セブンイレブンで飲み物を買ったことのある皆さん、実はあなたが使ったストローはただのストローではありません1)。パッケージをよく見てみると「環境にやさしい植物由来のストローです」と書かれていますが、このストローのプラスチックは細菌がつくり、そしてなんと細菌が食べてくれるんです。
いわゆる「生分解性プラスチック」と呼ばれるこのプラスチックは、廃プラスチックによる環境問題が深刻になっている現代には朗報です。私は、このような生分解性プラスチックの生産量をUPさせるための研究をしています。では、具体的にどのようにしているのか見てみましょう。
【穂積侑伽・総合化学院修士1年】
大腸菌がプラスチックを作る?
プラスチックというと、石油から人が機械を使って作られるのが一般的です。ですので、大腸菌がプラスチックを作るイメージがいまいちつかめない方もいるでしょう。私も今の研究を始める2年前まで知りませんでした。
でも原理は単純です。私たちは食べ過ぎるとどうなりますか? 太ります。脂肪を蓄えます。大腸菌は脂肪の代わりにプラスチックを蓄えます。いわば、プラスチックは大腸菌にとっての脂肪なのです。では次にどうやって大腸菌からプラスチックをとりだすか? クロロホルムという試薬によって大腸菌の膜を破壊しにして、その中に蓄えられたプラスチックを取り出すのです。ありがとう大腸菌。
では、人間がプラスチックを取り出さなかったらどうなるでしょう。私たちの脂肪は運動をたくさんすると分解されてエネルギーになります。プラスチックも大腸菌が飢餓状態になると分解されて、エネルギーと水と二酸化炭素になります。これが生分解の原理です。
プラスチックの作り方~大腸菌を増やす日々~
では次に、実際の作り方を見てみましょう。まず、たくさん大腸菌を増やします。この大腸菌JM109は、研究室で代々増やして引き継いできたものです。
写真は大腸菌が育ちやすい環境で一晩培養したものです。写真に白いポツポツがありますが、これはコロニーといって一つの大腸菌が分裂してたくさん増えた結果、目に見えるくらいの集団になった結果です。このコロニーを爪楊枝でつつき、大腸菌をピックアップします。
さて、ここまで来たら大きな器に栄養に富んだ液体、培地を用意します。この培地にプラスチックの原材料と大腸菌入れて、いよいよプラスチックを作らせます。30℃で2日間、培養をします。
こうしてプラスチックは約1週間の作業を行うことにより完成します。大腸菌が作ってくれるからといって、人間が何もしなくてよいわけではないのがつらいところ。大腸菌の増殖速度は決まっているので人間がそれに合わせる必要があります。時には眠い目をこすって朝早く、夜遅くに実験をする必要がある少しだけ大変な作業です。
遺伝子を少しいじるとプラスチックの生産量が増える!?
さてここまで実験手順を見てきました。では大腸菌の中では何がおきているのでしょうか? 人間の脂肪が作られるときに酵素が必要なように、大腸菌がプラスチックを合成するのにもやはり様々な酵素が必要です。その中でも小さな一つ一つのヒドロキシアルカン酸分子をつなげて、大きな分子であるプラスチックにする重要な役割を果たしているのが重合酵素です。
この重合酵素は約1,200のアミノ酸が繋がって構成されていますが、この内のひとつのアミノ酸を変える、つまりそのアミノ酸をつくる遺伝子に変異を入れると、大腸菌がたくさんプラスチックを作るようになったりすることがあります。約400のうちのひとつのアミノ酸を変異させるだけで、そんなに大きな影響があるのか、という話ですが、遺伝子とはそういうものなのです。例えば、お酒に強い、弱いというのはアルコールを代謝する遺伝子のうちのアミノ酸のうちのひとつ、ふたつの違いなのです。
私はこの遺伝子が少し違うと大きな影響を与えるということに魅せられて、現在様々な変異を入れる実験をしています。でも、プラスチックがたくさん増える変異というのは非常にまれで、たいていは生産量が減少してしまいます…
そして、ついに!
昨夏のとある日の夕方、ゼミ終わりの疲れた体に鞭打って、NMR室に籠ってパソコンに送られてきたデータを眺めていました。NMRというのは分子構造を分析できる装置で、これを使うと重合酵素の改変に成功したかどうかがわかります。約30分後、様々なデータのうちのひとつで改変に成功したプラスチックの量が増加していると分かったとき、私は機械の前で動揺してしまいました。実験をはじめてから3ヵ月後のことでした。それほど重合酵素の改変というのは結果が出にくいのです。
海からマイクロプラスチックをなくすために
重合酵素の改変に成功したといっても、まだまだ生分解性プラスチックの生合成には改良の余地はあります。現在、一般的に流通しているプラスチックは石油から作られており、ポイ捨てされると雨風に流され最終的には海にたどり着きます。その後、波で細かく削られ「マイクロプラスチック」と呼ばれる小さなプラスチックのかけらになります。これは分解されることはなく永遠に海で漂い続けます。これが環境問題となっているのです。
これから先、従来のプラスチックにかわって生分解性プラスチックが普及するためには技術面、コスト面、社会的認知の向上など様々な面での解決すべき課題があります。私は、技術面からこの課題にアプローチしたいと思っています。たくさん研究して次の世代に課題を託し、100年後にはマイクロプラスチックがない世界になることを願っています。
参考文献:
- セブンイレブンで使われている生分解性ストローはカネカが開発。詳細は以下。セブン&アイホールディングス 2019: ニュースリリース「㈱セブン&アイ・ホールディングス、㈱カネカ「カネカ生分解性ポリマーPHBH」を用いた製品を共同開発」2019年4月15日(2022年7月25日閲覧)。本記事の執筆者およびその研究室も生分解性プラスチックを研究しているが、セブンイレブンのストローを開発しているわけではない。
この記事は、穂積侑伽さん(総合化学院修士1年)が、大学院共通授業科目「大学院生のためのセルフプロモーションⅠ」の履修を通して制作した作品です。
穂積さんの所属研究室はこちら
総合化学院 生物化学コース 生物合成化学研究室(松本謙一郎教授)