CoSTEPとダイバーシティ・インクルージョン推進本部の連携企画、ロールモデルインタビューFIKA。
FIKAとは、スウェーデン語で甘いものと一緒にコーヒーを飲むこと。
キャリアや進む道に悩んだり考えたりしている方に、おやつを食べてコーヒーでも飲みながらこの記事を読んでいただけたら、という思いを込めています。
シリーズ11回目となる今回は工学研究院の伊藤真由美さん。
人生の浮き沈みがないと笑いながら話す伊藤さんは、そのキャリアのほとんどを出身研究室である資源工学で築いてきました。フィールドである鉱山へ行くため海外出張も多い中、週2日のジム通いや夏はゴルフ、冬はスキーを楽しむなどプライベートもアクティブに過ごしています。
【森沙耶・いいね!Hokudai特派員 + ダイバーシティ・インクルージョン推進本部】
地球環境への興味から進んだ資源工学
小さいころから地球環境に興味があり、小・中学校の頃は『風の谷のナウシカ』の影響もあり、社会的にも問題提起されていた時代だったとのこと。
「父が中学校の理科教師だったこともあり、自然や天文などに興味があり理系への進学は自然な流れでした」と自然と理系の道を進んでいた伊藤さん。
入学当初は専門分野にわかれず、後で選択できるカリキュラムが自分に合っていると思い、総合入試理系(当時の理二系)で北大に進学。出身は栃木ですが、両親からは「高校を出たら自立しなさい」と中学時代から言われており、実家から遠い北海道での一人暮らしは自然な流れでもありました。
大学入学後は競技スキー部に在籍し、冬は日帰り合宿で朝6時に家を出て、夕方帰ってくる、そんな多忙な毎日を送っていたそうです。
学部選択が迫った2年生の終わりに競技スキー部の先輩の話を聞き、農学部や工学部でも興味のある地球環境について研究できると聞き、最終的により自分の興味に近い分野であった資源循環の切り口から工学部を選択しました。「競技スキー部の女性の先輩に資源分野に進んだ方がいて、お話を聞けたというのも選択した理由の一つかもしれません」と伊藤さんは振り返ります。
4年になると研究室に配属され、伊藤さんは資源再生工学研究室1)に進みます。資源工学では資源を掘る、砕いて分ける、そこから製品を作る…というように色々な段階がありますが、伊藤さんは鉱山などで採掘された鉱石に含まれる鉱物を分ける技術について研究する「選鉱」に興味を持ち、卒業研究では銅の鉱石をバクテリアを用いて溶かす手法について研究を進めます。
学振が背中を押した博士課程進学
所属していた学科・コースでも競技スキー部でも理系の学生は修士課程へ進学する人が多く、伊藤さんも自然な流れで修士課程に進学。修士1年の終わりのころ、企業で研究者になろうと指導教員に相談したところ、「企業の研究者と大学の研究者では取り組める研究内容がかなり違う。大学の研究者になったほうが自分の好きな研究ができるのでは?」と博士課程への進学を勧められ、進学することにしました。
博士課程に進むには学費がかかるため、親へ負担をかけたくなかった伊藤さんに、指導教員は学振(日本学術振興会特別研究員制度)を使って進学する方法を提案してくれたといいます。
「当時はまだ学振がメジャーではなくて情報が少なかったのですが、先生が制度や申請に必要なことなどを色々と調べてくれました」と伊藤さん。
そのサポートのおかげで学振に採用され、博士課程からは金銭的にも親元から自立して研究を進められるようになります。
研究者を志した理由について「とにかく実験が好きで、仮説を立てて、考えながら手を動かして、メカニズムを解明する研究の醍醐味」に魅了されたといいます。
そして鉱山の現場で困っていることが研究室に来るので、研究成果がすぐに現場で役立てられることもやりがいになっているといいます。「チリやペルーの鉱山で『銅と鉛と亜鉛を分離したいのに、通常の方法ではできません。しかも、その原因がわからないんです』というようなお話をいただきます。そこで、私たちはそれを実験室で再現し、解決策を提示するのです」伊藤さんは考えられる原因をいくつも挙げて、それを実験室で再現していき、失敗を繰り返しながら原因に行き当たったときにはとても嬉しく、自分たちの研究が役に立つ現場を想像しながらの研究が楽しいといいます。
リサイクル研究で博士号はまだ早いと言われ
博士課程進学後は、リサイクルについて研究をしたかったものの、まだ分野として成熟していなかったこともあり「リサイクルで博士号は難しいだろう」ということで、石炭層に含まれる硫黄をバクテリアを用いて取り除く技術について研究することになりました。
