タイトルを見て、ちょっと首を傾げた方もひょっとしたらいるかもしれません。札幌市では年間をとおしてヒグマの出没が確認されているというのに、これ以上守るための研究の必要などあるのだろうか?と。
確かに、ヒグマによる人身事件が記憶に新しい今、保全というよりは管理のほうが重要なのではないかと思ったとしても不思議はありません。ですが、実はその管理に必要なヒグマの基礎的な生態が、未だほとんど解明されていない事実はあまり知られていません。そしてこれは、北海道のヒグマに限らず、世界中に生息するクマも同じ状況だといいます。
【池田 貴子・北海道大学CoSTEP】
北海道大学大学院獣医学研究院 教授の坪田敏男(つぼた・としお)さんは、現在、クマの生息環境を未来に残すための研究クラウドファンディングに挑戦しています。坪田さんはこれまで40年以上にわたってクマの生態や生理、感染症に関する研究を行なってきました。今回挑戦しようとしている研究の内容と目的について、うかがいました。
ヒグマといえば北海道を代表する動物のひとつです。てっきり盛んに研究されているものと思っていました。
実は全くそんなことないんですよ。世界的にみてもクマの研究者は少ないので、生態や生理についてまだまだ解明されていないことが多いんです。例えば北海道のヒグマの場合、「山で餌がとれないと街に降りてくる」という説はまあ正しいのですが、かと言って、どんぐりの豊凶によって本当にヒグマの行動圏が変化するかどうかについては、因果関係は証明されていません。もし餌の量がヒグマの行動圏の広さや利用のしかたに影響するのであれば、街に出てくるヒグマの行動予測がある程度できるようになるかもしれません。今回は発信器付き首輪をヒグマに装着してその調査に取り組もうと思っています。
最近は冬眠しないヒグマが出てきていますよね?
はい。冬眠のメカニズムもまだ解明されていません。ヒグマに限らず冬眠に関しては色々なチームが研究中で、冬眠のコントロールには「冬眠物質」と呼ばれるタンパク質が深く関わることが示唆されています。冬眠の時期を決定する体の年周リズムがこの冬眠物質の分泌に関係しているようです。
では、条件さえ揃えば冬眠しないヒグマがどんどん増えていく、なんてこともありうるのですね。冬だけはヒグマの心配をしなくていいと思っていたのに!
このあたりは、ヒグマの管理指針とも深く関わってくるでしょう。来月から札幌市のヒグマ基本計画が改定されますが、将来的にはこの冬眠しない個体の対策を考えないといけない日がくるかもしれません。
今回の研究計画には絶滅が危惧されるホッキョクグマの生態研究もありますね。
カナダの研究者と一緒にホッキョクグマに発信器付き首輪を装着する予定です。カナダのチャーチルからヘリで出発して上空から麻酔銃を打ち、捕獲して発信器をつけます。ホッキョクグマに関しても、どのぐらい移動するかとかどんな場所を好むか、といった基礎的な情報がまだ足りていないので、その調査をしたいと思っています。
痩せて小さな海氷の上に取り残されたホッキョクグマの姿が話題になりましたね。やはり温暖化の影響は大きいのでしょうか?
大きいと思います。ホッキョクグマは、冬から春にかけてアザラシなどをハンティングして1年分のエネルギーを摂り、夏の暑い時期は冬眠に似た状態(歩く冬眠と呼ばれています)になります。彼らは寒さには強く暑さに弱いですから、冬ではなく夏に活動量を落としてやり過ごすんです。しかし温暖化の影響でその夏が長くなったため、エネルギーとなる動物が獲れる期間も短くなってしまいました。それで、あのような痩せたホッキョクグマが目撃されるようになったんです。
海氷が溶けて居場所がなくなっていく!みたいな印象を漠然と持っていましたが、夏が長くなって餌がとれなくなったことが問題なのですね。
そうですね。チャーチルでは札幌のヒグマと同じようにまちなかにホッキョクグマが出没するようになりましたが、夏の餌不足を補うために街にやってくるようになった可能性があります。今回の研究で発信器を付ければ、そのあたりも明らかになってくるでしょう。
坪田さんは獣医師でもありますが、目の前のクマの健康や安全だけではなく、彼らが暮らしていける環境の保全を大きな研究の目標としています。私たち人間にとってはときに大きな脅威となるクマですが、同じ土地に棲むもの同士、うまく棲み分けていきたいものです。
坪田さんがチャレンジするクラウドファンディングは、ただいま受付中です。
ぜひ応援を!
プロジェクト名:世界のクマ研究最前線|クマが生きられる環境を未来に残したい
期 間 : 2023年3月1日(水)〜2023年4月10日(月) 23:00
コース : 3000円/1万円/3万円/5万円/10万円/30万円/50万円/100万円
目標金額 : 500万円(目標金額以上が集まった場合のみ成立のAll or nothing方式
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