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#169 新型コロナを情報科学でつかまえる(2)~複数の専門性を武器に~

2021年11月25日、オミクロン株と翌日に命名されることになる変異株の話題が、世界中を駆け巡りました。新しい変異株の出現自体は珍しいことではありません。変異株は世界中でこれまでに500万株以上も登録されており、これからも現れ続けるでしょう。しかしオミクロン株は急速に感染が拡大したことと、多くの変異箇所を持つことから大きな懸念をもって注視されています。

伊藤公人さん(人獣共通感染症国際共同研究所 教授)も現在、オミクロン株の分析を行っています。伊藤さんは、6月の段階でデルタ株の感染力と、今後デルタ株が日本でどの程度の割合を占めていくかを正確に予測しました(詳細は前編を参照)。

その伊藤さんは工学研究科の情報工学分野の出身で、2005年から集団遺伝学の観点からウイルスの研究をしてきた経歴の持ち主です。後編では伊藤さんによるデルタ株予測研究の裏側を伺いつつ、情報学を基盤としてさらにウイルス研究へと越境していったその専門性に迫ります。

《12月9日、20日、1月26日:オミクロン株の相対実効再生産数暫定値について末尾に追記》

【川本思心・理学研究院/CoSTEP准教授】

(伊藤さんが所属する人獣共通感染症国際共同研究所の看板前にて。この研究所にはウイルス進化、疫学、免疫、創薬、そして情報学など、多様な分野の専門家が所属している)
新型コロナでは多くの変異株が発生しましたが、これはウイルスで一般的なことなのでしょうか

一般的にはそうだと考えられているんですけれど、実は他のウイルスの場合はそこまでゲノムが分析されていないんです。やっぱり新型コロナのパンデミックは社会的にインパクトが強いので、株のゲノムを読む機運が非常に高まっています。

各国でどういう遺伝子を持ったウイルスが流行っているかは、GISAID(Global Initiative on Sharing Avian Influenza Data)1)という組織のデータベースにゲノムが登録されている状況です。この組織は2006年の鳥インフルエンザ流行をきっかけに2008年にできました。世界中の研究者が参加していて、日本では国立感染症研究所もこのデータベースに参加しています。今の対策に重要なのはもちろんですが、今後のウイルス研究にとっても重要なデータです。せっかくあるデータなので大切に解析していかないといけないですね。

(GISAIDのウェブサイト1)。グラフィカルに各種データが示されており、ログインするとウイルスのゲノム情報を閲覧・ダウンロードすることができる)
流行対策には迅速さが求められますが、データの登録にはどれくらいかかるのでしょうか

登録の速さに関わるのは、感染者何人につき何人からサンプリングするのか、読む遺伝子配列がどれくらいの長さなのか、あともう一つは読むスピードですね。実際にサンプリングされてから登録されるまでのタイムラグは国によります。日本だと2~3ヶ月ぐらいはかかるんじゃないでしょうか。イギリスは早いですね。1~2週間でデータベースに上がってきます。そこは国や機関の方針やお金のつぎ込み方によると思います。だから今起きてる感染の状況というよりは、やっぱりちょっと前に起きたものが反映されることになります。

もちろん、今どういう株が流行ってるかを割とリアルタイムで把握できる検査もあります。日本の場合は全ゲノムを読むのではなくて、ウイルスの特定遺伝子だけを読んで、どの変異株なのかを調べるPCRスクリーニング検査という方法をやっています。

私の研究でも、厚生労働省のアドバイザリーボードに出した資料2)の結果と、EuroSurveyranceに出した論文3)の結果は、GISAIDのゲノムデータを使っていました。でも登録に時間がかかって最新の状況を追えなくなってきたので、最近はスクリーニング検査のデータも使って解析しています。

(サーバー室にて)
世界中から毎日ゲノム情報が登録されているとなると、大量のデータを扱うことになりますね

新型コロナウイルスの場合、今はダウンロードすることすら難しいぐらいデータが膨大になっています。例えばGISAIDのデータベースの場合、一回にダウンロードできる配列数の上限は10,000本です。新しく研究を始める方にとっては、500万本全てをダウンロードするだけでも大変な作業です。またデータが多すぎて、遺伝子配列の対応関係、アライメントが取るにも工夫がいります。なので情報科学の技術が必要で、私も専用のプログラムをたくさん作って研究してます。

