地域の現場に赴き、その土地の景観、そこに暮らす人々の風景をテーマに研究と実践を重ねている上田裕文さん(観光学高等研究センター 准教授)。前編では、美瑛町を事例として、景観と暮らしの関りについて紹介していただきました。後編では、沖縄県の竹富町を事例に、景観とまちづくりの関りを通じて、地域の人の思いをサポートする研究者の役割についてお話しいただきます。
竹富島の美しい景観、失われてしまった人の営み
美瑛町は生産の場の農地が観光資源で、そこに多くの人が来るからコンフリクトが起きるという話でしたが、次に逆のパターンの事例として、沖縄県の竹富島という有名な観光地を紹介します。竹富島は、伝統的建造物群である赤瓦の街並みが有名で、自分たちの住んでいる生活領域が観光地になっている地域です。なので、観光客はみんな、自分たちの住んでいる集落に入ってきます。つまり、農業を主要産業としている美瑛町とは違い、竹富島の島民の人たちは全員、完全に観光を主要産業として生きていくことを選択したのです。
みんなが観光に携わる一方で、まちの周りにあった農地などがほとんど利用されなくなり、今では完全にジャングルのような状態になってしまいました。島の中で人が生活しているのも、観光客が訪れたりするのも、ほぼジャングルに囲まれた集落の中だけになってしまったという、逆の極端な例だったりします。
竹富島は2019年9月から入島料として、島を訪れる人から協力金という形でお金をいただき、それを島の景観、特に自然環境の保全を、環境省の地域自然資産法という法律に基づいて整備するという仕組みを導入しました。これまでは集落の中の街並みだけが観光資源だったのですが、もう一度、島全体をきちんと、魅力的な景観として取り戻そうという動きが始まったのです。生産の営みの部分が観光資源になっている美瑛町とまったく逆で、一度失われてしまった島の景観を支えてきた営みを、もう一回見直してその一部を復活させようという試みです。
(竹富島の入島料を支払う自動販売機)<写真提供:上田さん>
共通のビジョンに向かって、みんなが関わる風景計画
しかし一度断絶した営みを復活させるのは、すごく困難なことです。そこがいまの竹富町での課題であり、議論の中心になっています。まずみんなで共通のビジョン、目標像を見つけるところからスタートします。それをいかに具体的にするかが難しいところです。将来、町をどのようにしたいかと問われると、みんな無いものねだりで、すごく総花的な美しい未来を描きたくなります。実際に、現実的に将来、自分たちが本当に向かうべき将来像をどこに設定するかというのを、今の現実的な条件の延長と結びつけて考えていくのは、そんなに簡単ではありません。
もう一つは、みんなで描いて共有したビジョンを「じゃあ、誰がやる?」「どこからやる?」というところの難しさです。ビジョンについては、いろいろなワークショップなどを重ねて見い出したり共有したりしていくことはできます。それを実現化するために、現実的なロードマップをどう描いていくか。誰が動けるのかというような、人が動ける仕掛けやデザインみたいなところが結構重要だと感じています。結局、私たち研究者がよそから行っても、それをやるのは私たちではなくて、住んでいる方自身です。地域の方々に「それならやってみようかな」と思ってもらえるような材料を用意できるよう、地域のさまざまな情報を調査などで掘り起こしていきます。
(竹富町の美しいまちなみ)<写真提供:上田さん>
地域の人の素直な思いが、まちづくり成功への最大のヒント
地域の人たちと関わるときには、思いを素直に語ってもらうというのが大切です。やっぱり北大の先生が来るとなると、事前に予習とか準備されたりとかして、「正しいこと」を情報提供しなきゃと一所懸命調べておいてくださる方がいらっしゃいます。でもそれは自分の言葉ではなくて、調べて、どこかから持ってきた情報です。「風景」という意味においては、その人がどういう思いを持って関わっているのか、これからどのように関わっていきたいのかなどの、本当にその人が思っていること、感じていることの情報が貴重です。
過去の思い出だったりとか、将来の不安だったりとかというのを語ってもらうことが、実は、みんなの議論をまとめていくうえでも大切だと思います。やはり熱い思いがないと、まちづくりって前に進みません。自分の住んでいるところが「こういうふうに良くなってほしいな」とか、「良くしたいな」という思いがないと、結局、人任せになってしまいますよね。なので、一人ひとりの自分の関心あるところ、自分が関われる部分などを、どうつなぎ合わせていけるかというのを、私たちはすごく考えているところはあります。
(ワークショップも、地域の人々の情熱を引き出し、形にするプロセス)<写真提供:上田さん>
景観は、まちの人相。毎日チェックしましょう!
景観を維持するとか、景観を整備するとか育てるという部分は、一方では目的、目標であるかもしれません。しかしもう一方で、景観は地域というシステムの結果の現れなので、今のシステムが健全に回っているかということの指標でもあるのです。景観を目的としてだけでなく指標として見るということで、ある意味、情報化の中でいろいろな指標に細分化されて、結局何が正しいのか、何が最適な状態なのかが分からなくなったときに、目に見えるからこそ直観的に分かる適切な状態がきっとあると思うのです。「いま、まちの仕組みがうまく回っているな」という指標として見ることも、景観の捉え方としてあるのではないのかと考えています。
よく授業で「景観は、まちの人相です」と話しています。要は、鏡に映った自分の顔を見れば、自分が健康かとか疲れているかとか分かりますよね。いま自分がどういう状態かというのを鏡でチェックするということが、実は自分の気づいていない異変に気づくのにも役立ちます。一方で、化粧である程度美しく見せることはできますが、表情などにその人の内面的な美しさや魅力が現れてもきます。そういう意味で、景観は町の人相と一緒だというような話をします。
だからこそ、毎日チェックするということが大切です。ヨーロッパの町には、たいていその地域を見下ろせる展望台が整備されています。それは観光のためだけでなくて、みんなが散歩して、町の様子を常に全体で把握するということができる場所にもなっているのです。自分の状態を鏡でチェックするように、自分の町は今、状態が良いのかな、悪いのかなということを確認できる、町の様子がパッと一望して分かるような場所を、空間的に整備するということも、その町への意識、関心を常に持ち続けるために効果的な仕掛けではと考えています。
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今回お話いただいた上田さんの研究も映像で紹介される、地域と研究とのつながりがテーマのサイエンス・カフェが札幌文化芸術交流センター(SCARTS)で開催される予定です。
※今回、新型コロナウイルスの拡大の影響で延期が決定しました。再開催の日程決まり次第、下記のサイトよりお知らせします。
第111回サイエンス・カフェ札幌
「みんなで考える持続可能なパートナーシップ 〜北海道から3650日後の対話をデザインする」
【日 時】 2月27日(木)18:30-20:30(開場 18:00)
【場 所】 札幌文化芸術交流センター SCARTS Studio1,2
【主 催】 北海道大学CoSTEP
【定 員】 60人
【WEB】https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/event/10733