2月4日(土)の午後、雪がちらつく北大札幌キャンパス構内。黄色い歩道用除雪車が、煙突状の赤いシュートから勢いよく雪を飛ばしながら、ゆっくりと歩道を進んで来ます。除雪車の屋根には多数のセンサが設置されており、普通の除雪車ではないことが伺えます。除雪車の前には誘導員役の学生が歩いており、歩道脇には通行人役の学生も配置されています。
この日公開されたのは、除雪車と人との距離を検知し知らせる仕組みの実証実験です。一体どのようなシステムなのでしょうか。研究を共同で進めている、江丸貴紀さん(工学研究院 准教授)と株式会社NICHIJOの皆さんに現地で取材してきました。
【福浦友香・CoSTEP/博士研究員】
人員不足や過酷な労働環境に直面している除雪業
歩道用除雪車は、歩道に積もった雪を車道側に積み上げ、私たちが日常生活で通る歩道を歩きやすくしてくれる大切な存在です。しかしながら、歩行者や交通量の少ない深夜から早朝にかけて行われるため直接その作業風景を見かけることは稀です。
この縁の下の力持ちとも言える歩道用除雪作業には、いくつかの問題があります。そのひとつは誘導員不足です。除雪車は、雪を飛ばすシュートとそこから出る雪が運転者の視界を遮ってしまいます。そのため、常に除雪車の前方に安全確認をする誘導員の配置が必要になります。しかし現在、経験を持った誘導員が不足しているのです。この他にも高齢化に伴う技術継承や、寒いなか長距離を作業する労働環境といった除雪業全体の問題もあります。
悪天候下でも確実に人を検出するシステムを開発
このような問題の解決策のひとつとして提案されているのが、降雪環境下における除雪車の無人化です。そしてその重要な要素となるのが、今回実証実験を行った、雪景色から人を見分けられる「目」と「頭脳」です。
歩道除雪車の「目」は3D-LiDAR、サーモカメラ、そして通常のカメラから構成されています。3D-LiDARはレーザーを発射しその反射光を捉えることで周囲の空間を立体的に把握します。サーモカメラは赤外線で人の熱を検出します。なぜ異なる種類のセンサが組み合わされているのでしょうか。それは、暗さや逆光、降雪といった悪天候でも確実に外界から情報を得るためです。降ってくる雪やシューターから飛び出る雪は、3D-LiDARの物体検出の精度を低下させます。また、降り積もった雪は、除雪車と道の幅・高さ・周辺の構造物との位置関係を変え、やはり3D-LiDARによる自己位置測定の精度を低下させてしまいます。そこで、通常のカメラによる画像情報と組み合わせて精度を上げているのです。
「頭脳」には人を検出するシステムと雪を認識するシステムの二つがあり、そのどちらにもAI技術(深層学習)が活用されています。人の検出にはサーモカメラで得た画像が用いられます。豊富なデータセットにより、人の身体が一部しか見えなかったり、寝転がっていたりしている状態でも、AIで確実に検出することができます。降ってくる雪やシューターから飛び出てくる雪はAIによって認識・除去します。これにより周囲の空間情報をクリアに認識することができます。雪山は通常のカメラの画像からAIで推定します。このように江丸さんの検知システムが従来のシステムと大きく違うのは、複数のセンサーからの情報を統合して、AI技術によって雪の影響を受けにくいシステムを構築していることにあります。
汎用的な積雪環境での自動運転の実現に向けて
江丸さんらが開発している人検知システムは、除雪車のためだけのものではありません。実は雪道でのさまざまな車の自動運転の実現につながっていく技術なのです。江丸さんらはこれまで雪道走行を可能にするための研究を着実に進めてきました。2017年の北大農場内での自動運転車のテスト走行の様子は「いいね!Hokudai」でもお届けしました。この時は雪も道も人もないという状態でのテストでしたが、その後、冬季に閉鎖された公道をテストコースとした実験を2020年まで繰り返してきました。
(士別のテストコースでの自動走行実験の様子)〈出典:ヴィッツ・北大(2020, 55)1)〉
江丸さんは「テストコースという閉鎖空間での実験では、自動運転が成功していました。しかし閉鎖空間という限られた環境では汎用的な積雪環境における自動運転技術とはいえません」と指摘します。今回の人検知システムはこれまでの江丸さんの研究をさらに発展させ、閉鎖空間ではない積雪環境におけるデータの集積やその結果の評価を行い、雪道での自動運転の実現につなげていくものです。
江丸さんは3年以内に人検出システムを実装することを目標にしています。今後も研究と実証実験に注目です。
江丸さんらによる実験を2017年に取材した記事もご覧ください。
- 【クローズアップ】#74 農場で自動運転技術をテスト~雪道走行をめざして(2017年5月29日)