新型コロナウイルスによる感染症COVID-19は今現在も終息することなく、日本だけでもこれまでに約26,000名で感染が確認されています。本学の西浦博さん(医学研究院 教授)は中国で感染症が発生した直後の1月上旬から研究を開始し、厚生労働省のクラスター対策班の一員としても対応にあたりました。
次々と発生する危機的な状況のなかでデータをかき集め、COVID-19の特徴を徐々に明らかにしていく。そしてそれは直ちに国や自治体の政策へ反映されていく。このような科学と政策のあわいにある感染症の数理疫学は、じっくりと取り組む科学研究、純粋で確実な成果を論文で発表する科学研究というイメージからは遠いかもしれません。しかし、応用重視のオペレーション研究と言われるような分野もまた研究の実際の姿です。
1月から現在までの研究の流れを、8月から京都大学へ異動する前に振り返って頂きました。
【川本思心・CoSTEP/理学研究院 准教授】
研究のアプローチや状況はどのようにかわっていったのでしょうか
研究室では、エボラウイルスやSARS、風疹などの感染症を対象に、様々な数理モデルを用いて研究しています。ただ、私たちの研究室では、あたらしい感染症がでてきて、そこに突発的なニーズができたら、一回他の研究の手をとめてもしかたないので、新しい感染症に集中して研究室全員で取り組む、と決めています。
12月末に武漢でCOVID-19の患者がでて、その後1月13日にタイ、1月16日に日本でも患者が出たときに、「あ、もうこれはパンデミックになる可能性が高いな」と考えました。そこで研究室に号令をかけて大学院生にもタスクを割り振って取り組み始めました。
最初は政策に直結しない研究の方が多いんですよ。武漢の市場で本当に感染したのかどうかを確かめるモデルをつくってみたり(2月11日公開)1)、武漢の公表データから実効再生産数2)つまり感染性を推定したり(2月14日公開)3)、死亡リスクを推定したりして論文にしました(2月25日公開)3, 4)。
この後に作ることになる、感染者数の時間変化をシミュレーションするSIRモデルをみこして、潜伏期間を確率分布として定量化することもし始めました。中国からドイツ、シンガポール、ベトナムや台湾などへ移動して発症し、二次感染を起こしたというデータを拾い集めて分析しました。一人が発病して次の人が発病するまで、どれくらい時間がかかるか、これを発症間隔といいますが、それを推定しました。そうすると、発症間隔は潜伏期、つまり感染してから発病するまでに要する期間より短いというCOVID-19の特徴がわかってきました。この頃から、発症前から感染性を有する、ということはもう明らかになっていました(2月27日公開)5)。
このように、まずどんなメカニズムでこの感染症がひろがっているのかを、本当に原理的なところで明らかにする研究からスタートしました。
データは、国などが整備したデータベースから取ってくるのでしょうか
目的にもよりますが、データは基本的に公表されているもので十分なんですよ。でも、システマティックにデータ化されているわけではないので、あちこちの行政のウェブサイトや論文から集めて自分たちでデータベースを作っています。誰かが作ってくれるというものではなく、個人レベルの努力ですね。私の研究室では大学院生が輪番で世界中のデータを集めていました。2月までは世界中のデータを対象にしていましたが、その後は確実にできるものということで日本のデータのみで作っています。
そういった1,000人規模のデータベースの立ち上げは今回、世界的にものすごい速かったですね。今までは僕たちの研究室と肩を並べる研究室はもう一つか二つくらいでしたが、今回はオックスフォード大学がリアルタイムで公開していましたし6)、これまで作っていなかったオランダの国立衛生研究所などもやっていました7)。基本的に同じデータを使って同じものを推定しているので、「先に論文を出されると投稿できなくなるよ!」と若手に発破をかけていました。潜伏期間に関する論文はなんとか先に出すことができました。1月から2月前半はみんな競争でしたね。
