幼児はとても不思議な存在です。見守っている私たちが気づかないうちに、様々な気持ちを手に入れていきます。幼児の目にはどのような世界が広がっているのでしょうか? そして、幼児はどのようにして共感や模倣といった能力を獲得していくのでしょうか?
発達心理学を専門とする川田学さん(教育学研究院 准教授)は、幼児の心や行動の発達を探るために、様々な実験室での研究を行ってきました。そして今、川田さんは実験室を飛び出して研究を行っています。
【岡村一輝・医学部1年】
現在どのような研究を行っているのでしょうか?
私が主に行っているのは、幼稚園でのフィールド調査です。一般的に、幼児の発達を研究するときは幼児一人ひとりの変化を調べます。しかし、今回の私の研究では、幼児教育の場である幼稚園がどのように変化するのか、また幼稚園の変化と幼児の変化がどのような関係にあるのかを調査しています。
調査は幼稚園の年少から年長までの期間と同じく、3年の計画で行っています。今2年目に入ったところです。
「幼稚園の変化」とは?
例えば、幼稚園内の掲示板や遊具などの環境の変化があげられますね。また、園児一人ひとりやクラスの性格によって、先生の声掛けも変わりますし、園児が成長する、つまり変化すると、先生の声掛けもまた変化するはずです。このように、園児を取り巻く環境の変化のことを言います。
(川田さんが研究を行っている幼稚園)<写真提供:川田さん>
幸い私が調査している幼稚園は、園児の様子を見ながら、彼らを取り巻く環境を変化させることに積極的です。そんな幼稚園を観察することで、幼稚園・先生・園児がどのように影響しあいながら変化していくのかを観察したいんです。
どのような変化に注目しているのでしょうか?
一番重要視しているのが時間的な構造です。幼稚園というのは小学校や中学校とは違い、時間割がありません。ですから、どのようなカリキュラムで子どもを育てていくかは自由度が高く、重要です。
特に時間という視点で幼稚園を捉えるときに重要なのが、行事の存在です。行事は期限を設けて園児にプレッシャーを与えます。時間という面で自由であるはずの幼稚園で、時間の区切りを入れるのです。
行事は日本独自のもので、欧米ではあまり見られないものです。しかし、行事が園児の発達に与える影響について今まで十分に議論されていませんでした。そこで、私は行事を一つの手がかりとして、幼児が育つ場所としての幼稚園をとらえようとしています。
<写真提供:川田さん>
なぜ実験室ではなく、幼稚園での研究を選んだのですか?
幼稚園でしか分からないことがあるからです。子どもの発達には段階があります。3歳までの乳幼児がどのように人格の"根っこ"となる部分を作るかは、実験室内でも調べることができます。
今まで私も実験室内で、乳幼児の心に関する実験を行ってきました。例えば、乳幼児の目の前で大人がレモンを食べて、それを見た乳幼児がどのような反応を示すかという実験をしていました。この実験で、乳幼児の共感能力について明らかにすることができます。
しかし、3歳以降の幼児の発達では、ほかの幼児や先生などとの関係性が重要になります。ですから、実験室での研究だけでは不十分なのです。実験室内は幼児にとってはかなり特殊な場所です。そこで、普段幼児が生活している幼稚園で調査することで、幼児の発達をより深く調べたいと思っています。
(調査では幼児が気になりにくい小さいカメラを使用。カメラで動画も撮影しますが、ノートでの記録も必須です)
今後の展望をお話ください
今はまだ自分の足場を崩しているところですね。これまでのやり方に縛られていては研究できません。今後2年間で、次の研究のための概念、方法論が見えればいいかなと思っています。でも、幼稚園で幼児の様子を調べることは、実験室での研究よりずっと難しいものです。ですから研究結果はこれまでより出にくくなってしまいましたね(笑)。
(川田先生はカピバラ好き。カピバラグッズが研究生活を癒してくれます。)
でも、一旦難しい研究テーマに取り組まなければ、その後良い研究結果を出して、研究者としてステップアップすることはできません。これは、子どもの成長と同じですね。
もう一つやりたい事は、幼稚園の現場の方が違う強みを持った専門家として平等に参加できる研究です。研究というと、研究者が現場の方に上からものを言う感じになることもあると思います。そのせいで、現場が疲弊してしまうこともあります。研究者と教育現場の方が、一緒に概念や研究手法を作り出していくことで、もっと研究と教育現場を活性化させたいと思っています。
—–
新しい事にチャレンジする川田先生に刺激を受けました! ありがとうございます。
※ ※ ※ ※ ※
この記事は、岡村一輝さん(医学部1年)が、一般教育演習「北海道大学の「今」を知る」の履修を通して制作した成果です。