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#167 新型コロナを情報科学でつかまえる(1)~変異株はなぜ入れ替わりで流行するのか~

今年の流行語には「変異株」「人流」「副反応」「自宅療養」「黙食/マスク会食」といった新型コロナに関する言葉がノミネートされました1)。ちなみに去年は「3密」が大賞をとり、その他には「クラスター」「濃厚接触者」「PCR検査」「アベノマスク」「ソーシャルディスタンス」などがノミネートされていました。これらの言葉をながめてみると、流行語は新型コロナ流行の状況を表す鏡といえそうです。

そのなかでやはり注目したいのは「変異株」です。実際、流行当初には「新型コロナウイルス」とひとくくりにされていましたが、今年の春ごろから「アルファ株」「デルタ株」などの言葉で語られるようになりました。特にこの夏は感染力が高いデルタ株が流行し、注目されました。そして今、デルタプラス株も登場してきています。

ウイルスの情報科学が専門の伊藤公人さん(人獣共通感染症国際共同研究所 教授)は集団遺伝学の観点から分析を行い、6月の段階でデルタ株の感染力と、今後デルタ株がどの程度の割合を占めていくかを正確に予測しました。伊藤さんは「今後もより感染力の高い株に置き換わっていく可能性はあります。ただ、流行初期と違い、ワクチン接種、行動変容、年齢など、考慮すべき変数が多くなってきたため、予測モデルをつくるのがより難しくなってきています」と指摘します。前後編の前編では、変異株が入れ替わるメカニズムと、伊藤さんによる変異株の予測の方法についてお伝えします。

《11月29日、1月26日:オミクロン株について末尾に追記》

【川本思心・理学研究院/CoSTEP准教授】

(計算を行うサーバーが納められたコンピューター室にて)
変異株の登場

9月30日に緊急事態宣言が解除されて1ヶ月以上がたちました。日本における2回ワクチン接種率も76.2%2)となり、現在の感染状況は小康状態にあるようにも見えます。しかし、接種率が高い欧州諸国や韓国で感染が拡大しており、今後も対策の手を緩めることはできません。

感染対策にはこれまでも数理モデルによる予測が参照されてきており、今後も重要であることは間違いありません。そしてさらに、昨年初めとは異なる感染状況にあわせた予測モデルも必要となってきています。その「異なる状況」のひとつが変異株の存在です。日本では今年4月から6月の第4波では英国起源のアルファ株が流行し、8月から9月の第5波ではインド起源のデルタ株が猛威を振るいました。

(日本国内の株別の検出状況。上は件数、下は割合。紫が第1波の中心となったB.1.1日本株、緑が第2波のB.1.1.284日本株、紺色が第3波のB.1.1.214日本株、赤が第4波のアルファ株、ピンクが第5波のデルタ株。横軸は週数で示されており、7月中旬は「2021-28」に該当する)〈出典:国立感染症研究所3)〉

これらの変異株は、すべて同じ新型コロナウイルスSARS-CoV-2ですが、遺伝子が変異しており感染力や症状に若干の違いがあります。ウイルスは生物の細胞に入り込み、その遺伝子複製等の仕組みをつかうことで自分を複製し、増殖していきます。このとき、複製の精度が低いためにしばしば異なる遺伝子をもつウイルスも生じます。これが変異株です。2021年11月24日時点で、日本だけで162,049株、全世界で5,413,156株もの変異株が記録されています4)。

(新型コロナウイルスの系統をあらわす図。上段の緑で示した枝がデルタ株。他の株と比べて多様性が高いという特徴もある。2019年12月から2021年11月のデータに基づく)〈出典:Nextstrain5)〉
なぜ変異株は置き換わっていくのか?

このように、新型コロナウイルスには極めて多くの変異株があります。しかしすべての株が同じように流行しているわけではありません。2020年前半は複数の株が並存していましたが、徐々に少数の株に独占されるようになり、そしてその株もまた別の株に置き換わってきました。現在は2020年10月にインドでうまれたデルタ株が全世界に広まり、優勢になっています。

(上の図は、2020年から現在までの株の割合を各国別に円グラフで示している。下図は全世界の株の割合の推移を2020年末から2021年11月現在まで示している。国によって優勢な株の種類や優勢になるタイミングは異なるものの、デルタ株は2021年春ごろから優勢になり、現在ではほぼすべてを占めるに至っている)〈出典:Nextstrain5)〉

なぜこのようなことが起きるのでしょうか。伊藤さんは「感染力が異なる株が、感染してない人を奪い合っている状態です。そして感染力が少しでも高い株がいると、競争に勝って次第に優勢になってくわけです」と説明します。例えば、株の中には1人の感染者が1人にうつすものもあれば、1人の感染者が2人にうつすものもあります。この「何人にうつすのか」を再生産数と呼び、感染力の強さを表します。1人にうつすか2人にうつすか。1回の感染ではその差はわずか1人ですが、感染を繰り返していくとその差はどんどん大きくなっていきます。

