国際法を研究する児矢野マリさん(大学院法学研究科 教授)に、立命館慶祥高校の2年生 4人が、疑問をぶつけます。
国際法って、なんですか
国際条約と、国際的な慣習法、それらが国際法の実体です。国連のもとになっている国連憲章という条約や、国連海洋法条約、あるいは日米安全保障条約などが、国際条約の例です。そして、内政不干渉の原則や公海自由の原則など、大多数の国が守るべきと考えて同一の実行を反復することにより確立され、すべての国に適用される法規則、それが慣習法です。慣習法の内容を条約として明文化することもあります。
国際法って、どんなふうに作られていくのですか
国連海洋法条約を例にお話ししましょう。
かつては海を、沿岸に沿った「領海」と、その外に広がる「公海」とに分けられてきました。これは慣習法です。そして領海は沿岸国の主権が及ぶ範囲であり、ほかの国の船はそこに立ち入ることはできるものの、自由に魚を獲ったりはできない。公海のほうは、どこの国の主権も及ばず、公海自由の原則があてはまるとされていました。
通常、沿岸部の海底は大陸棚と呼ばれる、なだらかな坂状になっており、このような大陸棚のうち公海の下の部分には公海自由の原則が適用されます。また深海底は公海の下の部分なので、公海自由の原則が及びます。
やがて、科学技術が進歩するにつれ、大陸棚に石油や天然ガスなど資源がたくさんあることがわかってきました。時代が後になると、深海底の部分に希少金属がいっぱいあることもわかってきました。また大陸棚の上部の海は、魚がたくさん獲れるところです。漁業技術が進歩したために、他国の漁船がはるばるやってきて、そこで大量に魚を獲り始めました。
そして、国際社会の状況も変わりました。第二次大戦後に多くの植民地が独立し、国際社会に仲間入りしてきたのです。それら途上国は、経済力や技術力で劣るために、思うように魚を獲ったり採掘したりできないので、先進国の「早い者勝ち」を何とか防ごうとします。また途上国ではなくても、海に面した国であれば、やはり主権や漁業権の及ぶ範囲を広げようとします。こうして、いろいろな国が、沿岸海域や大陸棚、または深海底に公海自由の原則が適用されることを排除しようとして、公海と領海の二元論に立つ伝統的な国際法を変革しようとします。
以上のせめぎ合いの中で、「排他的経済水域」や、深海底の資源は「人類の共同の財産」といった考えを盛り込んだ「国連海洋法条約」が、1982年にまとまりました。でも先進国は、深海底を自由に開発できないことに不満でした。条約に加わらないという声も出始めます。加わらなければ、縛られないからです。で結局は、さらに交渉を続け、1994年、先進国の意向がかなり通った制度に、深海底に関する規定は作り替えられました。
強い国が有利になるのでは
このように、押したり引いたり、妥協したり譲歩したりしながら、条約にまとめていきます。面白いことに、どこかの国が一方的に有利になることは、普通、ありません。それをやり出すと、条約自体ができないからです。条約ができないことは、どの国も望んでいません。「どの国も完璧に満足できない条約」が一番いいのです。
そしていったんできた国際法は、けっこうよく守られます。国内法と違って、法を守らせる権力機構がないにもかかわらずです。だって、国際法に違反しても、逮捕されたり罰金を科せられたりするわけじゃないですから。国連の制裁決議はちょっと別ですけど。
ここが、ある意味、とっても謎なんですね。権力機構がないのにこれだけ守られているのが。国家にはプライドがあるし、条約に入ることにメリットがあるから入っている、守りたくないんだったら条約に入らなければいい、などいろんな要因があるのでしょうね。
国際法は「対話のためのツール」ともおっしゃっていますね
ヨーロッパでは、原子力発電所が河川のそばに建設されることが多いです。海に面していない国では、河川の水で原子炉を冷却するからです。しかもそうした河川が、国境になっている場合も少なくない。
ある国が、そうした河の岸辺に原子力発電所を作りたいと思ったとしましょう。国際法上は領域主権にもとづいて、自由に作ることができます。でもいったん事故が起きれば、対岸の国にも影響が及ぶので、普通は両国で協議をして、妥協も織り交ぜつつ合意を作りあげることが得策と考えるでしょう。隣の国の意見をまったく聞かないで突っ走ると、両国間の関係がまずくなるからです。ヨーロッパでは、こうした認識を共有する国は多く、原子力発電所を作りたい国は、その設置を許可する前に隣の国に情報を提供し、協議を行なわなければならないとする条約が存在しています。このような対話の結果、いつも両国間で合意ができるわけではないし、また、合意ができなければ、発電所を作りたい国は自国の判断で発電所を作ることができるのですが、事前に協議が行なわれなくてはならないとされていることの意味は大きいのです。
ところが北東アジアは、そういう状況にないのです。たとえば、日本も韓国も中国も原発をたくさん持っていたり、作っていたりします。いったん事故が起きれば国境を越えて被害が及ぶことがあるので、事前協議とまでは行かなくても、定期的な情報交換と情報共有、その内容の公開、緊急時の協議について具体的に定める隣国間の条約が必要だと思います。原子力事故の早期通報に関する多数国間の条約はあるのですが、より具体的な内容をもつ地域に即した条約は有益でしょう。原発は、日本国内だけの問題ではないのですから。
相手国に何かを止めさせることは難しいでしょう。でも話し合いの道を作っておくと、そこから何かが生まれる可能性が高い。なので、話し合いのチャンネルを作るために条約を結んでおくのがよい、と私は思うのです。
仕事における信念や、やりがいは
信念は、妥協しないこと、そして好奇心を持つことですかね。わからないことは納得できるまで突き詰めます。その結果、今まで不思議だった謎が解けて、ガッテンガッテンガッテンとなると、とってもうれしい。また、国際法を研究するなかから、「今の日本のここは変える必要がある」という提言をし、それが社会に受け入れられたときには、世の中のお役に立てたなと、充実感を覚えます。
学生への教育ということで言えば、日本を知るには日本を見てるだけではだめで、国際社会はこうなっていて、こういうプロセスでこうなっている……という話をしたときに、「なるほど」という顔をしてくれると、とてもうれしい。私の話をヒントに、自分で新しいことを見つけてくれたわけですから。
「理系」で学ぶ私たちへのメッセージをいただけますか
価値観は相対的なものであるし、科学技術だけでは社会問題の解決はできない、ということを理解しほしいですね。
科学技術の成果を社会の中でどう使うか、どう生かすかは、科学技術から自動的に答えが出てくるものではないでしょう。いろんな価値観が対立する中で、科学技術をどう使うか政策を決め、進めていかなければなりません。その際、科学技術者の抱いている価値観が唯一絶対的なものではなく、科学技術は万能ではない、ということが大事なのです。
この記事は、立命館慶祥高校のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)事業にCoSTEPが協力して実施した授業「現代科学II」の成果の一部です。
【取材:伊藤千晴、末國真子、日野浦敢太、奥山遼太(立命館慶祥高校2年生)+CoSTEP】