私たちは、金子沙永先生(文学研究院・准教授、知覚心理学)の研究内容や、錯視そのものに迫ります。研究の内容は専門性が高く、難しくも興味深いものになっており、錯視についてのお話は、身近に感じられるものも多く、誰でも楽しめる記事になっています。
【中山賢太郎・総合理系1年/森田陽久・工学部1年/片岡亮登・総合文系1年】
金子先生の研究内容を教えていただけますか?
私の専門は知覚心理学ですが、特に人間の視覚について研究しています。輝度とか、色とか、あるいは形とか、そういったものの情報がどのように脳の中で処理されているのかについて関心があります。
最近の研究では、主に実験手法として、人間の行動から視覚を読む心理物理学的な手法をメインとしていますが、もう一つ、人がものを見ているときの脳活動を脳波で記録することもやっています。
比較的最近論文になった成果として、例えば、赤と緑では異なる脳活動が起こりますが、人が色を見ているときに特定の色に対して脳活動がどう変わるかを記録した研究があります。
人間の目の中でも網膜に錐体細胞というものがあり、異なる色を見分けられる能力は、その錐体細胞の応答の違いから生まれています。目から生まれた情報が脳に移動しますが、脳に伝わった後の情報処理でわかってないことがものすごく多くあります。最初に私がやった研究は、色だけが異なる光を見せたときに、どのように色の情報が処理されているのかを調べることです。例えば、脳活動が特定の色や形に強かったら情報処理はこのようにされているのではないか、という仮説を検証します。
網膜の細胞は3種類ありますが、画面に出す特定の色に対して3種類の細胞がどのくらいの割合で応答するかを計算することができます。計算された色の地図というか、こういう色味がよい、というのがあって、それを使い厳密に測り、あらかじめ決めた色を画面に出します。ある実験では色に対する脳活動を取りたいので、光の強さは一緒にして色だけが違う情報を使いたいのですが、なかなかすぐにはできず、結構計算しないとできません。
金子先生が発見した錯視はありますか?
私がサンディエゴにいたときのことですが、刺激の大きさを色々試行錯誤しているときに、「あれ?これ動かすようにプログラムした記憶はないんだけど…」ということがありました。確かめているうちに新しい錯視だとわかって、もともとの研究は置いておいて、この錯視を研究することになりました。
上下に分割された画面上に2つの縞模様があります。分割された画面の上部分の背景は黒のままですが、下部分の背景は白と黒で点滅させます。画面の中の上部分にある縞模様の円盤を左に、下部分にある縞模様の円盤を右に動かしても円盤の中の縞模様は動かないはずですよね。でも動かしてみると下部分にある円盤の中の縦模様が動いているように見えますよね。
プログラムのミスなのかを確かめるために、紙の円盤に縦模様を描いたものを左右に動かすと紙だから絶対動かないはずなのに動いて見えますよね?だからこれはプログラムのミスではなく実際に錯視が起こっていることがわかります。しかも、例えばもっと速く動かしたらどうなるんだろう?もう少し円盤を大きくしても同じになるかな?など、いろいろと確かめることができます。ずっと目で追っているとあまり錯視は起きないんですが、ちょっと目を離しただけで結構錯視が起こるのがいいんですよね!
金子先生が発見した錯視に名前はついていますか?
名前はついていないんですよ。
〇〇錯視みたいな名前がついていたらいいのですが、錯視の効果がすごく説明しづらくて、当時考えてみたのですが、結局うまい名前が思い浮かびませんでした。
ただ、この錯視の内容とは関係ないのですが、ハチドリという、ちっちゃくて、すごく速い鳥がサンディエゴにはたくさんいるので「ハチドリ」というあだ名はつけていました。この錯視については論文(Anstis, S., & Kaneko, S. (2014) Illusory drifting within a window that moves across a flickering background, i-Perception)に出しています。
生活に使われている錯視はありますか?
いっぱいあると思います。錯視の研究そのものはダイレクトにはあまり自分の生活に関係ないと思われるかもしれないですが、人間の目はカメラとは違い人間特有の見る癖みたいなのがあって、それを知っておくことは現実世界でも大事だと思います。
わかりやすい例でいうと、色の組み合わせによって境目が見えにくいものや、見えやすいものがありますが、例えば将来ウェブデザイナーになったときに、色の組み合わせについて知っているか、知らないかで結構変わってきますよね。他にも色の同化現象の例として、ミカンが赤いネットに入っていることありますが、赤いネット部分がミカンの皮の色に近づくことで、よりミカンがおいしそうに見えるというものがあります。オクラなどもより緑でおいしそうに見せるために緑ネットに入っていたりします。
金子先生の研究室で学生はどのようなことをしていますか?
学生はそれぞれの興味に合わせた実験研究をしています。実験で使うものは全部自分たちでプログラミングしています。信号処理や解析も自分たちでやっています。
私が学生のときに試したみたいにこうしたらどうなるの?とか、学生にはいろいろ自分で試行錯誤して欲しいのでなるべく1人1つのスペースを用意しています。
実際に実験をやるのではなく、私が作ったプログラムを学生が自分の実験に合わせるために変更して動きを確かめるスペースもあります。学生がプログラムを変えるのがどうしても無理となったら手伝っています。
この記事を読んでいる学生の皆さんに伝えたいことはありますか?
心理学に興味があるけど何をしたらいいかわからないという人には、まず心理学の実験に参加してみることをお勧めします。心理学実験に参加してもよいという人の連絡先を登録するためのデータベースがあります。もし興味があったら、メールアドレスを登録してぜひ参加して欲しいです(登録方法はこちらを参照してください:https://lynx.let.hokudai.ac.jp/dpt1/社会心理学実験の参加者募集/)。
金子先生へのインタビューを通して、錯視という私たちの生活とはあまり関係なさそうなことが、実はさまざまなところで役に立つということがわかりました。金子先生が心理学実験の参加者を募集しているので私たちも参加したいと思いました。
後編では金子先生の素顔に迫ったものを書いているので、そちらの方もぜひお読み下さい。
この記事は、中山賢太郎さん(総合理系1年)、森田陽久さん(工学部1年)、片岡亮登さん(総合文系1年)、酒栄あさひさん(文学部1年)、米本千佐子さん(総合理系1年)が、一般教育演習「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果です。