木材にすみ付いて木を腐らせながら成長していくキノコ。その被害は新築の木造家屋にも起きる可能性があります。「スキ」は、木材と金属ボルトの隙間。私は、そこでおきる被害について調べています。【菅野勇太郎(農学院修⼠1年)】
今も盛んな木造建築
強度が非常に高く、簡単に加工でき、手に入れやすい優秀な材である木。日本では古来より、この木を使って家を建ててきました。鉄筋造りが普及した現在でも、全国の一戸建ての約9割を木造が占めています。
さらに、ここ30年ほどで木造建築の技術が発達し、家の密閉化と断熱化が進みました。そのため、暖房用に消費する燃料が2割程度にまで減り、木造建築は省エネ構造にもなったのです。
しかし、木造建築が省エネの構造になったとはいえ、良いことばかりではありません。密閉化と断熱化は、屋外と壁面内の寒暖の差を大きくし、結露を増やすという事例にも繋がることがあるのです。そして、こうして結露の生じた木材には、湿った木を大好物とするキノコなどの菌類がすみ付き、木材を腐らせてしまうのです。
これまでの研究から、腐った木材の強度は低下することが知られています。しかし、建物の強度にとってより重要な「柱と梁」や「土台と柱」のつなぎ目については、まだ詳しくはわかっていませんでした。
ボルトが菌を誘い込む…?
その理由の一つが、つなぎ目にあるボルトの存在です。木材のつなぎ目を補強するボルトは金属製で、木よりも熱しやすく冷めやすい性質を持っています。このため、ボルトは周囲の木材より外気で冷やされやすく、結露も生じやすくなるのです。そして、結露で湿ったボルトの孔に菌が入り込むと…
(冷えやすいボルトは木材よりも結露が生じやすい。そして結露を吸ったボルトの孔で菌が大繁殖!?)
とは言え、実際にこれを確かめるのは簡単ではありません。実験には、木を適切な条件で腐らせる設備と、ボルトを使ったつなぎ目の強度を試験する設備の両方が必要です。しかし、それらを備える研究施設は全国でも数少ないのです。
一方、私が所属する木材工学研究室は優れた設備を持っており、実験が可能でした。そんなわけで、私はこの現代の木造建築の「スキ」を明らかにしようとしているのです。
菌との共同作業?~木材を腐らせる
実験では、北海道産のトドマツ材とオオウズラタケという菌を使っています。
実験で用いるオオウズラタケは、1928年に東京都目白付近の木製電柱から採取されたものです。その後現在に至るまで、様々な研究者が代々試験管で飼育し続けてきました。
この由緒正しいオオウズラタケを、長さ約30cm、約10cm角のトドマツ材に開けられたボルト孔に詰め込みます。
(菌が付いた木くずをピンセットでボルトの孔に入れていきます。他の菌が入るのを防ぐため、無菌状態で作業します)
菌を入れた木材は、温度26度、湿度80%の状態で60日から120日置いておきますが、光を当てるのも大切です。オオウズラタケは光を当てると良く育つ、一風変わった特徴を持っているからです。
(工具店で材料をそろえて作ったお手製の台で木材を腐らせます)
一週間ほどで孔から白い菌糸が伸びきて、みるみる木材を覆っていきます。よく育つと菌糸がまるでマシュマロのようになり、「よくここまで腐ってくれた!!」と、思わず興奮してしまいます。
(90日後の試験体。白い菌糸がボルトの孔の周りにへばりついている)
数ヵ月後…さて、木材はどうなってしまったでしょうか。表面にこびりついた菌糸を洗い流すと、小さな割れがたくさん入っているのが目で見ても分かる状態です。
(腐った部分を観察しやすいようにボルト孔近くで切断した試験体。色が褐色に変わり、スカスカになっています)
腐っていない木材より15%も強度が低下
次は木材の強度測定です。孔にボルトを通して木材を引っ張ることで、強度を測ります。
(強度測定機に試験体をセット。左手でつまんでいるのが強度を測定するボルト部分)
強度試験の結果から、ボルト接合部の強度は腐らせる期間が延びていくにつれて弱くなっているのが分かりました。よく腐ったものについては、腐っていない木材よりも15%も強度が減少していました。これは重さにして約300kgの差です。
小さな力がかかっても痛手に
しかし、もっとも注目すべき点は、ボルトに力を加え始めた時の強度です。ボルトを元の位置から1mm動かすのに必要な力は、腐った木材では、健全な木材よりも50~60%も低下していました。
これは、比較的小さな地震や風などの力でも、ボルトが木にくいこんでしまうことを示しています。大きな地震であれば非常に危険であることは言うまでもありません。
(強度試験の後。木を上方向に引っ張ったため、ボルトが元の孔の下側にめり込んでいます)
木の家の未来を支えていくために
実際の地震では、ボルトにかかる力は一方向だけではありません。今後は、引っ張りだけでなく押しこむ動きを加えたり、ボルトを動かす方向を変えたり、様々な試験を行う必要があります。
木造の家がたくさんの人々に安心と安らぎを与えられるように、そして何より自分が愛する木の家のために、残された「スキ」を埋めるべく力を入れていきたいと思います。
(研究室の仲間とたこ焼きパーティー!研究の合間には隙が必要なのです!)
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この記事は、菅野勇太郎さん(農学院修士1年)が、大学院共通授業科目「セルフプロモーション1」を履修するなかで制作した作品です。
菅野さんは、別の授業科目「セルフプロモーション2」で、自分の研究を紹介する動画も制作しています。こちらからご覧ください。