2016年に北海道芦別市で見つかった恐竜化石がティラノサウルス類のものであることが、調査により明らかになりました。その結果を受けて、研究グループの北大の小林快次さん(総合博物館 准教授)、同研究室の鈴木花さん(理学院修士1年)、三笠市博物館の加納学館長、そして発見者の小川英敏さんによる記者会見が、6月20日、三笠市立博物館で行われました。速報に続いて、会見の当日に語られた内容をご紹介します。
(多くのメディアが取材に集まり、注目度の高さが伺えました)
断定は論文受理後に
小林さん:まず前提としまして、本日の発表は、6月22日から開催される東北大学での日本古生物学会での発表内容となります。その後、論文として発表し、受理された段階で、この化石はティラノサウルス類の椎体である、と正式に断定できることになります。ではまず、発見者の小川さんから、発見の経緯をお話しいただきます。
発見の経緯~サメの化石を探しに芦別へ
小川さん:もともと奈良で小学校の先生をしていました。退職後、自然に触れたりしたくて、化石の収集をはじめました。2017年の5月、9人の仲間たちとサメの化石を探しに芦別市に来ました。林道に落ちている石をコツコツ割って探していたところ、ぽろっと一見して面白いものだとわかる化石が出たので、仲間に知らせました。その時は頭の中では海棲爬虫類しかなかったのですが、まわりは「すごい!すごい!」と叫んでいました。
自宅に戻って見つけた化石をクリーニングしました。採集した時点でクラック、割れ目が入っていたので、ぱかっと割れたのですが、その割れ目を見ると空洞があり、やはりただものではないなと思いました。その後、小林先生に見ていただいて、糸巻状の形や空洞があることから、恐竜、それも獣脚類で間違いないだろうと言っていただきました。そこから獣脚類の中でもどの種類に近いのかという詳細について、鈴木さんに調べてもらいました。
(発見者の小川さん。彼のような情熱と善意のあるアマチュアの方々の存在は、化石の研究に非常に重要)
たった一つの骨から詳細な分析でティラノサウルス類と同定
鈴木さん:本標本を、私たちは「芦別標本」と呼んでいます。1年間をかけて芦別標本の調査を行い、先行研究や世界中にある化石との比較を通じて、今回の結論に至りました。体のどの部位の骨なのかは、文献から得られる情報に加え、標本調査により補った情報と、芦別標本とを比較することにより行いました。また、どの分類群の骨なのかを調べる同定では、外部の形態比較に加えて、CTによる内部構造分析を行いました。
まず外部形態比較では、芦別標本のサイズの計測と、高さに対する長さや幅の比率に注目しました。形態の特徴としては、前後関節面の外形やくぼみの深さ、左右側面から見た外形、背側から見た椎体幅の変化、そして腹側から見た時の外形や関節面に注目しました。CTスキャンの撮影は、苫小牧市テクノセンターで行い、得られたデータを3D画像化し、分析を行いました。
これらの分析により、芦別標本は尾椎骨の中でも前方と後方のちょうど中間あたりの尾椎骨の椎体であると考えられました。また、尾椎骨一つからの同定には限界があるものの、ティラノサウルス上科の尾椎骨と類似していると結論付けました。
(しっかりとした口調で、丁寧に説明を進める鈴木さん)
芦別標本の意義
鈴木さん:これまで日本国内の白亜紀後期の地層から産出したティラノサウルス上科とされる化石は、九州から東北まで計4か所報告されていますが、北海道からの報告ははじめてとなります。またコニアシアンと呼ばれる時代の、海でできた地層、つまり海成層からの報告は、福島県に続いて2件目となります。この時代の海岸線にはティラノサウルス上科が南北に広がり生息していた可能性があります。
世界において、ティラノサウルス上科の化石は、ジュラ紀から白亜紀末まで知られています。しかし白亜紀の中頃の地層からの産出はごく少数でした。その中で、今回コニアシアンという、まさにその時代の地層からティラノサウルス上科の化石が産出したことから、芦別標本が重要な標本であるといえます。
またこの白亜紀の中頃に、ティラノサウルスが巨大化したと先行研究で考えられています。実際に白亜紀前期までのティラノサウルス類の尾椎の大きさと白亜紀末期の巨大化したティラノサウルス類の尾椎骨の大きさを比較すると、芦別標本はそれらの間のサイズであるということが言えます。このことから芦別標本の大きさは、白亜紀の中頃に生じたティラノサウルス上科の大型化仮説と整合的だということができます。
まとめると芦別標本の産出の意義は、①国内最北端からの産出記録。南北の海岸線に分布。②世界的にみても記録の少ない白亜紀中ごろでの産出。③体サイズ変化の仮説と整合性があるの三つとなります。
