北海道大学 水産科学研究院と北方生物圏フィールド科学センターが運営し、北海道大学総合博物館が協力して発足したユニークな教育プログラム、北海道大学バランスドオーシャン事業の教育コンテンツが一般に公開されました。立ち上げの中心となった、大木淳之さん(水産科学研究院 准教授)にお話をうかがいました。
(大木淳之さん)
大木さんが2019年度に立ちあげた、北海道大学バランスドオーシャン事業について聞かせてください。
北海道大学バランスドオーシャン事業(LASBOS; Learning and Study by Balance de Ocean System)は、オンライン教材を活用して、海の学問に関するトップサイエンティストを早期発掘、育成することを目的とした教育プログラムです。
LASBOSの目的の一つは、北大に学びにくる海外からの留学生や、北大から留学する学生を増やし、北大の国際化を進めることです。海外の学生が、北大に留学する際にLASBOSを使って事前に講義内容を学んでおくことができれば、学生が安心して北大に学びに来ることができるだけではなく、留学生を受け入れる準備をする北大の教員の負担も減らすことができます。LASBOSを使うことで、北大に留学生を受け入れる機運が高まることを期待しています。学ぶ意欲の高い優秀な留学生が北大に来るようになれば、切磋琢磨して、北大全体の教育のレベルがより高まっていくと考えています。
二つめは、研究データを用いる演習や、データ解析の演習をオンライン教材で提供していくことです。現在では、学生が実際に研究データを扱うのは、卒論に取り組むようになってからです。LASBOSを使って、学部の2・3年生から研究データを解析する機会を提供できるようになれば、研究に対する学生の興味関心が高まると思います。少々レベルが高くても、北大の学生は着実にステップアップして課題に食らいついてきます、このことが、トップサイエンティストの早期発掘につながっていくのではないかと期待しています。
(バランスドオーシャン事業のフライヤー: 提供 北海道大学バランスドオーシャン事業)
「バランスドオーシャン」の名前の由来を教えてください。
事業名の「バランスドオーシャン」は、大学の研究と教育の両立と、オフラインの対面教育とオンラインの遠隔教育をうまくバランスをとり調和させていきたいという思いを表しています。また、名称の「オーシャン」の部分は、それぞれの学問分野を海にみたてることで、学問領域を自由に行き来できるようにしていきたいという思いを込めています。そのために、オンライン教材の特性を生かして、それぞれ教材間のリンクを密に貼ることで、複数の分野を横断的に閲覧できるように工夫しています。
現在LASBOSでは、5分弱の動画コンテンツ30本ほどをYouTubeチャンネル(LASBOS YouTube)にアップしています。そして、水産科学研究院と北方生物圏フィールド科学センターの教員による研究紹介コース(教材)を30本、その他、学問基礎のコースや演習コースを含めて計300本ほどをインターネットに開放して、全世界の人が閲覧できるようにしています。オンライン教材は今後どんどん増やしていく予定です。意欲のある高校生や一般の人が、LASBOSで公開されている動画をみて、海洋学に興味を持ってくれると嬉しいですね。
次に、大木先生の研究テーマについて教えてください。
私の専門は、海洋化学です。海洋の有機ガスを調べる研究をしています。海洋の有機ガスにはいくつか種類があります。たとえば、海藻が打ち上げられた海岸付近の磯の香りの元の一つといわれているのは、硫黄を含んだ有機ガス、硫化ジメチルです。私が研究対象としているのは有機ハロゲンガスと呼ばれるものです。有機ハロゲンガスとは、海水中に多く含まれている塩素や臭素そしてヨウ素が含まれている有機ガスのことです。有機ハロゲンガスは光にあたると分解され、ハロゲン原子を放出する特徴があります。海洋の有機ハロゲンガスが大気中に放出され、光で分解されることで生じるハロゲン原子は、オゾン層破壊の原因物質になります。そのため、海から生じる有機ハロゲンガスの調査が重要になってくるのです。
海の有機ハロゲンガスをどのように調べていたのですか?