最初は基礎研究というスタンスだったわけですね。共同研究も行っていたのでしょうか
そうですね。もちろん本来疫学は現場や政策と強く結びついていますし、先を見越した研究でしたが、2月前半まではまだ政策に直接関わらないような基礎的な研究でしたし、論文も出せていました。でも日本は中国から近いのでいろいろな症例が世界に先駆けて多くでてきます。そうすると世界の研究者から「共同研究しよう? データ持ってるでしょう?」といっぱい言われる状況にも陥りました。それが武漢からの帰国邦人チャーター便であり、ダイヤモンド・プリンセスの事例です8)。
そこで、まず国内の研究者がきちんと連携して現場に対応しつつ、感染の自然史を明らかにするために、感染症の臨床医や国立感染症研究所の先生方20名程をあつめて、キックオフ会議を1月下旬に東京の国際医療研究センターで開きました。研究の方法は「FF100(First Few Hundred)study」と呼ばれる、2009年の新型インフルエンザの流行の時にイギリスで考えられたコンセプトです。最初の数百名の感染者の経過や、臨床データをあつめて、日本国内での伝播の特徴を明らかにする研究です。私たちの研究室では、これに関連してチャーター便のデータから発症間隔や致死率を求めて、大阪健康安全基盤研究所の三山豪士先生も共著者で論文にしました(2月4日公開)9)。
ダイヤモンド・プリンセスにはどのように関わったのでしょうか
そうこうしている間にダイヤモンド・プリンセスでの集団感染が2月3日に明らかになり、2月5日からは船内検疫がはじまります。研究として興味をもったことから、厚生労働省を頻繁に訪れて相談対応をしていたら、その中で分析の依頼を直接、加藤勝信 厚生労働大臣から受けることになりました。そうしていると、感染症対策アドバイザリーボード10)や専門家会議にも座長が指定する者として出席して分析結果をフィードバックすることになり、徐々に現場とのかかわりが強くなってきます。
ダイヤモンド・プリンセスではもっとコントロールされたデータが得られるかと思っていたら、全く違いました。手作業で必死に集められた乗船員名簿と感染の有無などが情報でした。おまけに2月3日の横浜沖のときには既に複数フロアで感染者が見られていて、かつ、同じフロアでも空間的に広い範囲で感染者が見られていました。こういう状況で、限られたデータで何ができるか悩みましたが、少なくともウイルスに暴露された日から発病した日、年齢別の感染性とかそういうのまで推定できるかなと11)。
私がそのクルーズ船のデータ分析に少しでも関わっているのを知ると、海外のよく知った研究者たちから総攻撃かのように共同研究申し込みの問い合わせがきました。オックスフォード、ケンブリッジ、インペリアルカレッジ、ロンドン大学、ハーバード・・・みんな先輩や後輩の研究グループだったり知り合いです。「ダイヤモンド・プリンセスはどうなんだ」「モデル化したいけど君はどういうデータを扱ってるんだ」って。
でもその背後で僕は、乗客を無事下船させて感染を拡大させない、というオペレーション用の突貫工事の分析だけで時間が奪われていく真っ只中。研究の種類がそこでは変わり始めていきます。現場で瑕疵が起きないように、流行が拡大しないように、必死でどうするかをアドバイスしながら研究するというように、よりオペレーション側に研究がシフトした。
論文を書くという意味での研究は一旦とまりました。厚労省の中では便利なデータ使いのように扱われますから、「今日の2時までに結果が必要です」とか「いま開催中の国会の答弁にもっていかないといけない」というような状況下で、消耗しつつ分析をすることが必要になるんです。北海道に戻ってきて、今やっとですよ。厚労省のクラスター対策班の仕事が省内のものはひと段落して12)、北大に帰ってきたところで、研究室が自身らでボランタリーに作成したデータベースを通じて、流行データの維持管理や更新に一部取り組んだりして、やっと分析ができるようになってきました。
