今回、私たちは「社会医学」の第一人者である西浦博さん(北海道大学大学院医学研究院 教授)にインタビューしました。前編では西浦さんに、数理モデルで感染症予防に取り組む研究についてお話しを伺いました。後編では、西浦さんの研究者として、医師としての生き様を表す歌やマラソンについて掘り下げます。
【恩田昂輝・総合理系1年/牧野日郁・総合理系1年/高橋梨緒・法学部1年】
西浦さんはスガシカオさんの曲が好きだと伺ったのですが
私は90年代頃、学生のときにスガシカオさんの曲に出会いました。彼の歌詞って、仲のいい人たちと、お酒片手に熱いまじめなことをぶわーって話すときの言葉に似てるんですよね。素直な感情や思いの丈が、ひとひねり加えられて表現されているんです。中には、ただひねくれてるだけの歌詞もあるんですけど(笑)。彼は歌詞の中で、頑張ろうって直接言わないんですね。『ヒットチャートを駆け抜けろ』の歌詞「生きてゆくために何をすればいいかなんて、ぼくの父さんだってきっとわかっちゃいないのに、さんざん欲張ってぼくがたどりついたのはどっかで聞いたような、サルマネのコンセプト」とか(笑)。その通りなんですけど、少しひっかけないと出てこないようなフレーズですよね。趣向を凝らした気持ちのいい言葉なんですけど、嘘は言っていないあたりにとても好感が持てます。こういう深い歌詞を書いている人が一定の形で売れたっていうのが、捨てたものじゃないなって驚かされましたね。
彼はサラリーマンから歌手に再挑戦した人で、その当時の葛藤とか決意を素直に詩に書いてくれています。だから、自分が何か大きな決断をしないといけない時に、彼の曲を聞いていると、自然に心に入ってきますし、すごく同意できるんですよね。実際、私も海外が長くなる前に、「しばらく日本に帰れなくなるな」って悩んだ時があったんですけど、彼の歌を聴いていたらそんな不安はなくなりました。
スガシカオさんの『ストーリー』の歌詞で、「変わっていくこころ、変わらない願い」というフレーズがとても印象的でした。西浦さんはこの歌詞で何か感じましたか?
みなさんは少し前まで高校生でしたよね。その頃の、どこの大学に入学して、何になりたいのかという思いは全部本物だったと思います。でも、就職をすると、自分がやりたいことをやるのか、次に進むための課題に当たっていくのかどうかは人によって違ってきます。またその都度、自分の目標や思いは変わります。つまり、自分が本当にやりたいことと、変わらないといけないことは相当違ってくるんです。そして、みなさんはその変化に対して対応していかなければなりません。「ストーリー」で言えば、「安全と冒険で君はどっちへ行く」とか「退屈と充実で君はどっちを取る」とかも印象的な歌詞ですよね。「うわっ、オレ、いまここで飛ばないといけないのかなあ」って思います。彼は、僕たちが何か新しいことをしようとしている時、背中を押してくれるような書き方をわざとしてくれています。「自分はやったぞ」っていう風に、彼は言ってくれているんです。
お勧めの本として紹介していただいた「遅いあなたが主役です」についてお話をお聞きしてもよろしいでしょうか?
この本の著作者欄に書かれている「日本医師ジョガーズ連盟」とは、走るお医者さんの団体で、各地のマラソン大会から依頼を受けて、ランニングドクターとして走っています。ランニングドクターとは、目の前で倒れた人がいた場合にAED等で心肺蘇生とか初期対応するのが仕事で、何人かの医師が等間隔に分かれて走ります。なので辛くてもスピードを落とせず、かつ常に余裕をもったスピードで走らなければいけないのが大変です。私は医師として、趣味と兼ねられるのって最高だなと思ってこのチームに入っています。街中でAEDを使う場合と比べて、マラソン大会で使う場合の方が助かる割合が高いことも興味深いところです。マラソンで倒れる場合は、心室細動といって急に心臓に負荷がかかって起こるものなので、相当な確率で心臓の動きが戻ります。なので、ランニングドクターの存在は相当意義があると思っています。僕も実際にマラソン中の措置で心室細動が戻ったところを初めて見たときは、本当に嬉しかったです。このチームでしかできない色々な経験があるので、楽しく参加しています。
色んなスポーツがある中で、どうしてマラソンを選んだのですか?
マラソンが不思議なスポーツだからですかね。普通、みなさんしんどいって言って、長距離はやらないじゃないですか。でも3キロくらい走ると、心拍数とか安定していって段々気持ちよくなってくるんです。マラソンって安定時の140〜180の心拍数を持久させて、どれだけしんどさに耐えるかという、意外と科学的なスポーツなんです。なので、トレーニング量や体重、筋肉の使い方などで大体タイムが予想できます。それと、メンタルの強さもタイムに関係しますね。ハマってしまうとやめられなくて(笑)。今ではマラソンが本当に楽しくて生き様に繋がっています。また持久系のスポーツは仕事にも役立ちます。僕らは、急に感染症の流行とかが大きく起こると一週間くらい寝られないことがザラにあるんですよね。そんなときも、マラソンやってる人たちはケロっとしています。
最後に、西浦さんが仕事で信念として大事にしていることがあれば教えてほしいです。
進路とか、この先どうすればいいのかとか、みなさん葛藤しながら生きていくと思います。これは悪いアドバイスかもしれませんが、「毎日自分が楽しいと思うことをやりなさい」ということをお伝えしたいです。もっと具体的で次に繋がるようなことをアドバイスしなさいって言われても、自分はいつもこう答えるのですが、自分自身、毎日やっていることが楽しいからです。コンピュータの前で自分の好きなモデルを書いて、自分の好きな話の研究をして、若手とワイワイやって、新しいものを生み出していって…キャンバスを自分で塗っていけるって、素晴らしいことだと思うんですよ。「これでお金もらっていいのかな?」って思います。そんな仕事に出会える人生の方がいいですよね。軌道に乗るまでは大変ですけど、スガさんみたいに「俺は絶対いける!」って思っていれば大体いけると思います。好きなことのために苦労を切り抜けていくのも、やりがいのあることですので、そこは妥協せずに頑張ってほしいです。
この記事は、恩田昂輝さん(総合理系1年)、牧野日郁さん(総合理系1年)、高橋梨緒さん(法学部1年)が、全学教育科目「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果物です。