フィンランドにおける死者と関わるうえで重要なものである「カルシッコ」を研究されている田中佑実さん(文学研究院 文化人類学研究室 助教)。前編では、田中さんにカルシッコとは何か、その歴史・現状、研究、またそれに伴う苦労に関する話をお聞きしました。この後編では、田中さんがフィンランドで学んだ自然や樹木との関わり方、田中さん自身の木との関わり、これからの展望についてお聞きします。謎多き田中さんの内面に迫っていきましょう。
【神谷遼・総合理系1年/中川実優・教育学部1年/湯本瑛木・総合理系1年】
田中さんは北大でフィンランドの研究をされているわけですが、フィンランドと北大の共通点はあると思いますか?
共通点として、人々と森の近さがあると思います。フィンランドの人たちは、「森」と聞いても頑張ってハイキングする場所、というイメージは抱かず、普段着でふらっと行けるような、身近な場所というイメージを持っています。フィンランドには、だれでも森でキノコやベリーなどを摘んでいい、万人の権利というものがあるので、彼らは日常的に森へ入って行きます。そしてこの北大も、ときに森のようだと感じます。札幌は都会だけど、北大には緑が多く残っていますよね。
九州に住んでいた時よりも断然、北海道にいる方が森に入って行く機会が多いです。ギョウジャニンニクなどの山菜や白樺の樹液を採ったり、猟師さんと狩猟に行ったりもします。北海道では、自然から何かをもらうということが日常的に染みついている気がします。
森からの恩恵があることが北大とフィンランドの共通点だとすれば、それは人々の心の状態にも影響していると思いますか?
森があるとやっぱりリラックスできますよね。フィンランドの人たちは、例えばカッとなったりすると森に行くという人がいます。森でちょっと冷静になる、リラックスするんです。心を落ち着かせてくれる場があることは北大とフィンランドの共通点だと思います。
先ほどはフィンランドと北大の共通点を教えていただいたのですが、北大、もしくは日本とフィンランドの違いについて何か田中さんが感じられたことはありますか?
フィンランドでは樹木と人の繋がりが強いと感じていて、お気に入りの木がある人もいます。初めてフィンランドに行ったとき、ホストファミリーに木のことを聞きました。「お気に入りの木ありますか?」って。そしたら、「ある」と言って、彼女がフィンランドで初めて私にそのお気に入りの木を見せてくれて、何かそこでやっぱり樹木に注目したいと思いました。
今、田中さんのお気に入りの木ってあったりするんですか?
今は…ありますね。…でも長らくなかったんですね。私もお気に入りの木が欲しいなと思っていて、フィンランドでも日本でもずっと探していたんですけど、意外と見つけづらかったです。それはなんでだろうと考えたりしましたが、自分はずっと同じ場所に住んでいるわけではないので、地面に根を張っている木と関係を結ぶのはちょっと難しくて、それでなかなかお気に入りの木がありませんでした。でも去年あたりにできて、とても嬉しかったです。
そのお気に入りの木と田中さんにはどのようなエピソードがあるんですか?
その木は、私が小さい時に祖母と一緒に植えた椿の木です。それが私のお気に入りの木ですね。その木は祖母の家の庭の一角に植えられていて、祖母の家に行くたびに見ていましたが、一回も花は咲いたことがありません。そして去年の1月25日、祖母が亡くなったんですね。やっぱり家って人が住まないとすぐ崩れていくんです。何かこの家がなくなってしまう前にこの木だけは何とかしたいと思いました。そして去年の夏に父とスコップを持って根っこから掘ってみましたが、花が咲かないとはいえ20年ぐらいは経っているので、根は下の方まで伸びていました。途中で根を切らなければならなかったけれど、それでもなんとか掘り起こしました。それを今は植木鉢に植えなおして長崎の実家に置いています。父が肥料などをあげて世話をしてくれているので、花が咲くといいなと思っています。それが今やっとできたお気に入りの木ですね。思い入れがないと、なかなか木と関係を結ぶのは難しいと感じました。
先ほどお気に入りの木についてホストファミリーから聞いたエピソードがありましたが、それ以外にフィールドワークでの思い出はありますか?
フィールドワークでは人と関わることがいつも楽しいです。人と関わると、自分が知らないことを知ることができる。例えばクリスマスやハロウィーン、復活祭や夏至祭、地域のイベントなど、行事ごとにホストファミリーや色んな人々と一緒に過ごしたり、人々の日常に足を踏み入れるという経験を私はいつも楽しんでいます。その全てがフィールドワークでの思い出です。
そのような現地の人と直接交流する研究姿勢と人類学とのつながりについて教えてください。
人類学のフィールドワークは、どっぷりその場所に浸って、人々を取り巻く世界を内側から知ろうという姿勢で行ないます。それがこの世界を揺るがしてくれるというか、自分が持っているあたり前を揺さぶってくれます。人類学のフィールドワークは、世界の見え方はひとつではないということを、経験的に気づかせてくれるものですし、現地の人々と直接交流するという私の研究姿勢でもあります。
交流した現地の人にこれからしていきたいことなどはありますか?
私の中でベストだと思っているのは、この『死者のカルシッコ フィンランドの樹木と人の人類学』をフィンランド語で出版することです。フィールドの人々に日本語版の本は送りましたが、日本語だとやっぱり彼らにとっては物足りないですね。この本を出版する前に、「自分はあなたたちのところに来て、こういうことを考えました、こういうことを学びました」というのを言いたくて、フィンランド語で冊子にして渡しました。それはやってよかったと思っています。いつかフィンランド語版を出せたらいいですね。
これから研究をしていく上で、目標などはありますか?
目標というか、私が追い求めているテーマは樹木と人で、これはずっと変わりません。この本を書いたときに、樹木と人の精神的な側面が強かったと感じていて、でも木と人のつながりって決してそういう精神的な部分だけじゃないとも思っていて。実際フィンランドは林業で支えられているし、人々も木を伐って生きています。これって精神的な側面と物資的な側面が切り離されているように見えてしまうのですが、でも本当は繋がっているんじゃないかと思っていて、それが繋がる地点を見てみたいというのが今の私の目標です。
最後に
取材の中で、今の北大生がやるべきことも伺ったところ、「一つ目は本を読むこと。本を読むと新しい気づきがあって、それも一つの経験だといえます。二つ目は、札幌キャンパスはかつてアイヌの人々のコタン(集落)で、生活圏であり、縄文時代からずっと人が住み続けてきた場所であること、それを知ったうえで四年間学んで行くこと。三つ目は、大学生活の中で興味があることに積極的に挑戦し、楽しむこと。経験は私たちの血となり肉となります。それは人類学の研究でも大事にしていることです。一人でも、友達とでも、パーッとどこかへ行ってみる。そこで出会った景色や経験は忘れがたいものになると思います。」とのメッセージをいただきました。温かい雰囲気で、取材班を迎えてくれた田中さん、ありがとうございました!
この記事は、柿本心優さん(法学部1年)、神谷遼さん(総合理系1年)、小林咲月さん(経済学部1年)、中川実優さん(教育学部1年)、平見琢翔さん(総合文系1年)、湯本瑛木さん(総合理系1年)が、一般教育演習「北海道大学の“今”を知る」の履修を通して制作した成果です。