東日本大震災から、6年半が過ぎ、被災地の復興も進みつつあります。そこで、今年9月に上梓された『原発事故と福島の農業』(根本圭介編、東京大学出版会)の第2章「果樹ーー中通り県北地域の果樹への影響と販売対策」の執筆を担当した、小松知未さん(農学研究院 講師)に、農業経済学が福島の農業復興支援に果たした役割をお聞きしました。
(著書を手にする小松知未さん)
ーー農業経済学を学ぼうと思ったきっかけを教えてください
私は岩手県大船渡市の出身です。そこは漁業が産業の中心です。しかし、漁業では、地元に残って暮らすことが難しいのが現状です。そこで科学技術で第一次産業に貢献したいと思い、北大の農学部に進学しました。しかし、入学すると、自分には試験管を振って実験することが向いていないと感じました。先輩にも「君は農業経済にいった方がいい」と勧められ、農業経済学の研究室を選びました。
3年生の時にゼミに入り、2000年代はじめごろに、岩見沢市北村の大規模水田地帯にある農家の経営状況について聞き取り調査を行いました。調査により、大規模水田経営の中には5,000万円を超える負債を抱える農家がたくさんいることが分かりショックを受けました。負債問題には個人的な理由だけでなく、地域的・構造的な理由があったのですが、学部3年生の私はその原因を突き止めることはできませんでした。
「なぜ農家が1億円もの負債を抱えることになったのか」「どうしたら財務改善できるのか」そこまで考えるためにはもっと専門性を身につける必要を感じました。同時に、農家の人から営農実態や収支を聞き取り、持ち帰って分析するような研究手法にも興味を持ち、大学院に進学しました。
ーー学位論文も岩見沢の研究ですね
修士・博士課程でも、水田地帯をフィールドにして研究を続けました。継続的に聞き取り調査を行い、集めたデータに基づいた経営研究を行いました。その間に、農業現場では水田利用の高度化や機械利用の効率化の取り組みが進み、学位論文では、組織法人化による経営改善の過程を分析することができました。これは私一人の成果ではなく、研究室が岩見沢市北村で継続的に行ってきた研究とデータの蓄積があったからです。2010年12月に学位をとることができました。
ーー福島大学うつくしまふくしま未来支援センターで働くことを決めたときに考えたことを教えてください
震災後の2011年8月に、福島大学にうつくしまふくしま未来支援センター(未来支援センター)を立ち上げるのでスタッフを募集する話がありました。その時に「この仕事は自分の持っている農家支援の専門性が活かせる」と思いました。しかし当時の福島市は線量が高く、放射能のリスクについて、だれも「大丈夫」とはいえません。そこで福島に行くことを前提に、放射能リスクを調べてみました。でも、結局何もわからない状況です。そこで「現場に行けば情報もたくさん入るだろう、福島で働きながらリスクについて考え、働き方も自分で考えよう」と決めたのです。福島にいくときには、大丈夫だとも、駄目だとも思っていませんでした。リスクが受け入れられるかどうかは、現地で情報を集めて自分自身で判断するつもりでした。
ーー未来支援センターではどのような仕事をしていたのですか
「ここに住んでいいのか、農業をしていいのか、それを決めるための納得できるデータが欲しい」これが、福島に住んでいる人が共通してもっているニーズでした。将来を決めるのは住民です、そこで住民と研究者が一体となって、根拠がある情報を集めることから始めました。放射線計測の専門家と連携し、住民参加による測定を行いました。こうしてできたのが、この地図です。継続的に記録を取ることで、5年間で線量が随分減っていることがわかります。
また、農作物の安全性が確認された後は、土壌・農産物の放射線測定だけではなく、消費者に正確で分かりやすい情報を伝えることで、福島産の農作物のブランド力を回復させたいという新たな目標が生まれてきました。求められる知識も、放射能の基礎知識から、作物栽培、農業経営、農村社会と変わっていきました。福島の農業支援の現場では、私の専門である農業経済学の専門家が、住民・行政・科学者など多様な主体と連携するコーディネーターとしての活動を期待される場面がたくさんありました。
科学技術コミュニケーション活動と農業経済学
地元の人に寄り添い、ニーズを汲み取り支援を行うこと。様々な利害関係者とコミュニケーションをとり、人と人をつなげること。福島の農業支援の仕事は、ある意味で、科学技術コミュニケーションの活動に近かったと思います。
自然科学では、研究テーマが細分化されているため、地域の支援ニーズと先端研究にはギャップがある場合が多いです。一方、農業経済学は、地域の経済・社会を総合的に分析する分野なので、様々な支援ニーズに合わせて地域復興のために集めたデータを分析した内容が、研究成果として学術的にも評価されます。支援と研究が両立する分野だと思います。
(最新刊『原発事故と福島の農業』(根本圭介編、東京大学出版会)を手に)