星間化学物理を専門とする渡部直樹さん(低温科学研究所 教授)に、立命館慶祥高校の2年生 4人がお話を聞きます。
宇宙での「分子の進化」って、どういうことですか
宇宙では、新しい星がつぎつぎ誕生しています。宇宙空間にあるガスが次第に集まって、星になっていくのです。その宇宙空間のガスは、当初はすべて「原子」の状態にあります。そこから次第に複雑な「分子」が作り出されていく過程、それが宇宙で起きている「分子の進化」です。
原子から複雑な分子を作り出す反応が起きているのは、宇宙の分子雲とよばれる場所です。そこの温度は、絶対温度で10ケルビン(摂氏マイナス263度)ほどと、とっても低い。これだけの低温(極低温)では、ふつうの化学反応が起きません。
鍵は氷の微粒子にあります。分子雲の中には、大きさが1万分の1ミリメートルほどの氷微粒子がたくさん浮かんでいます。水素や二酸化炭素などの「分子」、数々の有機物の「分子」は、この氷微粒子の表面でできたと考えられています。
そこで私たちは、実験室に、分子雲の中と同じような環境を作り出して、そのプロセス(分子の進化)がどのように起きるのかを調べています。
どのように実験するのですか
分子雲があるところに近い、とっても真空度の高い(超高真空の)空間を、実験装置の内部に作り出します。そして温度を、ヘリウムを冷媒にした冷凍機で、10ケルビン程度まで下げます。
そこに金属板を置いて水蒸気を流すと、金属板の表面に氷の薄膜ができます。その氷では水の分子が、地球上で普通に作った氷とは違う、でも分子雲の中にある氷微粒子とは同じ、不規則な配列(アモルファス構造)をしています。この氷の薄膜を、分子雲の中にある氷微粒子に見立て、そこにたとえば、低温にした微量の水素原子をぶつけて、どのように振る舞うか調べます。
すると、一部の水素原子は氷表面に捉えられてしまいますが、多くの水素原子は氷表面を動き回って他の水素原子と結びついて水素分子となることがわかりました。
水素原子から水素分子ができる割合(生成効率)を調べてみると、現実の暗黒星雲の中に存在する水素分子の量を説明するのに十分であることもわかりました。
これまでに、水素よりもっと複雑な分子、たとえば二酸化炭素や、ホルムアルデヒド、メタノール、メチルアミンなどについても、極低温の氷表面でどのように作られていくのか明らかにしてきました。10ケルビンという極低温、言い換えればエネルギーがほとんどない状態でこうした反応が起きるのは、量子力学でいう「トンネル効果」があるからです。ゆくゆくは、宇宙における「分子の進化」の全容を解明したいと思っています。
宇宙のような真空を、どうやって作るのですか
真空ポンプを使います。ただ、容器の中から気体を吸い込んでは吐き出すという、一般的なタイプの真空ポンプでは、限界があります。そこで「ターボ分子ポンプ」というタイプの真空ポンプを組み合わせて、さらに真空度を高めます。
ターボ分子ポンプは、飛び込んできた気体分子を、1分間に数万回転する金属の羽根で容器の外にはじき飛ばします。私たちが使っているのは、回転する羽根を磁気で浮かせて回転させる、磁気浮上型です。回転軸を支えるメカニックな機構が無いので、横に倒した状態や逆さまなど好きな向きで取り付けることができます。この磁気浮上型の製造は、日本のメーカーが得意とするところです。
でも、こうした真空ポンプを使っても、分子雲があるところの真空度までは達しません。地球上の1気圧に比べれば10の12乗分の1ほどになりますが、分子雲のあるところはさらに100分の1ほどになることがあります。
分子進化の一番最初に注目するのは、どうしてですか
宇宙で分子が次第に複雑になっていく過程の、もっと後のほうにも面白い問題がいっぱいあります。でも、分子が複雑になるにつれ化学の知識が必要になります。私はもともと物理の出身なので、あまり複雑な分子は苦手ですね。
物理を学んだ人には「最初を知りたい」という性向があるように思います。「何が、どうして、どうなった」という根本的なところを、最初のシンプルな状況で理解したいのです。実験室で氷の中に二酸化炭素やアンモニアを入れて紫外線を当てたらアミノ酸ができたなど、「こんなことやったら、こんなのができた」というだけでは満足できないんですね。
今後の進路を考えるにあたってのアドバイスをいただけますか
私たちの分野では、化学や天文学、地球惑星科学、工学など、さまざまな分野で学んできた研究者が専門知識を持ち寄り、互いに刺激し合いながら研究を進めています。今後も、研究者の交流はもっと盛んになると思います。
でも学生のうちは、化学なら化学、地学なら地学をきちんと学ぶべきだと思います。そうしてこそ、大学院に進学してから、違う分野の人と交流することができます。学部時代から「学際的」という名のもとに広く学ぶと、どの分野でも基礎的な力がついていない、ということになりかねません。
執着心と好奇心を持っている人がいい研究者になっていくように思います。ほんとに面白いと思えば、自分の能力は気にする必要ないと思います。サイエンスは漫才じゃないんだから、ただ聞いていて面白いということはない。自分でわかろうとしてこそ面白さがわかってくるのです。ぜひ、能動的に取り組んでください。
(ぬいぐるみの犬は、実験装置の略称にちなんで「ラッシー」と呼ばれています)
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この記事は、立命館慶祥高校のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)事業にCoSTEPが協力して実施した授業「現代科学II」の成果の一部です。
【取材:白川彩慈、石﨑千宇、土谷卓也、浮穴さに太(立命館慶祥高校2年生)+CoSTEP】