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#127 アイヌを識る(5)~二風谷で育った研究者、教育から先住民族を読み解く~

アイヌ民族の文化継承には多くの課題があります。私たち取材班はアイヌが歩んできた歴史を調べるために、二風谷を訪れました(第1・2・4回参照)。取材を進めていくうちに、文化継承の教育に関する課題を、北海道各地でのフィールド調査によって明らかにしようとしている人がいると、複数の二風谷の方々から聞きました。現在、教育現場に身を置いている私は、アイヌが歩んできた教育の歴史と、これから必要とされる文化伝承の課題解決の糸口について興味を持ち、取材をすることにしました。

その方、ジェフリー・ゲーマンさん(メディア・コミュニケーション研究院 教授)は、平取町二風谷を中心に調査を続けていく中で、社会背景や経済状況、言語など様々な異文化間の軋轢があることを知ったと言います。

【田渕久倫・CoSTEP本科生/社会人】

消滅の危機にある言語や文化

アイヌ語をはじめ、世界には約2,500の言語が100年以内に消滅する危機にあるとされています。これらは母語話者の減少や英語などの広範囲で通用する言語の拡大によるものです1)。アイヌ語の場合、明治以降の同化政策をきっかけに、アイヌ語話者は激減し、社会や教育現場での差別も激化し、最も消滅危機の状態にある言語と分類されました。

ゲーマンさんはアイヌ語が消滅危機に至った経緯や、現在の課題やその解決方法について、2012年に報告書2)を作成しました。そこでゲーマンさんは以下のように述べています。

アイヌ語を継承していくことはアイヌの人々にとって、単なる技術的な過程では決してなく、自分のルーツへと戻る手段であり、旅であり、アイデンティティの本心を表すもっとも直結した方法(中略)ということがひしひしと伝わったのである。

ゲーマンさんはどのような経緯でこのような視点にいたったのでしょうか。

(アイヌをはじめとする先住民族学について語るゲーマンさん)
二風谷に引き寄せられて

ゲーマンさんはもともと日本の小学校の教員になることを夢見て、大阪教育大学で教育学を学んでいました。しかしある日、交流にきたアイヌの青年から、北海道の教育現場でのいわれのない差別の事例を聞きます。これがきっかけで、研究の切り口を人権問題と先住民族学にしました。先住民族学とは、先住民が歩んできた歴史や現在の課題、そしてその解決方法について研究する学問です。

2003年に卒業して故郷のアラスカに戻り、アラスカ大学の修士課程でアサバスカン民族などについて学んできました。そこで、近代化において先住民族が異文化間の軋轢をもっとも受ける場所が教育現場であることを知り、自分も何かできるのではないかという熱い思いを持ち始めました。この先住民族と教育の関係について研究するために平取町の二風谷を初めて訪れたのです。

(研究室の本棚には、エゾニュウで作られたアイヌ民族の楽器「エニュド」が置いてあります)
二風谷での出会い

ゲーマンさんは平取町やむかわ町を主な調査対象としながら研究を進め、中でもアイヌ文化が色濃く残っていると聞いた平取町の二風谷で長期調査を行うことにしました。ゲーマンさんが最初にお世話になったのが吉原秀喜さん(平取町役場 アイヌ施策推進課 イオル整備推進係)です(第2回参照)。そしてゲーマンさんは、吉原さんから「一つのものだけを見てアイヌの文化継承やアイヌ教育の全体像や文化伝承の課題の把握はできない」と言われたことをきっかけに、二風谷だけに留まらず、帯広や阿寒などの北海道各地を歩いて情報を集めました。

2006年からは九州大学の博士課程に在籍し、平取町立二風谷小学校のアイヌ文化学習や地域のアイヌ語教室などの先住民族教育の実践事例について、本格的にフィールド調査を実施しました。修士・博士課程の5年間で二風谷滞在期間は合計20ヶ月以上にもなりました。

二風谷の人たちとの関わりが増えていく中でゲーマンさんは、動物の魂であるカムイを神々の世界に送り帰すアイヌ儀礼のイオマンテを再現するプロジェクトに参加したり、アイヌの祭具のひとつであるイナウ削りを教わったりと現地の人とのコミュニケーションを大切にしてきました。

