日本の映画・音楽・漫画・アニメ・ドラマ・ゲームなどのポップカルチャー、メディアコンテンツは、近年、海外でも人気を博し、日本を代表する文化となってきています。政府は2005年、こうしたコンテンツを活用し、色々な地域振興、観光誘致、経済振興を進めていくことを目的として、国交省・経産省・文化庁の共同で「コンテンツツーリズム」という言葉を提唱しました。
このコンテンツツーリズムの研究でご活躍されている山村高淑さん(観光学高等研究センター/大学院国際広報メディア・観光学院 教授)に、ご自身の研究へのお考えやライフヒストリーについて、お話をお聞きしました。
【濱崎友美・総合理系1年/齊藤晃大・法学部1年/八尾 寅史・医学部1年】
コンテンツツーリズムとは?
私は現在、コンテンツツーリズムの研究に取り組んでいます。コンテンツツーリズムとは、フィルムツーリズムやテレビドラマツーリズムのようにメディアごとにいろんなコンテンツ、作品があり、それで誘発される旅行です。実はメディアと観光というのはとても密接に結びついています。1990年代からメディアの多様化が進んできたのですが、その中の動きとして、コンテンツの制作側が地域を一つのメディアとしてとらえてビジネスを展開するようになってきています。具体的には、地域の空間でイベントを行ったり、あるいは舞台となった地元とコラボレーションをして、キャラクターイラストの入った限定商品を販売したりするなどがありますね。
例えば、韓国では韓流ドラマとかK-POPで海外のお客さんを呼び込もうとしていて、それに政府が補助金を出しています。だけど日本って、元々の文化、ポップカルチャーの土台が全然違って、ファンが自ら楽しむ文化と、制作会社が競争する市場経済の中で何の補助もなく頑張っています。そうした中で日本では、制作者とファンと地域っていう3つのプレイヤーがコラボしながら作品を使った地域振興や観光振興を進めていこうとする動きが出てきました。そういった所に我々も関わりながら、アニメ制作会社さんや地元の行政の方と一緒に研究を進めています。
批判も存在価値の指標
埼玉県の鷲宮という町が「らき☆すた」とコラボして町おこしをやっていた時に、当時ここの商工会の方と一緒に研究をしていました。そのとき私が代表でまとめた調査報告書がとある新聞社のウェブ新聞に掲載されたのですが、その直後からインターネット掲示板の2ちゃんねるにスレッドが4本立って「こんな先生がいるなんて信じられない。」とか「こういうやつは税金泥棒だから退職させろ。」とかすごい批判を受けました。ちなみにそのスレの中には北大の方がけっこういらっしゃったのはショックでしたが(笑)。
最初は結構落ち込んだのですが、商工会の方から電話がかかってきて「2ちゃんでスレッドが4本も立ったらあなたはもう本物です。僕らも毎回立ってます。自分たちがアニメとコラボして色々なイベントをやると、必ずたくさんのスレッドが立ちます。でもそれが逆にファンの心に突き刺さっている証拠で、一つの指標になるんです。」と教えていただきました。それからはもう、炎上マーケティングじゃないですけど、批判されることも存在価値と考えてやっています。
研究のきっかけ・原点
すごい紆余曲折で笑い話になるのでお話ししたいと思います(笑)。私、北大農学部出身です。中学、高校生のころ、ものすごい動物が好きで獣医さんになりたかったんですが、成績が及ばず農学部に配属になって。そこでいろいろ悩んだときに、ふと子供の頃から大好きだったジャッキー・チェンが出てきたのです。ジャッキーを通じて中国のイメージがずっと頭にあったのんで、だったら中国行こう!って(笑)。学生時代に中国に旅行に行ったらどっぷりはまっちゃいまして、なんで隣の国なのにこんなに文化とか人々の考え方とか違うんだろうってところにすごく興味を持って。ふと文化研究、あるいは社会研究みたいなものをしたいと思ったんです。そこで、学部の2年生ぐらいから博物館学芸員のコースをがんばろうと考えました。そのとき指導してくださった先生がアイヌの方で、刺繍等の伝統文化を継承する先生だったんですね。その方の影響もあって、フィールドワークとか、文化研究、異文化研究みたいなものをしようと思い筑波大学の大学院に進学して研究を始めました。
修士論文を書いた後、いったん社会に出ようと思って大阪の民間企業に勤めました。その時にも「世界中観てやろう」と思い、週末や有給休暇を使って世界中どこまで行けるか、仲間と競いました。そういうことやってたんで有給休暇は全部使い果たし、欠勤扱いになってしまって。もっとちゃんと勉強しなきゃなと思い東京大学の博士課程に入学し、中国の研究をしました。そこでは、雲南省にある世界遺産になった少数民族の集落に住み込んでフィールドワークに取り組みました。世界遺産になることで観光客が来て、どういう文化的な変化や社会的な影響が起こるのかという研究です。そのあたりから、観光研究と文化研究の両方でやっていこうという形ができあがってきました。
国境を超えるポップカルチャーの力
雲南省の山奥の調査をしていたときに、これまで日本人が訪れたことがない集落に調査に行ったんですよ。そこに小学校2年生ぐらいの女の子がいて、私の顔を見るなり逃げて出てこないんです。村の人たちにどうしたのかを聞くと「彼女は日本人が来ると聞いて、殺されると思っておびえているんだ。」と言われました。当時テレビで日中戦争を題材にしたドラマが放送されていたのですが、その中で毎回のように日本人が中国人を殺す場面が描かれるわけです。メディアの及ぼす影響の恐ろしさっていうのを痛感しました。どうしたらこの子と仲良くなれるんだろうなと思って、90年代から中国でも人気になっていた、セーラームーンやクレヨンしんちゃん、ドラえもんなどの日本のアニメの話をしたら、打ち解けて交流することができたのです。
私は観光というものを、「経済的な行為」ではなく「交流やコミュニケーション」と捉えた時に、我々は何を共有できるコンテンツとして旅をすればいいのか、考えていました。当時の自分は世界遺産が重要だと思って調査していたんですが、世界遺産の後ろにあるのはナショナリズムなので、国と国の政治的なパワーバランスがどうしても出てきてしまうんです。でも、ポップカルチャーはたやすく国境をこえて共有できます。これらが観光において持つ力を、この中国人の女の子との交流を通じて気づかせてもらいました。
日本の多様な地方文化を世界へ
大きく分けて二つあります。一つ目は、日本の地方が持つ良さを、何らかの形で世界に発信することです。日本は地方毎に文化がすごく残っていて、その多様性というのは、世界的に見ても非常に多様で、それこそ我々の財産であり、その良さをもっと知ってもらって、日本のファンが増えれば、もっといい交流が出来ると考えているのです。二つ目は、自分の研究をもっと国際的にしたいと考えています。世界の仲間といろいろ研究したいです。自己紹介するときに、「私は北大の●●です」と、名前の前に所属組織を言うのがが個人的にすごく嫌いで、もっと組織と国の枠を超えて、志を同じくする人たちが、一緒に本を書いたり、一緒にシンポジウムをやったりなど、そういうことをどんどんやっていきたいです。その一つのテーマが、ポップカルチャーとツーリズムかなと、漠然と今、方向が定まってきた感じです。
後編では、山村さんオススメの3つのコンテンツを紹介し、山村さんの根底に流れる思想・哲学や今ホットなトピックを掘り下げていきます。
この記事は、濱崎友美さん(総合理系1年)、齊藤晃大さん(法学部1年)、八尾 寅史さん(医学部1年)が、全学教育科目「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果物です。