北大の学部向け講義「中国奇譚漫遊」は、毎年学生が押し寄せるほどの人気です。かつては「怪物論」と名付けられていたこの講義では中国のふしぎな話、へんな話をいくつも取り上げていきます。それらの奇譚を通して、西遊記の猪八戒など、いわゆる「怪物」が紹介されますが、なぜか最終的には女優の宮﨑あおいさんまで怪物として取り上げられることも…。今回は、そんな不思議な講義を開く武田雅哉さん(文学研究科 教授)のお宅におじゃましました。そのお宅は多種多様な本に満たされ、まさに混沌としていました。
【鈴木夢乃・CoSTEP本科生/理学部3年、 中谷操希・CoSTEP本科生/生命科学院修士1年】
武田さんのお宅はミクロコスモス
武田さんのお宅は、3部屋もが書庫になっており、居間や玄関にも本棚が並んでいます。中国文化関連の書籍はもちろん、物理学者寺田寅彦の全集、落語・科学・特撮などのDVD、各国のお土産のぬいぐるみやお酒の瓶などが、とにかく所狭しと壁にも床にも並んでいます。この小宇宙のような部屋から「中国奇譚漫遊」は醸し出され、蒸留されたのです。
物語の巣窟「連環画」の部屋
三つある書庫のうちのひとつは、年季の入った同じサイズの小さい本が四方の壁一面に並び、他の書庫とは明らかに違う空間になっていました。まるで古文書の図書館のようです。ここに並んでいる本は「連環画」。数ある武田さんの研究対象のうちのひとつです。
連環画は、20世紀初頭に中国で誕生したマンガ本のようなものです。文庫をひと回り小さくしたサイズで、1ページに一枚の絵が入り、その下部に数行の文章が記されています。内容の多くは物語で、小説や演劇で親しまれてきた国内外の物語を再編集したものが一般的です。もともとは中国の貸本屋で流通し、ポケットに入れて持ち歩き、道端で読むような手軽な本として市民に親しまれていました。
武田さんは、ある連環画の1ページを紹介してくれました。衛生観念を啓蒙するため、健康を損なった人の様子が描かれています。
「見ると確かにもう体がかゆくなってくるような絵で、こういうのは芸術学の世界では絶対扱いませんよね。こういう表現を、正統な中国の美術史と同じ土俵まで引っ張り上げて、美術史の研究者を怒らせようかと思って。日本だと山水画とかが中国の美術って思われてるでしょ。なんか真面目にちゃんと見なきゃいけないみたいな」
他にも様々な連環画が部屋に収められていました。どんな題材でもどこかユーモラスに描くところに、武田さんは本当の中国人らしさを感じているようでした。
気になるものは「すみっこ」にいる
武田さんの研究対象は、実に多様です。中国の奇譚や連環画はもちろん、乳房が歴史的にどう描かれて来たか、中国人が空を飛ぶことにどんな思いを馳せていたのか…なんてことまで追求しています。興味の幅が広く、取り留めなく思えますが、すべてに共通点がありました。それを表すのが”怪物”というキーワードだったのです。
「要するに、すみっこにあるのをちゃんと学問的にも使いましょうってことで。まあ、そのすみっこにいるものを”怪物”と言ってるだけです。クラスのすみっこにいて目立たなくて、あいつ変だなって思うけど、話しかけてみるとちょっと面白かったりする奴、いますよね」
「夜の世界とか、影とか、”得体のしれない世界”にいる奴らと親しくなるかどうか…人によって好き嫌いはあるので自由なんですけど、学部1年生のときにそういう世界に慣れることを心しておいた方がいいんじゃないかと思うんですよね」
武田さんの研究には、王道ではない「すみっこ」を題材にする、という共通点がありました。お宅に溢れている蒐集品は、学問的には注目されない、「すみっこ」のモノたちなのです。
ただ、若干の疑問も残ります。「怪物的女優」として紹介している宮﨑あおいさんについては、先生の単なる御趣味なのではないかと…
〔後編は年明けに掲載いたします〕
今回紹介した連環画の研究成果は、以下の書籍にまとめられています。
- 武田雅哉『中国のマンガ<連環画>の世界』平凡社(2017)