同じ種の鳥なのに、どうしてさえずりが違う? この謎を、物質レベル、遺伝子レベルで解明した和多和宏さん(理学研究院 准教授)に話をうかがいます。
どうして鳥の「さえずり」を研究したのですか
小鳥の“チュチュ”や、カラスの“カアカア”、ニワトリの“コケコッコー”などは「地鳴き」といって、生まれつきのものです。親鳥や仲間の鳥の鳴き声を聞いたりして学習しなくても、その種ならではの鳴き方で鳴きます。
それに対し、ウグイスやオウム、ジュウシマツなどの「さえずり」は、生まれたあとの学習の効果も含んだ鳴き方です。ですから「さえずり」は、動物の行動が学習によってどう変わるか、それが後の世代にどう受け継がれていくか、などを研究するのに具合がよいのです。
なかでもジュウシマツには、特別な利点があります。ジュウシマツは、江戸時代に大名がコシジロキンパラ(腰白金腹)という野生の鳥を東南アジアから輸入し、子育てのうまい個体を選んで飼い育ててきた(家禽化された)ものです。ですから、ジュウシマツとコシジロキンパラは同じ種で、脳の仕組みも、持っている遺伝情報も同じはずです。なのに鳴き方がまったく違う。ということは、ジュウシマツとコジシロキンパラを比べることで、行動パターン — 今の場合は「さえずり」 — が違う背景にどのようなメカニズムがあるのか探ることができる、というわけです。
(ジュウシマツ(左)とコシジロキンパラ。和多研究室 撮影・提供)
さえずりが、どのように違うのですか
聞き比べてみてください。野生型であるコシジロキンパラのさえずりは、とても単純です。それに対し家禽化されたジュウシマツのさえずりは、すごく複雑です。
(さえずりをパソコンで解析します)
録音して、音の波形を解析してみると、特徴がはっきりします。音の要素(音素)の違いを色の違いで表わしてみると、ジュウシマツのさえずりでは、音素が数種類あり、それらがいろいろな順で出現しています。さらに音素と音素の間隔が一定ではなく、長かったり短かったりと、ばらばらです。
(声紋のようすから、いくつかの異なる音素が含まれていることがわかります。図の下のほうにある色つきの線は、音素の違いを色の違いで、音素の長さを線の長さで表わしています。黒は、音素と音素の間(ま)です。和多さん提供のデータから作成)
「さえずり」も一つの行動であり、行動は脳によって制御されていますから、コシジロキンパラとジュウシマツそれぞれの脳で起きていることに、何か違いがあるはずです。
その違いを発見したのですね
鳥のさえずりには、大脳の基底核と呼ばれる部分を含む、複雑な神経回路が係わっていることが知られていました。私は今回、基底核の一部であるエリアX(エリア エックス)と呼ばれる領域に、謎を解く鍵を見つけました。ジュウシマツでは、ある種のタンパク質を作り出す遺伝子が、そのエリアXで強く働き(発現し)、実際にそのタンパク質がたくさん作り出されていたのです。コシジロキンパラでは、そのようなことはありませんでした。
また、ジュウシマツは一般にコシジロキンパラより複雑にさえずるのですが、その複雑さに個体差があります。そこで、音素と音素の間隔のばらつき度合いと、先の遺伝子の働きの強さとの対応関係を調べてみました。すると図のように、先の遺伝子の働きが強い個体ほど、間隔のばらつき度合いが大きいという結果が得られました。
(音素と音素の間隔のばらつき度合い(縦軸)と、遺伝子の発現(働き)の強さ(横軸)との関係。和多さん提供のデータから作成)
こうして、ジュウシマツとコシジロキンパラのさえずりの違いに、脳内での遺伝子の使われ方の違いが関係していることが、はじめてわかったのです。
「ある種のタンパク質」って、なんですか
男性ホルモン(アンドロゲン)と結合することで、男性ホルモンがちゃんと働くようにするタンパク質で、アンドロゲン受容体と呼ばれます。精巣などそれが必要とされる箇所の細胞で、成長過程の適切な時期に、適切な量、アンドロゲン受容体が作り出されることで、男性ホルモンがしかるべき作用を発揮します。逆にアンドロゲン受容体に問題があると、オスになりきらないなど、いろいろな障害が現われます。
さえずる鳥の多くは、特に温帯地域に棲むものは、オスしかさえずりません。カナリアは、繁殖期には鳴きますが、冬などそうでない時期には鳴きません。こうした事実から、さえずりには、男性ホルモンなど生殖系に係わるホルモンが関係していると考えられてきました。今回の発見は、こうした考えとつじつまが合います。
また、アンドロゲン受容体がジュウシマツのエリアXで強く働いていることにも、理由がありそうです。というのも、ほ乳類での研究から、エリアXがある大脳基底核は「行動の順番」を制御したり学習したりすることに関係している、と考えられているからです。たとえば日本人が英語をしゃべると、基底核が盛んに活動します。どういう順で単語を繰り出せばよいかを意識するからでしょう。他方ジュウシマツは、複数の音素を順序を変えながら繰り出すことで複雑なさえずりを作りだしています。そのためにエリアXの機能がジュウシマツとコジシロキンパラでは違うと考えられます。
(他の鳥のさえずりから影響を受けないようにして飼育するために、クーラーボックスを改造して利用しています。)
同じ種なのにさえずりが違う、根本の原因は?