(遺伝情報はDNAの塩基A、C、G、Tの並び方によって担われている(RNAの場合TのかわりにU)。変異がおきると塩基が別の塩基に置き換わったり、抜け落ちたりする。そのため、ただ異なる変異体の遺伝子を並べただけだと、どこが元々同じ配列だったのかわからない(上図)。これを対応関係がつくように並べかえることをアライメントと呼ぶ(下図)。この図はコロナウイルスではなく鳥インフルエンザウイルスの配列)〈出典:伊藤 20124)〉
情報学の専門性が活かされているわけですね。元々は情報学分野にいた伊藤さんがウイルス研究をはじめたのはなぜでしょうか

情報学のひとつの応用先が生物の情報学「バイオインフォマティクス」だったので、情報学分野にいたときから勉強をしていました。そうしているうちに2005年に人獣共通感染症リサーチセンターができるという話があって、バイオインフォマティクスの専門家を探していたので、それで移りました。

(新型コロナ研究といってもその分野は多岐にわたる。図は2019年1月11日から2020年5月1日までに出版された10,516論文の分野別集計。感染症(infectious disease)が2,326本(22.1%)と最も多いが、シミュレーション1,193本(11.3%)などバイオインフォマティクス系の論文も少なくない(水色で図示))〈出典:Raynaud et al. 20215)〉

感染症のウイルス研究がいいなと思ったのは、ウイルスだったらゲノムも小さいし、何かできるかもしれないと思ったというのは少しありましたね。サイズが大きい人間のゲノムを解析するのは無理だなと思っていたんです。ただ、それは素人考えで、特に小さいから簡単というわけではなかったですけれども(笑)。

専門を一から勉強するのは大変でした。アミノ酸の名前が覚えられないので、サーバーにアミノ酸の名前をつけたりしていました。僕が一番よく話を聞いたのは高田礼人先生(人獣共通感染症国際共同研究所 教授)ですね。ずっと同じ建物、というか同じ部屋でいたので、高田先生のとこで勉強させてもらいました。いろいろウイルスについても大分詳しくなったので、それは良かったと思います。

(高田さん(左)と伊藤さん。高田さんはエボラウイルスやマールブルグウイルスなど人獣共通感染症の原因となるウイルスの専門家)〈2015年2月の「いいね!Hokudai」記事より〉
(サーバー。23種類すべてのアミノ酸をつけ終わり、更新されたサーバーには現在は鳥の名前がつけられている)

西浦博さん(元北大、現京都大学大学院医学研究科 教授)とも共同研究をしていますね

去年からはじめた「異分野融合によるCOVID-19の流行解析のためのデータ科学基盤の整備」を一緒にやっています。厚生労働省アドバイザリーボードに出した資料もこのプロジェクトの研究によるものです。コロナの予測は、感染症疫学と集団遺伝学の両方とも理解していないとできないんですが、その二つの分野を合わせる形でやってきました。やっぱり複数の分野をちゃんと使っていくと色んなことがわかるなと感じます。

2014年から2019年までは「大規模生物情報を活用したパンデミックの予兆、予測と流行対策策定」というプロジェクトで、研究代表者が西浦先生で、私は分担者でやってました。その目標は、西浦先生の専門の感染症数理疫学と、私のバイオインフォマティクス・集団遺伝学を合わせて新しい予測シミュレーションを作ろうというものでした。今回、デルタ株予測の仕事ができたのは、このプロジェクトで作ったインフルエンザの予測シミュレーションの考え方をコロナに当てはめられたから、という歴史的な背景があります。

(本棚にならぶ遺伝学やモデリングの本。「この棚の本は私の分野ですが、ひとつ上の棚は西浦さんの専門分野ですね」と伊藤さん)
感染症対策にはまさに異分野の融合が必要です。分野をとびだし、他の分野と共同するには何が大事でしょうか

