「人口減少時代のまちづくりのあり方として「まちの整体」がある」私たちがインタビューした森傑さん(工学研究院 建築都市部門 空間デザイン分野 教授)は、そう述べています。まちを人間として捉えた「まちの整体」という考え、またその発想に至った経緯は、私たちの関心を引き付けるものでした。
【小栗一希・法学部1年/松嵜泰智・工学部1年/早川竜平・総合理系1年】
建築士って実は…
僕は一級建築士の資格を持っているんだけど、一級建築士って言われたら住宅やビルを設計したりデザインしたりするというイメージをもちませんか。実は、守備範囲はもっと広いんです。内装だけのインテリアデザインから、施設、地区の計画や住宅地の計画、それに都市計画まで全部含まれてくる。つまり広い意味で言うと建築は、私たちの生活する環境をデザインする分野として捉えたほうが良いかなと思います。
北海道は予想以上に深刻!?
僕は関西の大学で学んでいて、着任したのが北大なんですよ。北海道にきてリアルに「あーこれが人口減少なんだな」と実感したんです。北海道ってあと20年で人口が3分の2になるんですよ。これは3軒に1軒が空き家になるってことです。一方、札幌の人口はほとんど減らない。ということは、残りの市町村では人口が2分の1になるところも出てくる。北海道の人口問題はこれほど深刻なんです。地域の人口減少に対して建築の専門家の立場からは、住んでいる人たちがいなくなってしまう建物をどうするのか、人が減っていく中で住民の生活の質を落とさないようにするためにはどうするのかっていうことを考える。北海道の人口減少は他の地域よりも進んでいるということは、研究者、専門家として問題の最先端を扱っていることになり、やりがいを感じています。
コンパクトシティから「まちの整体」へ
日本では一般的にコンパクトシティという、人口に見合った規模にまちを縮めていく考え方が主流になっています。しかし、そもそも北海道の市町村には小学校や役場といった施設が一つしかないので、これ以上縮めることは難しい。つまり、都市自体が既に小さい北海道の市町村にはコンパクトシティのセオリーを適合しにくいのです。
ここで私はまちを人間に見立てる「まちの整体」の考えを提唱しました。これは「まちは人がいて初めて成り立っている」という点に着目した考え方です。人間は生まれて、成長し、そして死ぬという一生を送るよね。まちも同様に、人が集まって、形成されて、人口が増え、大きくなっていく。一方で、未来永劫続いた都市って実は存在しません。人口減少や高齢化は、まちが老いているということ。まちに寿命があるとすれば、どのような余生があるのかを行政もそこにいる住民も一度は考えなければならないと考えています。
ドーピング
地方都市は60年代の高度経済成長期に東京や大阪などの中央都市と同じように発展していくことを求められてきました。そのための交付金や補助金がつぎ込まれ「ハコモノ」と呼ばれる公共施設が増えていきました。私はこのような現象を「ドーピング」と表現しています。たとえるなら、体が小さい人間が体の大きなラグビー選手になろうとしてたくさんご飯を食べ、朝から晩まで練習して筋肉をつけていくような感じです。しかし、人口減少のため交付金や補助金が減額され始めました。ハードなトレーニングを急にやめると関節が痛くなったりするのと同様に、今の地方都市は補助金で肥大化してひずんでしまっているのです。そういう風になってしまった地方のまちをもう一度整え直そうとするのが「まちの整体」という考え方です。
なぜ「まちの整体」?
僕、生まれた頃からずっと競泳をやっていてインターハイ選手にもなったんです。運動を通じて自分の体に見合う筋肉の鍛え方や付け方に配慮してきた経験があるんですね。だから「まちの整体」という発想が容易に浮かびました。今の研究や仕事で考えてることと、これまでの自分の人生経験は結びつきますよね。
「スピード」という課題
建築から生活環境の更新を考えていくときに、最も大きな課題だと感じているのは「スピード」です。人口減少や過疎化の急速な進展に対してまちの住民や行政、そして僕を含めた専門家が、まちや生活の変化を想像しきれてないんです。想像できていないゆえに、変化に追いつくような制度やシステムを作れていないことが一番の課題かな。
まとめ
森さんは人口減少と過疎化に対して、建築の側面からアプローチしてきました。とりわけ、人口減少に合わせた新しいまちづくりの考え方「まちの整体」は、私たちの心に強く響きました。今、我々が次の世代に向けてどのような行動をとり、何を残していけばよいのか、考えさせられる時が来ているのではないでしょうか。
《後編へ続く》
この記事は、小栗一希(法学部1年)、松嵜泰智(工学部1年)早川竜平(総合理系1年)が、全学教育科目「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果物です。