(研究室の伊藤さん。インタビューはオンラインで行い、後日写真撮影を実施)

2020年前半はさまざまな株が並存していましたが、これはほぼ同じ感染力をもつ株だったためと考えられます。しかし、そのなかからより強い感染力をもつ株が現れ、徐々に優勢になりました。これが特定の変異株が優勢になっていく理由です。

(再生産数が高い株が優勢になっていくことを表した模式図。再生産数が1,2,3の株がそれぞれ集団中の1人に感染したとする。3の株は1回目で3人、2回目で9人と感染者を指数関数的に増やしていく。既に感染した人は免疫を持つために再び感染はしない。未感染者をめぐって株は競争し、やがて3の株が優勢になっていく)
デルタ株の流行を正確に予測

集団のなかでどのような遺伝子がどのように引き継がれ、増えていくのかを研究する分野を集団遺伝学と呼びます。伊藤さんはこの集団遺伝学と情報科学を専門とし、これまでインフルエンザウイルスの変異の予測研究等を行ってきました。現在、西浦博さん(京都大学 教授)らとともに、変異株の感染力と株の割合の推移を予測する研究に取り組んでいます。

その成果はすでに出ています。伊藤さんらは6月9日の厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード資料ではじめてデータを示し、23日の資料でデルタ株は従来の株の感染力を1とすると1.95であること、そして7月12日にデルタ株が半数を超えることを示しました。その後、それらの数値は毎週更新されていきましたが6)、基本的に状況は予測通りになりました。

(6月23日にアドバイザリーボードで示した資料。伊藤さんと西浦さんの共同研究による。この段階ではデルタ株(黄緑)の割合は10%以下だった。その後、点線で示した予測値の通りに激増した)〈出典:厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード7)〉

伊藤さんが用いる数理モデルは、これまでよく用いられてきたいわゆるSIRモデルの発展型です。通常のSIRモデルでは複数の変異株があることを前提とせず、ひとつの実効再生産数を仮定し、将来の感染者数の変化を求めます。一方、伊藤さんのモデルでは実効再生産数の異なる複数の変異株をモデルにくみこんでいます。そして、それぞれの変異株の将来における割合を予測することができ、また逆に現在の割合からそれぞれの変異株の相対的実効再生産数を求めることができます。伊藤さんのモデルの特徴を簡単にまとめれば、従来のモデルは感染者数に着目する疫学的なモデルであり、伊藤さんのモデルは集団中の遺伝的変異の割合に着目する集団遺伝学的なモデルといえるでしょう。

(伊藤さんによる数理モデルの概要。従来株aの相対実効再生産数を1とし、株A1、A2、A3・・・と理論上はいくつでも変異株を組み込んだモデルをつくることができる。式の詳細は参考文献8を参照)〈伊藤さんの資料8)より作成〉

具体的には、まず伊藤さんは2020年12月1日時点で主流だった株を「従来株」として実効再生産数を基準の1としました。そして2021年6月当時の日本の感染データから、各株の相対的実効再生産数を求めました。そしてその値を使って、約3ヶ月後までの各株の割合の推移を予測したのです。

今後の変異株の推移は?

気になるのは今後の新たな変異株の登場と流行です。注目すべき変異株には2020年12月にペルーで発生したラムダ株や、2021年1月にコロンビアで発生したミュー株などがあります。もし相対実効再生産数がデルタ株より高ければ、原理的には地域的な流行を超えて世界中に広がり、置き換わっていくはずです。

現在のところ、ミュー株はデルタ株より相対実効再生産数は低い、という研究結果が各国から出ています。しかしミュー株は大流行しないか、というとそう単純ではなさそうです。当初より流行予測は難しくなっている、と伊藤さんは言います。

「デルタ株の予測をした今年の6月にはまだワクチン接種は進んでいませんでしたが、今はそうではありません。1回接種した人と2回接種した人の割合も考慮しなければなりませんし、今後3回目の接種も実施されていきます。そして年齢など考慮すべき変数が多い。ワクチン接種者や感染をして抗体をもった人の再感染も今後は可能性があります」。

現在、伊藤さんはミュー株やデルタプラス株といった新たな変異株についての分析を進めており、これからデルタ株が別の変異株に置き換わる可能性がないかを研究しています。

(PCでシミュレーションを行う伊藤さん。研究所内のサーバーや、北大のスーパーコンピューターもつかって計算する)
流行は変化し、コロナの予測は続く

今後も新型コロナウイルスの変異は何らかの形で続くでしょう。流行はその字のごとく、常に流れるように変化していくものです。伊藤さんは言葉とウイルスの変異と流行にはアナロジーがあると言います。

