触媒化学研究センターに福岡淳さん(教授/センター長)を訪ね、新たに開発した触媒について話をうかがいます。
果物や野菜の腐敗と触媒とが、どう関係するのでしょうか
エチレンは、ふつうの温度や圧力では気体状態の化学物質で、多くの果物や野菜などの成熟・腐敗に関わっていることが知られています。たとえば青いバナナをリンゴといっしょに置いておくと、バナナは急速に黄色くなります。リンゴが放出するエチレンが、バナナの成熟を促すからです。
「成熟」がさらに進むと「腐敗」します。ですから、腐敗を防ぐには植物が放出するエチレンを取り除く、あるいはエチレンをエチレンでないものに分解してしまえばよい、ということになります。
エチレンの分子は、炭素2つと水素4つが結びついたものですから、完全に酸化すれば、二酸化炭素と水だけになります。私たちが開発したのは、この反応を、たとえば冷蔵庫の中など低温のところでも、またエチレンが微量しかないときでも、効率的に進むようにする触媒です。
どのくらい完璧に除去できるのですか
内径4ミリメートルの細い管の中に触媒を入れ、そこにエチレンガスを流して、どれだけのエチレンが二酸化炭素と水に分解されるか調べました。ふつうの空気には20%の割合で酸素が含まれますので、触媒にエチレンを流すときにも同じ割合で含まれるようにします。
(福岡さん提供のデータをもとに作成)
条件をうまく設定すると、上のグラフのような結果が得られました。温度が0℃という低温下で、1時間以上にわたり、50ppmというごく微量のエチレンが、99.8%以上という高い割合で分解され続けました。
2時間ほど経つと分解される割合が50~60%に減ります。エチレンが分解されてできた水が触媒の表面にくっついて覆ってしまい、触媒の働きを邪魔するからです。温度を200℃に上げエチレンの替わりにヘリウムを流すと、水が取り去られ、触媒はふたたび最初と同じ性能を発揮するようになります。
ごく微量のエチレンを温度0℃という低温で99.8%以上も分解できるというのは、これまでにない高い性能です。エチレンの分解についてはこれまでにも、バクテリアの働きを借りるなどバイオテクノロジーを利用した方法や、光触媒を利用する方法など、いろいろ試みられてきましたが、これだけ高性能のものはありませんでした。それに、光触媒を使うとなれば、たとえば冷蔵庫の中で使うには、光源をあらたに用意しなければいけません。
果物や野菜、花などを冷蔵し、鮮度を保ったまま保管したり輸送したりすることは、今や私たちの暮らしに欠かせない技術です。今回私たちが開発した、0℃でも高い効率でエチレンを分解する触媒は、この技術をさらに大きく前進させる可能性を秘めています。
その触媒とは、どんなものなのですか
図のように、穴の空いた棒が規則的に配列した形の分子構造をもつシリカ(二酸化ケイ素)に、さらに穴の中に白金のナノメートル・サイズの粒子を入れたものです。1ナノメートルは、10億分の1メートル、あるいは1000分の1マイクロメートルで、穴の直径は数ナノメートルです。
(福岡さん提供の図(一部簡略化))
同じように穴のあいた構造をもち、穴の直径がもっと小さいものにゼオライトがあります。放射性セシウムを吸着するのに使われたりしています。穴の直径がもっと大きいものには活性炭があります。でも、穴の直径がその中間、2~50ナノメートルのものは、このシリカが登場するまで知られていませんでした。それで近ごろこのシリカが、新たな化学反応に利用できるのではないかと、大きな脚光を浴びています。
白金は触媒としての働きをもつ物質です。触媒は一般に、表面積を増やせば増やすほど触媒反応を起こす点が増え、触媒としての働きが良くなりますから、白金の粒子を小さくすることが肝要です。重量が同じなら、小さい粒子にばらすほど表面積が増えるからです。とはいえ、白金の微粒子をパラパラとただ置いただけでは、反応が進むにつれ融合しあって大きな粒子になってしまいます。ばらばらに散らばった状態に保っておくには、それを保持する物質、「担体」が必要です。穴の空いたシリカは、その担体の役割をしています。
と同時に、シリカ自体も触媒反応に関係しているようです。担体として、シリカの替わりに酸化アルミニウムや二酸化チタンなど他の物質を使うと、エチレンを分解する働きが変わります。また逆に、シリカを担体としたまま、中に入れる金属の微粒子を、金や銀、鉛、パラジウムなどに替えても、やはり働きが変わります。ですから、シリカは単なる担体なのでなく、シリカと白金の組み合わせで一つの触媒と考えるべきでしょう。
(今回の研究で用いた実験装置。右手を添えているケースの中に、触媒の入った管があります)
どうして、腐敗の原因物質を取り除く触媒を開発しようと思ったのですか
この研究の前には、燃料電池用の水素の中にごく微量に含まれる一酸化炭素をターゲットにし、水素は酸化しないで一酸化炭素だけを酸化し二酸化炭素にする、そのための触媒について研究していました。今回のと同じタイプの触媒でこれに成功したので、今度はエチレンを酸化することに取り組もうと考えました。一酸化炭素とエチレンの構造を考えると、自然な成り行きなのです。
エチレンを酸化してエチレンオキシドを合成する、という反応に取り組みました。触媒の研究者からするとこれは難しい反応で、いい工業的な触媒がないのです。ところがやってみると、エチレンオキシドができたところで反応が止まらず、水と二酸化炭素にまで分解が進んでしまいました。
そこで逆に、エチレンを水と二酸化炭素まで分解してしまう反応を、何かに利用できないだろうかと考えました。いろいろ文献を調べてみると、低温でしかも低濃度のエチレンでもうまく働く触媒なら、使い道があるとわかりました。そこで、担体と穴の中に入れる金属の組み合わせや、金属粒子の量などをいろいろ変え、最適なものを見つけだしていったのです。
(容器の中に入っているのは、各種の触媒です)
研究室には、外国からの方が多いですね
研究室のメンバーは、学生9人に、博士研究員4人です。博士研究員は全員 外国人で、中国、台湾、フィリピン、インドから来ています。
今回の研究で実験を主として担当してくれたのも中国からの留学生で、博士論文のテーマとして取り組んでもらいました。その Chuanxia Jiang(チュアンシア・ジャング)さんはいま、理学研究院で学術研究員となっています。
こんな状況ですから、うちの研究室では英語ができなければ駄目です。研究室の会議も英語でやりますし、研究報告するときのレジュメも英語で書いてもらいます。