みなさんの身の回りにある金属をふくむ製品には、どのようなものがあるでしょうか?スマートフォンには複数の金属からなる電子回路が組み込まれ、財布の中には硬貨とICカード、部屋の明かりを点ける電気は銅線を伝ってくる……。このほかにも金属が使われているものは沢山あり、私たちの暮らしに様々な金属は欠かすことができなくなっています。ではそれらはどこで、誰によって採掘されているのでしょうか?その採掘の現状について知れるヴァーチャルリアリティ(VR)教材が北大にあるということで、そのVRを生み出した川村洋平さん(工学研究院 教授)にお話をうかがいました。
【佐藤総太・CoSTEP19期本科生/理学院】
計測から採掘まで、採鉱学は幅広い
そもそも「採鉱学」とは採鉱にかかわる学問の総称ですが、その特徴として川村さんは「幅広さ」を指摘します。鉱石を採鉱するためには、どこにどのような資源が埋まっているかを調査する必要があり、地質学的な学問が要求されます。次に採掘を始めるにあたっては、どこから坑道を通し、どのルートで鉱石を搬出を計画するために、岩盤に関する力学的知識や重機を用いるための機械工学的知識が必要とされます。さらに、産出された鉱石を産業的に利用しやすく加工する材料工学や、材料化学的知識も求められます。そしてこれら鉱山や工場を設置する際には、環境アセスメントのための生物的知識や、地元住民の理解を得るための社会学的知識も必要とされます。このように資源採掘のために、非常に広範な知識を集合させるというのが採鉱学の大きな特徴です。
そんな幅広い採鉱学の中でも、川村さんは計測工学を通しての採鉱学を研究されています。計測工学とは読んで字のごとくではありますが、「様々なものを計測する」ための技術開発の学問です。北海道大学、博士課程の在籍時に、川村さんは振動の波形解析技術から落石予測をする研究をしていました。ある意味、波形解析技術から研究を始めたことによって、採鉱学の幅広さに対応できる研究視点を得られたと川村さんは語ります。
博士号取得後、筑波大学で勤務し、その後オーストラリア・カーティン大学に移り、最新のテクノロジーを使った研究を発展させていきます。そのうちの一つがZigBeeと呼ばれる通信技術の鉱山開発への実装です。ZigBeeは低速の通信システムですが、端末が省エネであるという特徴があります。川村さんはZigBeeの通信中継器を鉱山一帯に設置することで、テキストのやり取りや換気ファンの操作などを無線で行えるようにしました。また、発破時の振動データを地図情報に紐づけ、それを機械学習を通して発破振動を予測し、最終的にGoogle Mapなどと同期し周辺地域と情報共有する手法も開発しました。川村さんの研究は、鉱山空間全体をデータ化することで、様々な課題を解決していきました。
採鉱学の冬の時代を経て
ただ、川村さんは「日本において採鉱学は常に盛んに研究されてきたわけではない」と指摘します。日本では佐渡金山や石見銀山の例にもあるように古来より様々な地域で鉱山開発が行われてきました。近代に入ってからも「炭坑節」に歌われた九州の三池炭鉱や、鉱毒事件で悪名が知られるようになってしまった足尾銅山、北海道でも夕張をはじめとする空知での炭田開発など様々な地域で鉱山が開発されてきました。それに伴い北海道大学でも1925年に旧北海道帝大工学部で鉱山工学科が設置されるなど、採鉱学は盛んに研究、教育されるようになりました。
しかし1970年代以降、低価格な輸入品の増加や、国内鉱山の効率低下により採算が取れなくなっていったことにより、日本の鉱山開発は下火になり、それに伴い「採鉱学の冬」とも称される時代が到来しました。川村さんも北大の指導教員から、採鉱学以外にも応用が利く波形解析技術を習得することを勧められました。
ただ近年、日本の採鉱学に新たな潮流が生まれています。日本の商社などが海外に鉱山を所有するようになった結果、採鉱学の知見を持つ人材の需要が高まったのです。秋田大学では2016年に国際資源学研究科が大学院に設置され、川村さんも立ち上げと同時に教授として着任しました。その後、2021年に川村さんは母校である北大に戻り、最新のテクノロジーを活用し効率的な採鉱を目指す、「スマートマイニング」の開発と普及に取り組んでいます。
採鉱の現場をVRで体験
日本では、海外に派遣する採鉱技術者の需要は高まっていますが、「採鉱学の冬」の影響もあり国内で採鉱学教育を行う大学は数えるほどしかありません。より多くの人材に、効率的に採鉱技術教育を行う必要があります。ただネックになるのが現場教育の難しさです。日本で今も実働している鉱山は鹿児島の菱刈金山と、北海道の釧路コールマインの2カ所しかありません。また現在世界で稼働している最先端の鉱山の規模は日本より大規模で、先端的な鉱山開発を学ぶためには海外の鉱山の事情を知る必要があります。そこで川村さんはVRを用いることで、現場教育をより身近でより安全に行っていくことができると考えまし2022年年6月、川村さんが主導し、北大工学部に360°のVRシアターが設置されました。シアター式にすることで、現場教育のように教員がシアター内の映像を見せながら講義をすることができます。最新のテクノロジーを採鉱学に盛り込んできた川村さんらしい問題解決手法であると言えるでしょう。
VRシアターは採鉱教育以外にも応用されます。工学、農学、水産学、果ては宇宙まで、フィールド・ワークが必要とされる学習に活用されるほか、フィールド・サイエンスの枠を飛び出し、医学、スポーツ科学、教育学の教育にも用いられる計画です。
採鉱学再考
ただ、鉱山開発の課題は教育だけではありません。現在の鉱山開発は、鉱石の質の悪化や、鉱山開発がもたらす環境問題や地域社会への影響など様々な問題を抱えています。現在、川村さんはAIやドローンといった最新技術を応用して、鉱山開発が抱える問題自体にも取り組んでらっしゃいます。
そんな川村さんをゲストに迎えたサイエンス・カフェ札幌を、、9月10日、紀伊国屋書店札幌本店の1階インナーガーデンにて開催します。鉱山開発が抱える問題をさらに「深堀り」するだけでなく、イベント参加者どうしで意見交流するワークショップも行う予定です。
詳細は以下の通りですので、どうぞ奮ってご参加ください。
【タイトル】 第131回サイエンス・カフェ札幌
「採鉱学再考~1本のマイボトルが教えてくれる鉱山開発のいま~」
【日 程】 2023年9月10日(日)14:30~16:00(開場 14:00)
【場 所】 紀伊國屋書店札幌本店 1F インナーガーデン
北海道札幌市中央区北5条西5-7 sapporo55 1F(011-231-2131)
【対 象】 高校生以上
【定 員】 40人
【参加方法】 無料、WEBによる事前申込制(先着)
【詳 細】 https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/event/27853