「私はウイルスの変異の説明に、チェーンメールの例えをよく使います。手紙自体は何の知能もなく、文法も知りません。でも、受け取った相手が転送したくなるような文章が残って増えていくので、文法的なミスは自然と排除されていって、自然に正しくて素晴らしい文章になってくる。ウイルスの変異でも同じようなことが起きています。ウイルスは流行しているうちにどんどん感染力が高いものになっていく性質があるのです」。

言葉もウイルスもその変異と流行はそれ単独ではなく、われわれ自身との相互作用によってその情報が変化していくという点で、共通点があるようです。後編では、世界中で収集され、記録されている膨大なウイルス情報の状況、そして単なる情報科学の専門性ではなく、新型コロナ問題に対応しうる領域横断的な専門性とは何かについて伊藤さんに伺います。

《後編に続く》


11月29日追記

本記事を発表した11月25日の午後、南アフリカで新たな変異株B.1.1.529が急速に流行していること、その変異箇所が非常に多いことなどが報道されはじめました。翌26日にはオミクロン株というWHO名称がつき、VOC(懸念すべき変異株)に指定されました。29日には日本も予防的措置として30日から外国人の入国を禁止すると発表しました。

オミクロン株はデルタ株よりも感染力が強く、全世界で置き換わる可能性があるのか、といった点は現状では不明です。伊藤さんはいいね編集部のメールでの問い合わせに、「現在、オミクロン株のデータ解析を進めております。得られた情報は早急に関係機関に提供する予定です」と回答してくれました。

(図は南アフリカにおける変異株の推移。赤がベータ株、緑系がデルタ株、右端の紫がオミクロン株)〈出典:CoVariants 5)〉

1月26日追記

1月15日までのデータによると、オミクロン株はデルタ株とは異なる系統であること、全世界でみると68%がオミクロン株となり、デルタ株より優勢になっています。さらに、オミクロン株にも21K(BA.1)と21L(BA.2)という異なる種類があります。21L(BA.2)は「ステルスオミクロン株」と呼ばれ、欧州等で増加傾向にあることから、現在その感染力等の分析が続けられています。

(上段が系統樹、下段が全世界での株の割合。濃いオレンジ色がオミクロン株(21K/BA.1)やや薄いオレンジ色がいわゆるステルスオミクロン株(21L/BA.2)。1月15日時点のデータ。)〈出典:Nextstrain5)〉

 

注・参考文献:

  1. ユーキャン 新語・流行語大賞による。毎年11月にノミネート語が発表され、12月初めに大賞とトップテンが発表される。
  2. 11月22日時点の数値。出典は日本経済新聞による「チャートで見る日本の接種状況コロナワクチン」より。
  3. 国立感染症研究所2021:「新型コロナウイルスゲノムサーベイランスによる系統別検出状況(11月5日現在)」(2021年11月10日閲覧).
  4. インフルエンザウイルスやコロナウイルスのデータベースであるGISAID(Global Initiative on Sharing Avian Influenza Data)のウェブサイトより。なお、「デルタ株」は同じ系統のB.1.617.2、AY.1、AY.2など複数の株をまとめたWHOによる名称。B.1.617.2等はPango networkによる遺伝子の分類系統に基づく詳細な名称。
  5. Nextstrainの「Genomic epidemiology of novel coronavirus – Global subsampling」より。各国別の株の推移はCoVariantsの「Overview of Variants in Countries」も参考になる。
  6. デルタ株の相対実効再生産数は、6月9日資料では1.78だったが、6月23日資料では1.95、7月14日資料では1.95、7月21日資料では1.94と修正されていった。また7月28日の資料では8月8日にデルタ株は79.7%を占めると予測した(厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードの資料等(第31回~第45回))。これらの結果はまず6月9日のアドバイザリーボード資料で公開され、次に6月15日にmedRxivにプレプリントとして公開され(Ito, Piantham, Nishiura 2021a)そして7月8日に査読をへて論文誌Eurosurveillanceに掲載された(Ito, Piantham, Nishiura 2021b)。研究結果のこのような公開の流れは、通常の学術研究とは異なる。社会的要請に対応した学術の姿が垣間見られる。
  7. 厚生労働省 2021: 「第40回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和3年6月23日)資料3-3西浦先生提出資料」(2021年11月10日閲覧).
  8. 伊藤公人 2021: 「2021年7月8日 感染症と免疫: データ科学を駆使した新型コロナウイルス感染症対策 講義資料」(2021年11月10日閲覧).

 

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