宇宙は現在、研究活動の最前線です。先日、「はやぶさ2」が地球に帰還したことでも話題になりましたが、2018年には水星探査機「みお」がうちあげられたり、2020年11月にはまた野口宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」に長期滞在を開始したりと、日々研究観測が進められています。さて、宇宙での実験、観測に採用される研究プロジェクトはどのような過程を経て実施されているのでしょう。佐藤光輝さん(理学研究院 教授)はISSにあるきぼう日本実験棟(JEM)や金星探査機「あかつき」において雷を観測する複数の宇宙ミッションに携わってきました。佐藤さんはどのようにして自分の研究を宇宙に送ることができたのでしょうか。
【奥本素子・CoSTEP准教授】
――そもそも宇宙で行う研究ってどうやって選ばれるのか知りたいのですが、例えば科研費のように公募されたりするのでしょうか?
宇宙ステーションでやった研究は実は公募です。そのころ、僕らはスプライトといわれる大気圏のはるか高高度で発生する雷を研究していました。ただ、地球からの観測では、どうしても横からしかその姿を観測できない。そこで宇宙から、つまり真上からスプライトを観測する計画を立て、国内の雷研究者と協力して応募したのです。応募期間が短かったので一気呵成に書き上げました。案外、勢いって大切ですね。
――このプロジェクトが日本で初めて宇宙から雷を観測する試みだったのでしょうか?
その前から、大阪大学や大阪府立大学が打ち上げた「まいど衛星」が雷が発生する電波を観測し、東北大学が打ち上げた「雷神」という超小型衛星がスプライトを光で観測していました。僕らが応募したJEM-GLIMS (Global Lightning and sprIte MeasurementS on JEM-EF、略称:GLIMS、グリムス)というプロジェクトでは、この二つの観測の経験を統合し、スプライトを電波と光で真上から観測しようとしたものでした。
この公募では、応募から打ち上げまでの時間がかなり短かく設定されていたので、観測装置を新規開発することが難しいと考えました。そこで、過去に開発した観測装置を改善して観測装置を作り上げることにしたんです。2007年に応募書類を書いて、2010年の半年間で観測機器を完成させました。普通だと考えられないスケジュールです。
――採用されても、その後の機器開発は自分たちでしないといけないんですね。しかし、審査する側も雷研究の専門ではないので、学際的にもアピールできるテーマである必要もあるんじゃないんですか?
やはり最後、選ばれる基準はサイエンスなんですよね。このミッションが成功した際に、面白いサイエンスの成果が得られるのかというのが決め手だったのかなと思います。サイエンスとして世界に勝てるのかというのをJAXA側もシビアに見ていますから。
この当時、世界の雷研究者がスプライトを真上から見るということを目指していました。僕らは2007年にこのプロジェクトを始めたんですが、実は後発なんです。フランス国立宇宙研究センター(Centre national d’études spatiales、略称:CNES、クネス)が2004年ごろから、TARANIS(タラニス)という超小型衛星を打ち上げてスプライトを観測するプロジェクトを開始しました。この衛星が打ち上げられたのがなんと2020年、しかも残念なことに打ち上げは失敗してしまいました。また同時期にISSのヨーロッパモジュール(コロンバス)でもスプライト観測プロジェクトのASIM(エーシム)が企画され、2016年に打ち上げられ、観測をしています。
僕らのプロジェクトは後発ながらも、2012年に打ち上げることができ、結果的に世界で初めて真上からスプライトを観測できることができました。いかに早く打ち上げ、観測するかが重要なんです。多分、提案書に観測機器のカメラを新規開発するって書いていたら、通っていなかったと思います。短期間で開発し、打ち上げることができたからこそ、成功したんだと思います。
――先に始めたチームは悔しかったでしょうね。でも急遽このプロジェクトの申請ができたというのも、あらかじめ雷研究者間での交流があったからというのもあるんでしょうか?