プライベートでは博士課程2年の時に競技スキー部の同期で学科も一緒だった同期と結婚。いわゆる学生結婚でしたと伊藤さん。結婚のタイミングについて「研究室の先生たちはみんな結婚が早く、まだかまだかと急かされていたんです」と笑います。
博士号取得後は早稲田大学に研究員として所属しながら企業の石炭研究所で高効率な石炭発電をするために石炭をきれいにする方法について研究していましたが、ほどなくして北大の出身研究室で助手として採用され、北海道に戻ってきます。
伊藤さんは「夫は転職や異動することで私のキャリアに合わせて一緒に暮らす方法を取ってくれています。それには夫が工学部出身で技術士を持っており、専門性の高い仕事をしていることが大きいです」と話します。
「私は海外出張が多く、夫は主に北海道内の出張が多いので『いま、どこにいるの?今日ご飯いるんだっけ?』という混乱がよくあります」と伊藤さんは笑います。
海外出張では鉱山の採掘現場に行くことが多く、留学生の母国の鉱山に調査に行ったり、海外のインターンシップの引率や共同研究でいくこともあるといいます。
まだ早いと言われたリサイクル研究もこの20年ほどで大きく発展し、都市鉱山と言われる家電製品の廃棄物中に含まれるレアアースなどの回収技術など、研究のフィールドも多様になってきています。
現在研究室で扱っているおよそ10の研究プロジェクトのほとんどが企業との共同研究だといい、一つのテーマにつき先輩・後輩で3~4名のチームを組んで実験に取り組みます。このシステムは伊藤さんが学生だった頃から変わらないといいます。
どんな分野とも結びつく工学分野の可能性を広めたい
留学生として学んでいた研究室OBが自分の国へ戻り大学の先生になっているので、企業との共同研究の他にも世界各地にいるOBとの共同研究もできるのが強みといい「現地調査や国際学会での発表など海外に行く機会は多いです。研究室には海外に行きたい学生が来ることが多く、これまでもジンバブエ・モザンビーク・タイ・インドネシア・モンゴルなど世界各地のフィールドで調査を行ってきました」と話し、近年はその知見を活かしてサンビアをフィールドに行われた北大内の学際研究プロジェクトにも参画しました。
女性の少ない工学部でキャリアを重ねていくことに苦労がなかったか尋ねると、学科の中で協力し合いながら研究を進めていくという土壌ができていたため、特段女性だからといって困ったことはなかったと伊藤さんはいいます。
一番仕事の変化が多かったのが助教から准教授のときだったといい、「准教授になると学部と大学院の授業を持ったり、教授会への出席などが増えるので仕事量の変化が大きかったですが、准教授から教授になったときはさほど変わりませんでした」と振り返ります。
現在は北大の12学部の中でも一番女子学生比率が低い工学部で、女子学生を増やす取り組みにも積極的に関わっているということで「工学部は医療も宇宙も生物も何でも結び付けて取り組むことができます。工学に一見関係ないように思える分野でも実は工学部で研究が行われていることが知られてないだけでたくさんあるので、もっと工学分野の可能性の広がりを学生の皆さんにも知ってもらいたいです」と話します。
2023年4月からは女性初の北大工学研究院副研究院長としても活躍している伊藤さん。キャリアと共に責任は増えても軸をぶれずに研究を楽しむ姿がとても印象的でした。
FIKAキーワード 【工学部の女子進学率】
伊藤さんが所属する北大の資源循環システムコースは学部2年が11%、学部3年が6%、学部4年が17%、修士1年が22%となっており、海外の研究室OBに自国の同分野の女子進学率を聞いたところ、
韓国:学部4年31.4%、修士1年62.5%、教員0%
タイ:学部4年23%、修士課程27%、博士課程33%、教員17%
フィリピン:学部4年50%、修士1年44%
というように、韓国は女子学生比率の高さに比べて教員は0名となっており、タイはどの学年・教員においても比較的高い水準、フィリピンでは女子学生比率が総じて高く、数値は不明なものの女性教員も多いことがわかった。
注:
- 学科・コース・専攻という名称が変化しているため、文中では学科という単語に統一していますが、伊藤さんの学部時代は「工学部 資源開発工学科」、現在の工学部では「工学部 環境社会工学科 資源循環システムコース」(学部生)、「工学院 環境循環システム専攻」(大学院生)が正式名称です。