と触れ合っている側の細胞は,一般的に言う“アカ”となって剥がれ落ちていきます。これが肌のターンオーバーと言われる現象です。通常28日前後でターンオーバーが1周すると言われていますが,皮膚病患者ではこのターンオーバーに異常が生じています。例えば,魚鱗癬(ぎょりんせん)と呼ばれる皮膚疾患では,角質層がうまくはがれ落ちないために魚の鱗のようにカサカサした鱗屑がみられるようになります。皮膚が厚くなり,どんどん剥がれ落ちることで後述する皮膚バリアに異常が現れます。皮膚表面が魚のうろこのように見えることから魚鱗癬という名前が付いています。
皮膚バリアって何?
皮膚は体の一番外側に存在し,バリアとして機能します。この機能を“皮膚バリア”と言います。皮膚バリアは,ウイルスや病原体が侵入することを防いでいるだけでなく、体内から水分がにげていくことを防ぐという役割もあります。ヒトの体は約60%が水分できているのですが,その水分が約10%奪われると死に至ることもあり,この水分を保持する機能は生命の維持のためにも非常に重要です。では,皮膚バリアの形成には何が重要でしょうか。
油がバリアを形成する
皮膚バリアと聞くと、最近肌に良いと言われているコラーゲン,ヒアルロン酸,エラスチン・・・などの物質を想像した方も多いかもしれません。確かにこれらは皮膚の形成や保湿などに関与しているのですが、多くは皮膚の内側である真皮に存在しています。一方,皮膚の外側である表皮には“脂質”が多く存在します。脂質は疎水性の高い物質です。水と油を思い浮かべてみて下さい。油は水を弾くので,体内から水分が蒸発するのを防いでいることがイメージできると思います。私は“脂質”が皮膚バリアに重要であると考え,注目しました。
脂質の一種アシルセラミド
表皮に存在する脂質の多くは,下図のようなセラミドとよばれる構造を持ちます。セラミドは体のどの組織にも存在するのですが、その中の一種であるアシルセラミドは表皮にだけ存在します。アシルセラミドは他のセラミドに比べて非常に疎水性が高い(水を弾きやすい)物質です。アトピー性皮膚炎や,魚鱗癬のような皮膚病患者では皮膚のアシルセラミドが減少しているという報告もあり,アシルセラミドが皮膚バリアに重要であることは明らかです。しかし,アシルセラミドの体内での合成経路は未だ不明です。そこで,私はこのアシルセラミドに注目し,その合成経路に関わる酵素について研究を行っています。
これまでの研究結果
近年の研究で,アシルセラミドの合成経路には,魚鱗癬原因遺伝子が関与することが明らかになってきています。そこで以下の2つの理由から、ACSVL4といういタンパク質がアシルセラミドの合成に関与しているのではないかと予想しました。1つは,ACSVL4は魚鱗癬の原因遺伝子であることです。もう1つは、アシルセラミドの合成には酵素を助ける補酵素であるCoAを付加するステップが必要なのですが,ACSVL4はそれが可能な酵素であることです。実際に、体の中でACSVL4を作れないようにしたマウスを用いて表皮のアシルセラミドを測定すると,その量が減少していました。今後はさらに詳細な脂質の解析をして,皮膚病発症のメカニズムを探っていきます。
(測定した表皮脂質を解析しています
皮膚病を治る病気に!
これまで,皮膚病の治療は,かゆみや炎症を抑えるなどの対症療法がほとんどでした。私自身も長年アトピー性皮膚炎に苦しんでおり,いまだに完治はしていません。アシルセラミドの合成経路が明らかとなり,体内からアシルセラミドの合成を促進できれば,皮膚病の新しい治療法や皮膚バリアを促進する商品の開発につながります。また,アシルセラミドの減少による皮膚バリア破綻のメカニズムが明らかになれば,皮膚病の根本的治療につながります。皮膚病を治る病気にするため,日々研究を頑張っています!
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この記事は、服部未来さん(生命科学院修士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
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