いきなりクイズです!
ヒント①:しばしばお祭りで展示される彫刻作品の材料として使われる。それらの祭りは北海道で多い。
ヒント②:人が生きるために欠かせないもの。それは自由に形を変え、人が中に入ることもある。
ヒント③:見えない。産業革命で重要な役割を担った。現在、火力発電や原子力発電のタービンを回す。
これら三つのヒントを満たす物質は何でしょうか?同じ物質でも「相」が違えば異なる性質を示します。私はとある化合物にて「相」の性質を変化させる「サイズ効果」を見つけました。この「サイズ効果」に注目することで「材料」を探すフィールドの拡大が実現するかもしれません。
【棚橋慧太・工学院博士1年】
そもそも「材料」って……なんだろう?
小学校の科目の1つ、図画工作(図工)。懐かしい方も多いでしょう。どのような印象が残っていますか?作品を作るために準備したものがあったはずです。道具?確かに間違いありません。しかしもっと大事なものがあったはずです。そう、「材料」です。材料とは、作品や製品を構成する物質のことを指します。図工では、加工しやすく軽い「紙」、頑丈で暖かみのある「木材」、光沢を持ち重厚感のある「金属」など、様々な材料を扱ったのではないでしょうか。用いる材料が異なれば、同じ形の作品でも質感や特徴に違いがでますよね。
良い食材を使えば美味しい料理ができるように(異論は認めます)、高性能・高機能な材料の発見は我々の生活を豊かにするだけではなく、将来の問題解決にも役立ちます。例えば地球温暖化を技術的に解決するためには、今まで以上に高性能・高機能な材料が不可欠です。また、特殊な機能を持つ材料が見つかれば、新たなエネルギーの入手法が生み出されるかもしれません。このように、まだ見ぬ新しい材料を探索することは今後の人類の行く末を決めるほど大切なことなのです。
宝(材料)を求めて
これまでにない性質を持った新しい材料を創造することを「材料開拓」といいます。その手法として新しい物質の発見や新しい化合物の合成があります。組み合わされた元素の種類や結合の仕方が変われば、異なる性質が生まれます。しかしこれまでの研究で数え切れないほどの化合物が創られています。単に化合物を合成するだけでは「材料開拓」は頭打ちになってしまいます。実は、材料開拓には化合物の合成以外にも方法があるのです! 皆さんも絶対目にしたことがある身近な「あの現象」を利用することです。
それでは冒頭のクイズの答え合わせをしましょう。私が想定した答えは「水(H2O)」です。水は温度によって形を変えます。ヒント①は氷、すなわち固体の水のことを説明しています。ヒント②は液体の水、そしてヒント③は水蒸気(気体の水)です。このように一つの物質において異なる形態ひとつひとつを、「相」と呼びます。そして「水(液体)から氷(固体)」や「水(液体)から水蒸気(気体)」のように相が変化することを「相転移」と呼び(他の呼び方もあります)、転移する温度を「転移温度」と呼びます。相転移には固体・液体・気体間の目に見える変化だけでなく、固体から固体への変化も存在します(下図を参照)。固体は原子が密に並んだものですが、固体から固体への相転移では原子の並び方が変化し、それに伴い性質が変わります。そうです、「あの現象」は「相転移」のことでした。
3つのヒントで示したように、相が異なれば物質の性質が変わり、材料としての用途も異なります。水という物質だけでも、雪像や氷像といった美術作品になったりソーメンを流す手段として使われたりと、各相の各性質を利用した多岐にわたる活躍があります。すなわち新しい材料は新しい化合物の合成だけでなく、温度変化や圧力変化に伴う相転移で性質を変えるという手法でも開拓できるのです!
「サイズ効果」の発見
それでは私の研究の話に移りましょう。私の研究は、ある化合物の合成を依頼された形でスタートしました。その化合物は固体間の相転移が起こり、ここではその転移温度を挟んで高温側の結晶相をH相、低温側の結晶相をL相と呼ぶことにします。私がその化合物を合成して扱う中で得られた知見と、これまでにその化合物で報告された振る舞いを総合して、私は「結晶を小さくすると低温域でもH相が出現する」と考えました。これを実験的に確かめるためには小さい結晶を作製すればよいのです。小さい紙よりも大きい紙の方がツルを折りやすいように大きい結晶の方が扱いやすいため、普通は大きな結晶を作って特性の調査が行われます。そのため「あえて小さく作る」ことは、私の扱う化合物では今まで行われてきませんでした。
この化合物の合成にはおよそ1400°Cの高温が必要でした。高温の結晶は周囲の粒と合体し成長しやすいため、加熱時間が長いとあっという間に大きい結晶ができてしまいます。だからといって加熱が足りないと、低温で生成する他の化合物が残ってしまいます。そのため小さい結晶を作製することは、パラパラを目指しつつも焦がしてはいけない炒飯のような絶妙な加熱加減が求められ、非常に困難を極めました。そこで、この問題解決のために私が行った工夫の1つは加熱前の物質の結晶を小さくすることです。私は液相燃焼法と呼ばれる方法を用いて、原子同士が良く混ざり合った小さい前駆体をつくることにしました。原料の液体を加熱すると自動的に着火し、燃え広がり、そして灰が残ります。この灰こそが目的の化合物を得るための前駆体です。この反応は時に軽い爆発することがあり、小さい頃マンガなどから思い描いていた「実験」を実現しているような感慨深さが得られます。ワクワクしませんか?(笑)
私は液相燃焼法で得た前駆体と相棒の合成装置(最終図参照)とともに手法の工夫とトライ&エラーを繰り返し、小さい結晶の作製に成功しました。この結晶のサイズは1μmを下回ります。マイクロメートル(μm)はミリメートル(mm)の1000分の1、野球のグラウンドを10 cm大に描いたときの野球ボールの程度の大きさにあたります。
小さい結晶ができたので、どのような相であるかを調査しました。なんと予想通り、小さい結晶はL相へ転移するはずの温度(転移温度)を下回ってもH相の結晶構造のままだったのです!さらにこの小さい結晶を冷やしていくと、強磁性(磁石の性質)が出現することを発見しました。普通サイズのL相の結晶を冷やしても強磁性は出現しないので、これは新たな発見でした。このように、新たな視点からの挑戦によって新しい発見があることが研究の面白さ・醍醐味であると私は考えます。そして私自身が立てた仮説が実証されたことや、自らこれらの発見をしたことは、私の研究への自信となっています。
小さくて大きな開拓地
先ほどの研究はどのようなことを示唆しているのでしょうか。高温でH相だったものを冷やすと、普通はL相へ相転移します。しかし小さくすることでH相が低温まで維持されました。低温まで普通と異なる相が維持されると磁性や超伝導など、低温特有の特性の出現が新しく期待できるため、今まで発見された物質においても新たな材料としての価値が見出される可能性があります。このようにサイズを小さくすると普通とは異なる相が出現するという報告はいくつかの物質にて報告されているものの数は少なく、その詳細なメカニズムはわかっていません。私はこの「サイズ効果」がより一般的なものであり、これが材料開拓の大きなフィールドとなり得ると考えています。そして現在、私はこの「小さくて大きな開拓地」を切り開く先駆者を目指し、日々研究に取り組んでいます。
この記事は、棚橋慧太さん(工学院博士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
棚橋さんの所属研究室はこちら
工学院 材料科学専攻 エネルギー変換マテリアル講座
エネルギーメディア変換材料研究室(能村貴宏准教授)