ゲームブックと地図、そして集団移転。これらは一見何の関係もないように感じます。まちの整体について森傑さん(工学研究院建築都市空間デザイン部門教授)に伺った前回の記事に引き続いて、本記事では森さんの「今」を形作った考え方について、3つのアイテムから語っていただきます。
【遠藤綾乃・総合理系1年/鈴木世莉奈・総合理系1年/村田凌・医学部1年】
想像から繋がる「建築」への糸口:アドベンチャーゲームブック
このゲームブックは、書いてある指示通りにページを行ったり来たりしながら進むもので、小中学校のときにはまっていました。
今のゲームって、リアルすぎて想像の余地がないから、全然面白くないんですよ。それに比べて、昔のゲームブックは地図も絵も何もない。だから、ゲームブックの中の世界を想像して、マップとかストーリー、物どうしの位置関係などを自分で書き出したりしていたんですよ。最後には、自分でゲームブックまで作りました。この経験は、自分自身が環境に能動的に関わり生活環境をデザインする今の「建築」の仕事に繋がっていると感じています。
見方の変化=印象の変化:逆さ地図
「逆さ地図」は、中学生くらいの時に父から「オーストラリアの世界地図って北と南、逆なんだぞ」と聞いて興味を持ったんだよね。例えば地図を横にして北海道から見たら、大阪とロシアのカムチャッカ半島が同じくらいの距離なのが見えてきます。
こんな風に「逆さ地図」は見方や視点を変えることに繋がっている。建築の現場でも、たとえば公営住宅で生活している高齢者なら、どんな環境を欲しているかを、自分とは違う視点から考える必要があります。「逆さ地図」は、最初は面白いと思うだけだったんだけど、今は、ものの見方や視点を変えると印象が変わることを気づかせるアイテムとして、研究室の扉に貼っているんです。
建築を復興に活かす:『大好きな小泉を子どもたちへ継ぐために―集団移転は未来への贈り物』
小泉の集団移転とは
2011年3月11日の東日本大震災後、津波で流された家を安全な場所に再建するために、多くの集団移転事業が立ち上がりました。その中でも僕が関わった小泉の移転事業は、他が国主体で復興を進める中、専門家が住民と一緒に考えて議論して、生活を重視したまちづくりをしている点で、全国的に注目されてきました。
震災の経験を活かして
僕自身、阪神淡路大震災の経験者なんです。だから震災当日、専門家として自分にはなにができるのか考えました。阪神淡路大震災のときにはボランティアが殺到して大混乱が起きたんです。だから、今すぐの復旧ではなく、今後の復興のお手伝いをしようと思いました。そのときに、小泉の集団移転の力になってほしいと連絡をいただいたんです。
集団移転は「未来への贈り物」
僕はまず、被災した住民の皆さんにあえてこんな問いかけをしました。「小泉はすでに過疎化が進んでいる集落でしたよね。そんな集落を、何十億のお金をかけて移転することの意味は何ですか」と。 この問いかけをすることで僕は、住人の皆さんにもう一度、移転について考えて欲しかったんです、復興したまちに住むのは、あなた方ではなく、あなた方の孫の世代なんだということを。 集団移転は自宅再建ではなく「未来への贈り物」、そう思ったほうが、みんな復興に前向きになれるんですよね。
限界を超え、未来へと続いていく小泉
被災者の方々は不安定な生活をしているから、拠り所や希望が欲しいんですよ。小泉のプロジェクトは極端な話、僕が希望っていう旗を持って先頭を歩いているようなものです。このプロジェクトがうまくいく確信はないから、不安もあります。でも移転後の住宅地に、もとは別の場所に住んでいた人たちが「小泉なら安心できる」と選んで移って来てくれました。特に子供づれの世帯が来てくれた時は、もともと限界集落って言われていた小泉が続いていく、ジェネレーションが繋がることを感じてすごく嬉しかった。
住みやすいまちにかっこよさはいらない
移転先の新しい環境に馴染むために一番大事なのが、その環境に対して能動的に関わることなんですね。例えば、仮設住宅にどれだけ自分のものを持ち込めるかとか、そういうことが大事なんです。だから僕は、かっこよいまちよりも、住人がカスタマイズしやすい・したいと思えるまちをつくるにはどうしたらいいのかを常に考えるようにしています。
「逆さ地図」と「ゲームブック」、この2つのアイテムが森さんに柔軟な発想力を与え、森さんはこの発想力を用いて小泉に希望を与えました。そうして今度は小泉が、次世代へ希望を繋げていく——建築には関係の無いように思われたこれらのアイテムこそが、森さんと、森さんの成した事の原点だったのです。
この記事は、遠藤綾乃(総合理系1年)、鈴木世莉奈(総合理系1年)、村田凌(医学部1年)が、全学教育科目「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果物です。