前職の国立環境研究所に所属していた時には、1年に2カ月ほど海洋観測に赴き、太平洋やインド洋の有機ハロゲンガスの濃度を調べまくっていました。有機ハロゲンガスのある成分については、亜熱帯で多く確認できたり、海のある場所で急に濃度が高くなったり、水深が深いところで濃くなったりと様々に変化することがわかりました。研究をしていくうちに海中の有機ハロゲンガスの濃度の変化には、何か特徴や法則性があるのではないかと感じるようになりました。
2011年に北大の水産科学研究院に着任しました。北大では、水産学部の練習船、おしょろ丸・うしお丸を利用した海洋観測を、北海道南西部の噴火湾(内浦湾)をフィールドにして、ほぼ毎月のように行なっています。噴火湾は年2回、外洋の亜寒帯と亜熱帯の海水が入り込み、水が入れ替わるという特徴があります。海洋学では、1970年代から噴火湾での研究が行われていて、基礎的なことはだいぶわかってきています。そこで、有機ハロゲンガスという噴火湾では誰も手をつけていない研究対象について調べることで、ユニークな研究ができると思っています。
噴火湾の有機ハロゲンガスを調査してどのようなことがわかったのですか?
ヨウ素原子(I)が二つついた有機ハロゲンガス、ジヨードメタン(CH2I2)の濃度について、噴火湾で観測を続けていると、興味深いことがわかってきました。海中のジヨードメタンの濃度は、海に植物プランクトンが増える春までは、ほとんどゼロなんですが、植物プランクトンがいなくなる6月ごろに、海洋表層の日が当たるところの直下で、1000〜2000倍に急に上昇するのです。そして、その後濃度は下がり続け、冬近くなると再びゼロ近くになる。そういう変化が毎年繰り返されていることがわかりました。植物プランクトンがかなり減る6月ごろにジヨードメタンの濃度が急に上昇するのはなぜなのか。この問いと、問いに対する仮説の検証が目下の研究テーマになっています。
問いに対してどのような仮説を立てたのでしょうか?
私は、最初、ジヨードメタンの濃度が上がるのは、海水中の日の当たらない海の深い場所にあるジヨードメタンが、鉛直的に表層に供給されるからだと思い込んでいました。しかし、海中の鉛直方向の水の混ざり具合を精密に調べる研究グループがあって、その研究グループと一緒に調査してみると、海の深いところからジヨードメタンが供給されたとしても、観測した濃度にはとうてい足りないことがわかりました。そこで、別の仮説を立ててみました。新仮説のヒントはやはり調査結果にありました。
ジヨードメタンは、太陽光で分解されてあっというまに濃度がゼロになる有機ガスなんです。だから、海沿いの大気中のジヨードメタンを測ると、夜少し濃度が高くなり、日が出る前がもっとも濃度が高くなり、日が出て昼になると完全にゼロになります。しかし、海水中では、日が当たっていても完全に濃度がゼロになることはないのです。海水中でも計算上はゼロになるはずだけど、そうならない。ということは、海水中では光が当たって急速にジヨードメタンが分解されるのと同時に、ほぼ同じ量、今度は逆に光が当たることでジヨードメタンが生成されているのではないか。このような仮説を立てて、検証のための実験や観察を行なっているところです。
この仮説が検証されるとどのようなことがわかるのでしょうか?
地球上の物質は、大気から地表に降り注ぎ、地表の成分が海に流れたり、生物に取り込まれたりしながら、再び大気に戻るように、一つの場所から他の場所へと入れ替わりつつ、また元の場所に戻っていきます。この現象を物質循環といいます。実は、海のヨウ素がどこから来てどこに行くのか、ヨウ素についての物質循環の過程はよくわかっていないことが多いのです。その謎解きにおいて、海水中のジヨードメタンが、光で合成されていることが分かれば、いままで考えられていたヨウ素循環像を、刷新することができるかもしれません。また、ジヨードメタンが生成される直前の物質や、ジヨードメタンが光分解された直後に生成される物質に注目することで、今までヨウ素循環を考えるときに、見落としていたことを発見できるかもしれません。
つまり大木さんの研究で、ヨウ素循環のしくみが明らかになるということですね。
いや、新しい謎が逆に増えてしまうかもしれません。でもその謎を解いていくのが研究の醍醐味ですね。
今回インタビューに応えていただいた大木淳之さんのサイエンス・カフェ札幌が開催されます。
第112回 サイエンス・カフェ札幌|オンライン in 函館
「地球を旅する元素のゆくえ〜大気と海、海と堆積物をめぐるヨウ素のナゾ~」
日時:2020年8月23日(日)13:00~14:00
ゲスト:大木淳之さん(北海道大学 大学院水産科学研究院 准教授)
聞き手:種村剛(北海道大学 CoSTEP 特任講師)
主催:北海道大学CoSTEP
共催:北海道大学バランスドオーシャン事業
サイエンス・サポート函館
参加費:無料
申込方法:当日直接サイトにアクセスしてください
関連ウェブサイト:https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/event/11415