オペレーション中心になったというクラスター対策班でのお話を聞かせてください
そうこうしているとクラスター対策班が2月25日にできて、加藤大臣に呼び出されることになりました。私たち以外に、国立感染症研究所の先生方と東北大学の押谷仁先生らが最初に相談を受けて、突貫工事の編成をしたのです。ただ、その時既に押谷先生らとクラスター対策班のコンセプトとなるような仮説を少しずつ議論し始めていました。
というのも、1月の段階から日本で感染がではじめましたが、感染の様子がかわっていた。あまりすぐにひろがらないんです。濃厚接触者を追跡しても二次感染がおこっていないので「これはおかしいな?」ということで押谷先生や脇田隆字先生(国立感染症研究所 所長)と議論をはじめました。
僕たちは、お互いをリスペクトしている研究者とは考えをぶつけあうということを習慣にしています。対策班を組織するずいぶん前から、メールをたくさん交わしてやり取りしました。そうすると、一人あたりが生み出す二次感染者数がやっぱりおかしな分布じゃないか、MERSやSARSと似たように、大勢に感染させるスーパースプレッダーが少数いてクラスターをつくっているのではないか、という議論になりました。そういう知見を水面下で検討し始めたのは2月中ごろまでです。
スーパースプレッダーを中心的に対策していくクラスター対策や「3密」の基礎になる分析結果や(3月3日公開)13)、高齢者のリスク(3月14日公開)14)に関しては、査読のある論文誌ではなくプレプリントサーバーにあげましたが、2月末から5月後半までは走りっぱなしで研究は止まりました。論文が査読付雑誌にまだ出ていないのですが、省内のオペレーションを伴うデータ分析を中心的にやっていると、論文執筆に丁寧な時間を費やすことは、流行中はどだい無理な話だったんですよね。
2月には北海道で感染者が増え始めました。この広い北海道あまりにも広範な地域で感染者が出ていて、札幌での流行状況がはっきりと見えませんでした。そこで厚生労働省を通じて、道知事に緊急事態宣言、正確には「外出自粛要請にともなう接触の削減」の進言をして、2月28日に北海道独自の緊急事態宣言が出されました。そうすると3月はその対策や評価をしなければならなくなってきた(5月4日公開)15)。そうこうしてると今度は日本のクラスターのデータも集まってきたのでそれを評価しなければならなくなる。3月後半までには海外からの感染者も多数入国しました。それに伴ってクラスターも増えてきて、現有のキャパシティ―ではフォローできなくなり、クラスター対策ができなくなったので、4月7日に緊急事態宣言を出すしかなくなった。
研究の進展と、感染拡大で研究手法もかわっていった?
もともと10年来の研究テーマの一つとして、実効再生産数を推定するモデルをつくって、感染症の特徴を定量的に明らかにする方法をとっていました。北海道の対策を評価することになり、感染拡大が収まったかどうかを確認する指標として、実効再生産数が1以下になったかどうかを使うので、重宝するようになりました。それは今でも変わっていません。
ただ、3月になるとヨーロッパで、僕らが「オーバーシュート」と呼んでいるような、一気に感染者数が爆発的に増加するような状況が起きはじめます。これくらいの感染スピードになると、流行を止めるために社会的な活動を停めることも考えなければならない。それを素早く探知できるのは実効再生産数じゃなかったんですよ。
実効再生産数を算出するには陽性者数が必要ですが、その数値は発症や報告の遅れを伴っているので、素早い状況判断に使うのは難しくなる。そこで3月になると海外の数理モデル研究者を含めて「倍加時間16)を見よう」「累積感染者数をとって、その累積が倍増するまでにかかる時間を見よう」というセオリーに一時的に変わったんです。僕自身も「感染が拡大しているときは倍加時間も見て評価しよう」ということを専門家会議で訴えて、倍加時間が2-3日であがることがあれば接触を減らさねばならない、ということになった。
政策に直接関わるフェイズになって生じた難しさとは?