そうですね。一人の研究者は「まいど衛星」にかかわっており、僕や他のメンバーは「雷神」にかかわっていました。チームメンバーになってくれた研究者とは前々から今やらなければならないサイエンスは何かということを日々話し合っていましたから、僕が応募したいといった時も、やろう!やろう!と乗ってきてくれました。
――もう一つ、金星探査機「あかつき」のプロジェクトにも関わっていらっしゃいましたよね。
こちらは、研究者がワーキンググループを立ち上げミッション化していくというボトムアップな過程を経て実現したプロジェクトです。最初は10名ぐらいの研究者が集まって小さく始まるのですが、それこそワーキンググループでミッション化するころになると50名から100名の規模で研究者が集まってきます。そこに参加する研究者は学会や分野の枠を超えて、金星のサイエンスがやりたいという思いでメンバーとして参加します。そしてワーキンググループ内で自分がやりたい研究をきちんと主張すれば、その研究がミッション化していきます。
――金星はどうしてそんなに多くの研究者を惹きつけたのですか?
「あかつき」のミッションは多岐にわたりますが、共通しているのは金星のスーパーローテーションという現象を解明したいという思いです。金星の自転速度は地球と比べてかなり遅く1周するのに243日かかるのですが、大気は4日程度で一周するといわれています。地球に置きかえると、約20分で大気が地球を一周する程度の速さです。そういう強烈な風が吹くのはなぜだろう、その謎を解き明かそうという大きな目標だったんです。
――なるほど、その大きな謎を解明するために、雷からアプローチしたり、紫外線からアプローチしたりと様々な観測が行われるんですね。
そうですね。そこにつながる研究のテーマは、観測機の数だけあるし、さらに細かな分析や観点があるという感じです。
――ちなみに佐藤さんの研究テーマは今後も宇宙観測のほうに向かっていくのですか?
かならずしも宇宙でなくてもいいんですけど、地球以外の惑星で雷がどのように発生しているのかということを解明するという大きな研究テーマがあります。2022年の打ち上げを目指す、欧州宇宙機関 (ESA)が主導する木星探査ミッション(JUICE)、そこに搭載する可視カメラ(JANUS)で木星での雷を観測しようとしています。木星は地球と同じように高い頻度で雷が発生していると考えられているので、もしかすると地球と同じような雷現象、例えばスプライトのような現象もみられるかもしれません。
――JUICEに参加したきっかけは、どんなことがあったんですか?
木星探査機に搭載する可視光カメラを開発しているチームがイタリアにいるという噂を聞きつけたんです。学会に行くと、そういう情報って入ってくるんです。今回は可視光のカメラが木星のミッションに搭載されるらしい、という話を聞き「びびび!」っときて。そのカメラにフィルター1枚入れてもらうと雷の観測ができるんです。インターネットで情報を検索し、直接プロジェクトリーダーにアポを取り付け、雷研究者チームで直接会いに行きました。そしてそこでカメラにフィルター1枚入れてくれ、木星の雷見たいんだって口説き落としたんです。
――すごい情熱的!
案外、宇宙ミッションのメンバーになるってそういうもんなんです。黙っていたって誰も声をかけてくれません。やはりやりたいことがあるときは声出していく!断られてなんぼのところがあるから。そして雷の業界は世界見渡してもそんなに大きくないので、簡単にアミーゴになれちゃうんです。
――最終的には人とのつながりがミッションを生み出していくんですね。
だから学生や若手の研究者はぜひ国際学会に参加していろんな国の研究者と交流したり自分の研究をアピールしてほしいと思います。日本人は間違えるのを恐れがちだけど、間違ってなんぼ、主張してなんぼって感じで挑戦してほしいと思います。
今回お話いただいた佐藤さんの雷研究の全容が語られるサイエンス・カフェがオンラインで開催されます。雷研究の最前線の話、そしてこの記事で紹介したミッションの結果についても紹介されます。ぜひご視聴ください。
雷研究のひらめき ~原子核の謎から惑星の秘密まで
【概要】
ゲスト:佐藤光輝さん(理学研究院 教授)
聞き手:小林良彦(CoSTEP 特任助教)
日時: 2021年1月24日(日)14:00~15:00
場所: 北海道大学 総合博物館
詳細は【こちら】