(芦別標本。ほとんど磨いていなくても、美しい光沢とツルツルした手触りの側面)
恐竜の頂点に上り詰めた、その歩みの記憶
小林さん:プレスリリースで、白亜紀後期と白亜紀中頃という二つの表現があり、混乱されているかもしれません。公式には白亜紀は前期と後期の二つにしかわかれていません。中頃というのは慣用的な言い方で、正式に決まっているわけではありません。この白亜紀中頃の期間は、世界的にみてもティラノサウルスの化石の産出は非常に少ないのです。白亜紀後期の後半になると、みなさんご存知のTレックスが世界中から出ています。またその前も、小型のものがヨーロッパで出ています。この間の部分が世界的に少なく、謎の多い時期だったので、今回の芦別標本はとても貴重なのです。Tレックスは最強の恐竜といわれるほどの存在となりましたが、はじめは馬くらいのサイズでした。どのようなプロセスでティラノサウルス類が頂点に上り詰めていったのか、その謎のヒントの一つとなりうるということです。
冗談が現実に。夢を実現させた小川さん
小川さん:アマチュアの化石愛好家には大きく二つ夢がありまして、一つ目は大物化石の発見。もう一つは学名に自分の名前が使われることなんです。ですので、一つは果たせたなという思いでいます。96年に三重県の鳥羽市で発見された鳥羽竜とよばれている恐竜の化石を発見したのが、私の高校の同級生なんです。実は発見の二週間前にその友達と、鳥羽竜が産出された場所へ行っていました。そのあと鳥羽竜が発見された時に発見者となった友人に、「じゃ、オレは肉食竜を発見するわ!」と冗談で言っていたのですが、その通りになったことに、大変びっくりしております。
6月23日から三笠市立博物館で公開。芦別標本を地球の歴史を知るきっかけに
加納さん:今回、小川さんのご厚意から、この芦別標本を当館にご提供いただきました。今月23日から、一般公開をする予定です。今後の三笠市の地域としての取り組みにつきましては、これからの話ではありますが、ジオパークと連動した企画なども考えていきたいと思っています。
もともと当館で化石を展示しているのは、これらを通じて来館者、とくに子どもたちに、「環境」さらには「地球」を知ってもらいたいという思いが一番にあります。化石を知ることは、太古の時代から現在までの、環境の変化を知ることにつながり、地球そのものを知ることにつながります。本館では入って最初のところに、国内最大級のアンモナイトの展示がありますが、これも最初に興味を持っていただくきっかけだと思っています。このティラノサウルスの化石も、その一つになるのではと考えています。
(市民や子どもたちに、ぜひ化石を通じて多くのことを学んでもらいたいと話す加納さん)
鈴木さんのこれからの目標
鈴木さん:現段階では、獣脚類とまでは言えたのですが、ティラノサウルス上科のどこにあたるのかまでは、言えませんでした。尾椎骨以外にも化石が見つかって情報が追加されれば、継続的に研究したいと思います。また、福島県で発見された、今回と同時代の地層からの化石については、まだ詳しい同定がされていませんので、そちらも研究したいなと思っています。
(今回の研究の担当という大役を果たした鈴木さん。高校生の時から化石の研究がしたくて北海道大学へ入学したとのこと)
今後も道内の恐竜研究のポテンシャルに期待!
小林さん:むかわ町穂別でむかわ竜が発見されたのも海の地層です。それまで恐竜が発見される地層は陸の地層でした。例えば北陸、富山、岐阜、熊本です。今まであまり注目されていなかった海の地層から近年次々と見つかっている。世界的にみると海の地層から一番産出されているのはハドロサウルス類、次に多いのはアンキロサウルス類、その次に獣脚類でした。いつ発見されてもおかしくない状況で、そういう意味ではやっと見つかったなと。
また北海道には白亜紀後期の海成層がたくさんあり、かなり広く広がっていますので、まだまだポテンシャルはあり、今後も発見が続いてもおかしくありません。そういう意味で北海道は、恐竜研究においては日本の中でも非常に重要な場所であると思います。
近年の発見はいづれもアマチュアの方が発見しています。私たち研究者が直接産地に行って発掘、研究するというのは限界があります。こうやってアマチュアの方の協力によって歴史的な発見に至りました。今後も協力し合いながら、次の発見、そしてできれば共同研究にもつながっていけばいいなと考えています。
(左から小林さん、鈴木さん、小川さん、加納さん。素晴らしい研究成果も、4人の信頼関係があってこそ)