立命館慶祥高校2年生の4人が、物質循環から地球環境を研究している杉本敦子さんをインタビューしました。
どの地域の環境を研究しているのですか
東シベリアやモンゴルのタイガ林を中心に、生態系の変化と地球温暖化への影響を調べています。鍵の一つは「生態系を流れる血液」とも言える水の循環です。
北極域は温暖化の影響を大きく受けている地域です。広大なタイガ林は永久凍土の上に広がっていますが、気温が上がると永久凍土が融けてそこからメタンが発生することが知られています。メタンは温室効果ガスなので、さらに地球温暖化が進む可能性があります。私たちの研究の目的の一つは、タイガ林の北端のツンドラとの境界で凍土からメタンがどれだけ出ているかを測定し、今後どうなるかを予測することです。
また、永久凍土が融けると植物の分布にも大きく影響を与えると考えられています。タイガ林は降水量が非常に少なく、年間200mm程度しか降りません。この降水量だと普通植物は育ちませんが、そうならないのは永久凍土があるためです。
永久凍土は地下約1.2mから下にありますが、その上の層には、夏に溶けた永久凍土の水が蓄えられています。冬にはまたこの水は凍ります。この永久凍土の水循環システムのおかげで雨が降らなくてもタイガ林が育つのです。温暖化が進むと永久凍土が融けてしまい、水が蓄えられている層も深くなってしまいます。そうすると、木の根がそこまでとどかないため、タイガ林が育たなくなってしまうかもしれません。広大な森林が失われると、やはり地球温暖化に大きく影響することになります。
私たちはタイガ林の変化を、モンゴルにあるタイガ林の南端でも研究しています。ここはタイガ林と砂漠の境目なのですが、やはり水が重要な役割を果たしています。このようなエコトーンと呼ばれる境目は環境の変化を調べるのには最適な場所といえます。北海道でも調査をしていますが、実は北海道も日本海、太平洋、オホーツクという三つの気候帯が接する地域で、大変面白い地域なのです。
物質循環とは何でしょうか
大気や生物の体を構成する元素は、環境の中を様々な形で巡っています。例えば、水H2Oは水素と酸素、植物は炭素Cから、メタンCH4は炭素と水素、二酸化炭素CO2は炭素と酸素で構成されています。水に浸かった土壌中で腐った植物の炭素は細菌にとりこまれ、メタンが作られます。そして放出されたメタンは別の細菌が利用し、二酸化炭素が放出されるのです。
このような物質循環を調べることで、環境の変化と原因を詳細に知ることができるのです。そのため、フィールドでは土中の空気に含まれるメタンや凍土の氷や水、植物中の水などを採取しています。
フィールド調査は大変そうですね
皆さんを北極域に連れていけないのが残念ですね。百聞は一見にしかずといいますから。タイガ林の北端の調査は、北緯70度にあるチョコルダという小さな村の近くで行っています。北極海から200km弱の距離です。チョコルダへの道はないので飛行機で行き、民家を借りて一度に最大7名暮らしました。一夏の期間を観測するため、時期を違えて約2ヶ月間、人が入れ替わりながら観測しました。全部で延べ13名が現地に入りました。
この村からボートにのって1時間ほどかけて調査地に行きます。地面を20cmほど掘ると、つるつるに凍った永久凍土が出てきます。チャンバーと呼ばれる円筒形の容器を地表面にかぶせて、その中の空気を採取し、メタン放出量を測定します。永久凍土内のメタンは凍土を掘って採取し、融かすことによってメタンを抽出して濃度を測定します。
(調査の様子が記されたフィールドノート。左ページにはチャンバーを用いた土中の空気の採取方法、右ページには地形が記されています)
フィールドには巨大な蚊が出ます。ジーパンの上からでも簡単に刺されてしまうほどです。頭にネットをかぶる人も多いですが、私は「蚊は空気の一部」と考えてあきらめています。スープにもどんどん蚊が飛び込んでくるので取り除くのですが、ときどき食べちゃうこともあります。蚊は食べるとにがいんですよね。
そんなフィールド研究ですが、大変だと思ったことはありません。嫌になる学生もいないですね。皆フィールドに行きたがります。自然がその場で見られますし、それがないと分析結果を解釈しにくいのです。
現地の人との交流は?
現地で一番大変なのはお金がかかることです。あとは調査の許可申請や、ボートや宿の手配といった現地の方との調整です。蚊や雑魚寝はそれに比べると大したことはありません。
協力してもらう現地の人とは仲良くする必要がありますし、何を環境の問題と捉えているのかにも興味があったので、話し合いの機会を設けることもあります。現地の人が温暖化などの大きな環境変化ではなく、飲み水など身近な問題を環境問題としていることは大きな発見でした。
(研究協力者からもらったロシアの有名キャラクター、チェブラーシカとゲーナのぬいぐるみ)
現地の人は自然と一体となる機会が非常に多いように感じます。サマースクールで小学生が、村からボートで2時間の水道も電気もない場所で1ヶ月間もキャンプしているのには驚きました。
採取したサンプルはどうやって調べていますか
フィールドで採取したサンプルは、持ち帰って実験室で分析します。着目するのは原子の「同位体比」です。
(写真左:空気のサンプルがはいった小瓶。この中の分子の構成を調べます。写真右:分析に使うガラス器具など。)
物質を構成する原子には、同じ原子でも性質が違うものが混じっています。例えば炭素Cには12Cと13Cというバリエーションがあり、これらを同位体と呼びます。同位体は化学的な性質が異なるため、環境中での挙動が異なります。例えば生物に炭素が取り込まれる時には、やや軽い12Cの方が吸収されやすいため、生物に含まれている12Cの割合が環境中より多くなるのです。
また、人工的に13Cで構成されるメタンを土壌中にうちこんで、どれだけメタンが循環するかを見ています。これまでの結果から、凍土が融けて発生する土中のメタンは、他の微生物に早速分解されてしまうため、大気中に出てくるメタンは予想よりずっと少ないことが分かってきています。
(特注で外版を透明にしてある実験装置。構造を理解し、自分で直せるようにとのポリシーから)
地球環境の研究をするには何が必要ですか
地学に興味を持ったのは高校の地学の先生がすごく面白かったのが大きいのですが、その先生は「物理も生物も化学も数学も、地学をやるためにある」とおっしゃっていました。確かにそうだと思います。
さらに、フィールド研究は体力を含めた総合的な能力が必要です。フィールドでは何かあっても誰も助けてくれません。何かが足りない、うまくいかない、という状況が当たり前です。その中で最大限の努力をしなければなりません。自分の能力をいろんな方面から試されるのがフィールド研究ですね。でも、それが何より楽しいと私は思っています。
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この記事は、立命館慶祥高校のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)事業にCoSTEPが協力して実施した授業「現代科学II」の成果の一部です。
【取材:梅津朱子、山本大夏、斉藤真由、井手皓太(立命館慶祥高校2年生)+CoSTEP】