コミュニケーションを担う専門部署はなくて、リスク評価を必死に実施している自身らが科学コミュニケーションまで担うことになって、相当に難しいなと思いました。自分たちは感染時刻を推定したうえでモデルをつくったり、相当マニアックな推定をやりすぎている。そうすると他の人は再現できなくなるんですが、流行の拡大とともに、思いのほか日本中からの注目を浴びる仕事になっていった。僕たちの研究室だけでわかってやっていればいい位置付けだった研究が、知らない間に国の仕事になって、背景にある方法やコードを開示しないといけないということになり始めた。
「国の話」ってなると「国はデータを開示しなさいよ。けしからん」という風に簡単に言われるんですが、私たちが分析していたデータは、実は研究者たちで組織したボランティア班が独自に自治体全てのプレスリリース情報を搔き集めて作ったようなデータですよ。でも、高度なモデルを利用する分析専門家は省内では私たちしかいなくて、「データを出すべき」という動きがめまぐるしく起こるんですよね。専門家会議の資料に使われることによって、アカウンタビリティを果たさなければいけないという義務が生じる、ということに出会いました。そういうこともあって5月にニコニコ動画でオンライン講演会をしてモデルの解説をしました17)。個人的には「大変だけど楽しい経験」になりましたよ。
そういう方法論だとか問題点だとかを説明する流れの中で、コードとデータを一般に公開することも相当がんばって厚労省と交渉したんです。本当は「データの公開はだめ」って言われていました。「都道府県で報告しているデータと厚労省のデータが一致しない」と言われたら厚労省が困るとか、そんな理由ですよ。一件毎にデータ問い合わせに対応する、なんていうことは本来的には霞が関で責任を負うべきものではありませんからね。だから特に発病の有無とか年齢群とかオープンにできていない。時間の問題で改善するとは思いますが。
他にも流行がはじまった2月頃から年齢だけではなく、伝播が起こる場(夜間の接待飲食業や医療・福祉など、数か所のみの区分)についての分析も、データ情報が豊富な特定の都市部のみを対象に自主的に分析をしました。これは接触の削減目標18)などで後にも重要になるのですが、このデータは地方自治体に所有権があり、僕たちも関連する研究成果を公表できるに至っていません。
立場によって情報を出すべきかどうかは異なるでしょうが、その議論のためには何が必要でしょうか
厚労省の人たちと同じビルの中にいるのは、中枢の優秀な行政官の思考プロセスや懸念事項を把握できるわけですから相当なアドバンテージですよ。僕のイギリスのときのボスが教えてくれたことなんです。「用事がなくても一緒に徹夜で仕事してこい」と。全員で必死に流行対策をしていると、アプローチの差こそあれ、みんな僕たちのことをわかってくれる。最初は話してくれなかった本音を話してくれるようになる、という変化がありました。
若手や大学院生には、何ヶ月も厚労省ビルにいさせて苦労をかけました。彼らは研究して学位をとらなければなりませんが、厚労省の中では大臣令もありますし、世の中も僕たちのことを見ているので、平日は夜中もふくめて研究できませんでした。時間は感染症対策のために使おうと、休日に研究していました。大変だったと思いますが、対策の現場を見せられたのは良かった面でもあるかなと思います。10年後、20年後、もしも僕がいない場合は彼らが国を守りますから。
今回活躍した学生さんが将来活躍してくれそうですね。ただ、日本の現状は海外と比較して厳しい状況ではないでしょうか
中国の研究レベルや対策の効果については、やはり率直に認めないといけないでしょう。中国CDC(中華人民共和国疾病対策予防センター)はアジアで有数の機関になりましたし、専門家の人数がいるということの威力をまざまざと見せ付けられました。
日本は人が少なすぎる状況で、以前から国立感染症研究所は予算面で縮小される一方です。そんな中で「流行が起きたからしっかりやれ」と世間から厳しく言われても、彼らも人数が減って専門家が少ないわけなので動けませんよ。けっこうシリアスな問題として認識しておかないといけないと思っています。
日本では感染症は忘れられた専門になっていました。僕が医学部生の時にも先生方に「感染症なんかこれからやっても病気は減っていくし、60歳になるまでに君の仕事はなくなるよ」「そんな専門家になってどうすんの」と言われることがあったんです。そうこうしていると感染症の専門家が足りなくなって、疫学や数理モデルなんかしてるのは、日本の医学部には自分しかいないという状況になってしまった。
良い研究をすることと、それを正しく政策にフィードバックするという過程を含めて、研究者はボスを横目に見て、ボスのメンタリングをうけて育ちます。でも残念ながら日本ではうまい具合に疫学者全般として育っていない。特に感染症疫学の指導を受けるには僕の時は海外に行くしか無かったのですが、ちゃんと教えてくれる研究室で学ぶだけではなく、そこで教える経験まで積まないと、教育の仕組みを日本に持ってくるのはちょっと難しい。ウイルス学だと、北大の人獣共通感染症センターの喜田宏先生から次世代が日本中に散らばって、さらにその次世代、と暖簾わけがうまくいっているんですよね。でもリアルタイムで感染症を制御するような疫学研究者ではできてない。それを何とかしてやっていこうと思っています。
近年、世界でも感染症の流行は起きていましたが、日本の対策は十分ではなかった?