ジュウシマツでは、アンドロゲン受容体を作り出す遺伝子がエリアXで強く働き、コシジロキンパラでは働いていない、その理由は何か、という疑問ですね。
ジュウシマツもコシジロキンパラも、私たちが調べた限り、エリアXの細胞は同じ遺伝情報(ゲノムDNA情報)をもっていました。でも、コシジロキンパラのDNAでは、アンドロゲン受容体を作り出す情報が記された領域で「メチル化」という現象が起きていて、そこの情報を読み出せない状態になっていました。このためコシジロキンパラでは、エリアXでアンドロゲン受容体が発現されにくいのです。
そのメチル化を解除したら、アンドロゲン受容体の発現の仕方が変わり、さえずりも変わった ―― ここまで実証できれば完璧です。でも今回は、そこまではできていません。ゲノムDNAの特定の部分のメチル化をピンポイントで解除するのが現在の技術では難しいからです。
とはいえ、今回の発見は最近注目されている「エピジェネティクス」との関係で大きな意味を持っていると思います。エピジェネティクスとは、「DNAの塩基配列そのものは変化させることなく遺伝子の発現を変える」という現象です。ジュウシマツとコシジロキンパラは、同じ遺伝情報を持ちながら、メチル化でその発現の仕方を変え、その結果として行動(さえずり)の違いを生み出しているので、行動の進化や可塑性とエピジェネティクスを結びつけるよい例となるでしょう。
(凍結保存されているジュウシマツの脳(左)と、ジュウシマツの卵(右))
このような研究を始めたきっかけは?
じつは医学部の出身で、医師免許も持っています。医者になったのは、「自分とほかの人、ともに人間なのに、どうして顔かたちや性格が違うのか。人間としてどこまでが同じなのか」という疑問を抱いていたからです。
大学の3年生か4年生の時、ある遺伝子を働かないようにすると学習できなくなるという脳科学の研究を知り、「これだ、僕の知りたいのは」と思いました。生命を物質レベルで理解することにチャレンジする学問があるんだと知ったのです。それで、臨床の道には進まず、東京医科歯科大学の萩原正敏先生(現 京都大学教授)と獨協医科大学(当時)の坂口博信先生のもとで、さえずる小鳥を使って、学習と遺伝子との関係について研究を始めました。
でも、茨の道でした。「そんなことやってて大丈夫か」と仲間から心配もされました。さえずる小鳥、ソングバードは、動物行動学ではよく使われる動物でしたが、遺伝子レベルの研究では使われていなかったのです。今でもまだメジャーな動物ではありません。でも私は、小鳥のさえずりは生まれと育ちが複雑に影響しあっているので、両者の関係を調べるのにはいい動物だと思っています。
こうした研究の成果は、教育にも活かすことができると思っています。たとえば英語を学ぶにも、どの時期に、どのように学ぶのがよいか、きちんと根拠を持って議論できるようになるはずです。小鳥のさえずりを研究することから、動物として、ヒトとしての生き方のヒントを得られると考えています。
【取材:CoSTEP + 中島悠貴(CoSTEP本科)】