そうですね、やっぱり複数の分野を知ってると武器にはなるかなっていう気はします。けれども、必ずしもみんながそれをやる必要はないんじゃないかな。自分の専門性の高い分野で活躍してもいいわけですし。

やっぱり他の分野に出ていくのは結構大変ですよ。勉強には10年、15年ぐらいはかかりますしね。だから面白いとは思うんですけどもそれなりに大変なので、もし出てくんだったらすごく興味があるっていうかな、そういう分野に出ていくのがいいのかなっていう気はします。


12月9日追記

オミクロン株の相対実効再生産数についての暫定結果が、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード資料6)で公開されました。伊藤さんの式が使われており、共同研究者でもある西浦さんが資料として提出しました。

それによると、南アフリカ全国のデータからの計算では9.4倍。首都もあるハウテン州のデータでは4.2倍。同じくハウテン州のデータから別な方法で推計すると3.3倍となっています。

ただし資料では、これらの数値は過大であり、本来のオミクロン株の伝播性を表していないと釘を指しています。その理由には、デルタ株に置き換わってオミクロン株が急増している地域ばかりと限らず、デルタ株が減っているだけの地域もあること、感染が下火になり、他の株がいない状態でオミクロン株が出現したためオミクロン株が大多数を占める状況が起きていることなどがあげられてます。そして資料では、デルタ株からオミクロン株に置き換わりつつある他の国での状況を、引き続き分析する必要があると指摘しています。


12月20日追記

12月16日のアドバイザリーボード資料7)で、伊藤さんの方法を用いると、オミクロン株の実効再生産数はデルタ株の3.97倍と示されました。今回はデンマーク全国のデータからの算出となります。南アフリカのデータでの結果と同じく高い実効再生産数が示されましたが、確定値とはまだいえないと資料では指摘しています。


1月26日追記

1月13日のアドバイザリーボード資料8)にて、各国の研究者の分析や、伊藤さんの分析も踏まえたオミクロン株の特徴についての新たな知見が示されました。ある人が感染してから、別の人に感染させるまでの時間の平均である「平均世代時間」は、オミクロン株は2.1日であり、デルタ株の4.6日より大幅に短いことがわかりました。

従来の相対実効再生産数の計算では、デルタ株とオミクロン株は同じ世代時間であると仮定していました。しかしオミクロン株の平均世代時間が2.1日だとすると、相対実効生産数は2程度になることになります。

 

伊藤さんや共同研究をしている高田礼人さん、西浦博さんを紹介しているこちらの記事もご覧ください

  • 【クローズアップ】#167 新型コロナを情報科学でつかまえる(1)~変異株はなぜ入れ替わりで流行するのか~(2021年11月25日)
  • 【クローズアップ】#122 新型コロナ対策、研究と政策現場での6ヶ月~西浦博教授ロングインタビュー~(2020年07月31日)
  • 【チェックイン】#80 エボラ出血熱の解明に取り組む人獣共通感染症リサーチセンター(2015年02月05日)

参考文献:

  1. GISAID (2021年11月30閲覧).
  2. 厚生労働省 2021: 「第38回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和3年6月9日)資料3-3西浦先生提出資料」(2021年11月30日閲覧).
  3. Ito,K., Piantham, C. Nishiura, H. 2021: “Predicted dominance of variant Delta of SARS-CoV-2 before Tokyo Olympic Games, Japan, July”, Eurosurveillance, 26(27) 
  4. 伊藤公人 2012: 「遺伝子配列のアライメント」『さきがけ数学塾:第4回 数学を使う―生命現象への挑戦―』(2021年11月30日閲覧).
  5. Raynaud, M. et al. 2021: “COVID-19-related medical research: a meta-research and critical appraisal” BMC Medical Research Methodology, 21, Article number 1. 
  6. 厚生労働省 2021: 「第62回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和3年12月8日)資料3-3西浦先生提出資料」(2021年12月9日閲覧).
  7. 厚生労働省 2021: 「第63回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和3年12月16日)資料3-3西浦先生提出資料」(2021年12月20日閲覧).
  8. 厚生労働省 2022: 「第67回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和4年1月13日)資料3-3西浦先生提出資料」(2022年1月26日閲覧).

 

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