日本にはエボラ出血熱は来なかったし、H5N1新型インフルエンザもそれほど大したのは来なかったし、SARSもMERSも来なかったし、というので感染症対策が大事であるということを認識しなかった。
極めつけがPCR問題につながります。日本ではインフルエンザも季節性のものに対応することが主体ですが、季節性インフルエンザの迅速診断キットというものがあります。小さな器具に咽頭の液をたらすと線がでて陽性とわかる、病院ですぐに結果が見られるキットです。保険点数がついてこれが普及してしまったがゆえに、みんなPCRをしない風土になりました。リアルタイムPCRをする環境を整えるには高いとだいたい1機100万円くらいしますからね。これで外国と圧倒的な差がついていた。
人もいないし、PCRのキャパシティーもない、という状況ができあがった中で、いきなり大流行が起きて対処しなきゃならなくなった、というのが今回の状況です。
その間、2015年にMERSが流行した韓国は、人を充当したしPCRも整備していたので、日本と対策を比べると当然違いがでてきた。MERSの時に、パク・クネ政権がものすごい世論に批判されたんです。KCDC(韓国疾病管理本部)の存在意義さえ疑われるくらい徹底的に責任を追及された。そこで政権はクラスターを追跡する実地疫学専門家を10人程度から一気に150人を追加で雇いました。今回の流行では、さらにそこに徴兵制度に伴う軍の人員も加わった。そのような理由でクラスターを追える人材が十分にいたんです。
一方、日本の国立感染症研究所の実地疫学専門家養成コースの修了者は、最近はリクルートを頑張っていますが年5人から10人くらいです。今も新宿のクラスターを追わなければいけないのですが、接触者を追跡するキャパシティーに限界が来てストップしています。最も頼りになった新宿区の保健所の方々が本当に疲れ切ってしまったのですが、それもそのはず、感染症担当は机の島ひとつ、6人くらいの保健師ら担当者で対策をやりくりしている。そういう人たちが一人一人疲弊していくところに、警察がどう協力していいかわからないとか、本気になったら自衛隊がちょっと助けに来てくれるとか、それくらいしかできていない。厚生労働省で公衆衛生人材がきわめて欠けていることもそうですが、プロとして地域レベルで活躍する人材を十分に育ててこれなかったことが相当影響しています。今回の流行対策をして、このことは真摯に反省しなければならないと思っています。
今後、専門家養成の重要性がさらに増しますね。そのなかで北大の教育環境は重要だと思います
私は尾身茂先生(専門家会議 副座長)、押谷仁先生、岡部信彦先生(専門家会議員)といった先輩方と20歳も下ですけど、一緒にやらせてもらっています。あの先生方は2009年のH1N1インフルエンザの時も同じメンバーでした。そんな中でやっていると、流行の制御ができたころに、真顔で僕に「10年に1回こんなんあるからがんばってや」とぽろっと言ったり、先生方で「もうちょっと中堅どころに経験させておかないとだめなんじゃないか」とかおっしゃってるんです。「責任重大だなぁ・・・」と他の若手専門家メンバーらと話しています。そういうのもメンタリングなんだな、というのは感染症対策の中枢にかかわってはじめて知りました。
私が北大で担っていたミッションとして、次世代の公衆衛生のプロを輩出するコースを軌道に乗せることがありました。そのためのコースが2017年に設置されています。「マスター オブ パブリックヘルス(MPH)」という修士号をとれる公衆衛生学コースです。1年と2年のコースがあり、集団として病気を予防するために、集団のデータを疫学的に分析する。感染症だけではなく、他の病気、年齢や食などのビッグデータの医学統計学的分析に基づいて健康アドバイスをするデータヘルスと呼ばれる研究もやっています。
北海道は一次産業に従事する人が多いため国民健康保険が多く、レセプト情報つまり健康・疾病情報を一元的にとりやすいんですね。そういう環境もあって、集団のデータをとりながらその分析をし、どうしたらよいのかという体系的な教育と研究を北海道というローカルでやれる。今まで僕もそういった北海道を支える人材育成モデルの醸成に向けてずっと教えてきていました。
このコースは医学部の教育とは全く違うもので、基本的にどんな背景の人にも開いています。毎年10名ほど入学していて、お医者さんも数人いますが、新卒社会人もベテラン社会人もいて、バックグラウンドもヘルスケアだけではなく経済学部だった人もいます。まぜこぜでやっていけるところが公衆衛生の楽しいところですね。
そういう教育・研究が北海道に根をはったかたちでうまく機能しようとしている。公衆衛生の役にたちたいなという志を持っている人にはぜひ受講を考えてもらいたいなと思います。私も毎年北大に帰ってきて講義をしますよ。
注・参考文献:
- Nishiura et al.,2020a: “Initial Cluster of Novel Coronavirus (2019-nCoV) Infections in Wuhan, China Is Consistent with Substantial Human-to-Human Transmission”, J. Clin. Med. 2020, 9(2), 488.
