多様な文献を扱う「文学」を専門とする後藤さん。そんな、「本のプロフェッショナル」に選んでいただいたのがこちらの3冊。後藤さんの少年時代からの豊富な読書経験の中で、読んでほしい本・心に残った本を紹介します。
【畑宗一郎・医学部1年/荒川泰璃・医学部1年/小原悠佑・工学部1年】
復元研究の集大成 ――『堤中納言物語の真相』後藤康文 著(武蔵野書院/2017)
この本は、後藤さんが長年にわたって取り組んできた、「堤中納言物語」についての研究の集大成と言える一冊です。この本の中では、失われた「元の作品」を復元する様子が、ありありと綴られています。後藤さんは本文を復元する際に、「片っ端から文献を調べて」客観的な証拠を積み上げていき、解釈を定めていきます。この作業は「理系でいうとデータをいっぱい集めてくること」だと言います。後藤さんの客観性にこだわる研究姿勢が伺えます。
また、この本は研究書であるにも関わらず、とてもわかりやすく書かれています。「良い論文っていうのは、学生が読んでもスッと入ってくる。説明するときに小難しく説明すると言うのは、その人自身が自分に説明できていないかもしれない。明解であると言うのはどの分野でも必要だと思いますね。」と後藤さんは言います。しかしこの本の魅力はこれにとどまりません。本の随所に見られる遊び心が読み手の心を掴みます。「人に読んでもらうわけですから、自分が楽しんでやらないと」と後藤さん。「文学研究は人の命に関わることはやっていないので、少々はふざけてやらせてもらっても許されるかと思うんですけどね。」
「孤独」の意味を問い直す一冊 ――『愛の試み』 福永武彦 著(新潮文庫/1975)
「孤独」とは何でしょうか。寂しいものでしょうか。この本の著者の福永武彦は、「孤独」を当たり前の人間の存立基盤と考えます。万人が抱える孤独を見つめなおし、その孤独を抱えた者同士の恋愛を考える――『愛の試み』はそんな本です。後藤さんは高校生のときに福永武彦の『草の花』を読んで福永ファンに。大学時代には多くの彼の小説を読み、大学院時代には全集まで買われたそうです。25年以上前にある年には、大学の講義で『愛の試み』を扱われたそうで、「恋愛論の講義は当時の学生にもインパクトがあった」と後藤さんは語ります。
この本の背後には、19世紀のフランスの小説家スタンダールの恋愛論が意識されています。恋愛したときに相手を美化し、また逆に冷めていく……スタンダールは恋愛したときのこのような感情を「結晶作用」、「融晶作用」という造語で表しました。これらの言葉は『愛の試み』にも登場します。SNSの普及により「人と人との出会い」の形が大きく変化した今、ある意味「古めかしい」、また「硬派な」スタンダールの恋愛論を読んで「恋愛」について考えてもらいたい。そういう後藤さんの思いからこの本が紹介されました。
漠然とした「いいなぁ」に広がる世界 ――『月下の一群』堀口大学 訳(岩波文庫その他)
月下の一群は、フランスの近現代訳詩集です。まずは、後藤さんが好きな詩を紹介します。ミラボー橋「ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ、我らの恋が流れる。私を思い出す悩みの後には楽しみが来る。日が暮れて鐘がなる。月日は流れ、私は残る。」
後藤さんはこの詩を中学生の時に口ずさんで読んでいて、「はぁ、いいなぁ」と漠然とその世界に引き込まれていったそうです。また、月下の一群には文語調の作品も収録されていて、それを読んだ時の音の響き、日本語の響きに魅了されていたそうです。平安文学の音の響きと詩の音の響き、それらの共通点から「平安文学って、やっぱいいなぁ」と思うそうです。後藤さんは13歳の時に様々な翻訳文学に魅了され、このことが研究のルーツになっているとも話してくれました。フランス文学やその意味が分からなくても、言葉の響きに魅了されることは誰にでもできます。言葉の響きや漠然とした良さ、そこからやってくる思いに魅了されたい方はぜひともこの作品を読んでみてください。
最後に後藤さんに読者の皆さんへのメッセージをいただきました。
「とにかく自分の好きな分野でよいので本を読んでください。できれば紙の本で読んでください。その本を自由に、自分の感性で読んでほしい。少しでも自分の幅を広げられたら良いのではないでしょうか。」
専門に偏るのではなく、あらゆる学問をする経験が大切であるという思いの込められた言葉であったと思います。