(本棚に置かれたイナウとイクパスイ(神や先祖にお神酒を捧げるときに使う儀礼具)はアイヌの方からいただいたもの。シベリア先住民族の人形はベラルーシの留学生から)

また、フィールド調査においては古老の存在が大きいと言います。ゲーマンさんの故郷であるアラスカ地方には、「古老が亡くなることは街の図書館が一つなくなることと等しい」という言葉があるそうです。だからこそ、ゲーマンさんは直接古老や現地の人から情報を集めることを大切にしています。

先住民族の文化継承の未来

しかし、古老と呼ばれるアイヌの方々も年々減少し、調査はもちろん、文化の継承も難しくなっています。ゲーマンさんの報告書2)では、アイヌ語の保存・継承の状況背景には以下の三つの課題があるとされています。一つ目は財政上の問題、二つ目はアイヌ語の教育・継承取り組みの位置付けの曖昧さ、三つ目が和人とアイヌの関係性の曖昧さです。

北海道教育委員会からの財政支援を受けて運営されていたアイヌ語教室は、一時期とても盛んに活動していました。しかし、補助金の停止などにより、アイヌ語教室は運営困難になっています。現在北海道には大学生を対象としたアイヌ語関連講座は少なくとも7大学で開講されています。また、地域でのアイヌ語教室もあります。しかし、初等教育や中等・高等教育はもちろん、一般市民に向けたアイヌ語・アイヌ文化の普及は十分とは言えず、アイヌ語教育の拡大を望む声は現在も絶えません。ゲーマンさんによる調査アンケートでも、アイヌの父母から「子供の教育が大人よりも重要なので、一般の学校教育にもっと取り入れてほしい」という声があります。

アイヌ語教育拡大の二つ目の課題は、アイヌ語を学ぶことの意義の所在が不明確であることです。社会での活用場所がないことや経済的なインセンティブがないことなどにより、学習者は継続的な学習を維持することが困難なのです。

和人がアイヌに対して強いてきた行為は様々な軋轢を生みました。時代が過ぎ去ろうともその事実が消えることはありません。しかし、アイヌ語教室をはじめとする文化保存活動はアイヌと和人の協力がなくては実現しません。そのために、知識を深める場だけではなく、アイヌと和人双方のより良いコミュニケーションの場を創出することが求められています。これが三つ目の課題です。

ゲーマンさんはこれからのアイヌ文化の教育について、アイヌ民族は幼稚園から大学院までずっと民族教育を受けられる制度があるべきだと言います。そして、アイヌ以外の人がアイヌ語を学ぶ際は、謙虚な心とアイヌの精神を次の世代へと受け継ぐという想いを持ってアイヌ語を勉強してほしい、と文化継承への気持ちを語ってくれました。

(取材の様子。左は筆者。ゲーマンさんだけでなく関係する方々を最大限知ることに努めました)

ゲーマンさんは、大学院生を連れて今でも二風谷を訪れています。二風谷に行くことは研究というより教育です。北大生が二風谷に行ってアイヌの歴史と文化を正しく学び、アイヌの教育的取り組みを知る環境を作ることを目指しています。そして、研究室、北大さらには北海道が人種的、社会的に多様性あふれた環境になることが願いです。

(2017年、短期留学で世界中から集まった留学生とESDキャンパスアジア・パシフィックの二風谷フィールドワークでの記念撮影)

5回にわたってお伝えしてきた特集記事「アイヌを識る」。いよいよ次回が最終回です。現在進められているアイヌ語の普及・教育についてお伝えします。

《第6回に続く》 

参考文献:

  1. UNESCO(国連教育科学文化機関)“Atlas of the World’s Languages in Danger, 3rd ed.” 2009(web版)
  2. ジェフリー・ゲーマン「危機的な状況にある言語・方言の保存・継承に関わる取り組みなどの実態に関する調査研究事業(アイヌ語)」『現在のアイヌ語保存・継承の状況背景』,2,2013

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2019.05.27

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