- 実効再生産数は一人が感染させる平均人数として表される。免疫をもっていたりワクチンを接種したりしている人がいる状況での数値。全く免疫を持たない状況での理論的な場合は、基本再生産数と呼ばれる。
- Jung et al.,2020: “Real-Time Estimation of the Risk of Death from Novel Coronavirus (COVID-19) Infection: Inference Using Exported Cases”, J. Clin. Med., 9(2), 523.
- Kobayashi et al., 2020: “Communicating the Risk of Death from Novel Coronavirus Disease (COVID-19)”, J. Clin. Med., 9, 580.
- Nishiura et al.,2020b: “Serial interval of novel coronavirus (COVID-19) infections”, Int. J. Infect. Dis., 93, 284–286.
- データベースはOxford University 2020: “COVID19 2020_open_line_list”, 論文はXu et al., 2020: ”Open access epidemiological data from the COVID-19 outbreak”, Lancet Infect Dis., 20(5), 534.
- Backer et al., 2020: “Incubation period of 2019 novel coronavirus (2019-nCoV) infections among travellers from Wuhan, China, 20–28 January 2020″, Eurosurveillance, 25(5), 6.
- ダイヤモンド・プリンセスは2月3日に横浜港に着岸し、5日に陽性者が複数確認された。武漢からの帰国チャーター便は1月29日・30日・31日・2月7日・17日の計5便で羽田に到着した。
- Nishiura et al., 2020c: “The Rate of Under ascertainment of Novel Coronavirus (2019‐nCoV) Infection: Estimation Using Japanese Passengers Data on Evacuation Flights”, J. Clin. Med. 9, 419.
- 2月7日に初回会合を開催した、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議、通称「専門家会議」(2月16日に初会合)の前身組織。
- それでも感染率に関する論文を2月29日に公開を出している。Nishiura 2020d: “Backcalculating the Incidence of Infection with COVID-19 on the Diamond Princess”, J. Clin. Med., 9(3), 657.
- クラスター対策班はその上部組織である専門家会議と同時に6月24日に解散が発表され、7月3日に解散となった。
- Nishiura et al., 2020e: “Closed environments facilitate secondary transmission of coronavirus disease 2019 (COVID-19)”, medRxiv
- Mizumoto et. Al., 2020: “Age specificity of cases and attack rate of novel coronavirus disease (COVID-19)”, medRxiv
- Akhmetzhanov et. al., 2020: “Estimation of the actual incidence of coronavirus disease (COVID-19) in emergent hotspots: The example of Hokkaido, Japan during February–March 2020”, medRxiv
- 倍加時間は週単位の陽性者増加比(直近7日間の累積陽性者数/その前7日間の累積陽性者数)で表される。たとえば直近7日間の累積陽性者数が8名で、その前の7日間が4名の場合、倍加時間は「2」となる。
- 日本科学技術ジャーナリスト会議 2020: 「緊急勉強会 北大の西浦教授に実効再生産数(Rt)を使ったコロナ対策について聞く」(2020年5月12日)
- 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 2020a: 「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年4月22日)
- 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 2020b: 「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年5月29日)
西浦さんを紹介しているこちらの記事もご覧ください
- 【クローズアップ】コロナウイルスの感染力と致死率を数理モデルで推定(2020年02月28日)
- 【フレッシュアイズ】#144 数理モデルを利用して感染症を制御せよ!(2)~走り続ける医師の背中を押す歌~(2019年9月24日)
- 【フレッシュアイズ】#143 数理モデルを利用して感染症を制御せよ!(1)〜流行を予測し、社会の政策につなげる〜(2019年9月23日)