前編では、下鶴倫人さん(獣医学研究院 准教授)のヒグマ研究についてうかがいました。年々数が増加しているヒグマ。実はまだまだ未解明なことが多いのだといいます。後編では、下鶴さんが獣医学に興味を持ち、どのようにしてヒグマ研究に至ったのか、調査研究を進めるうえで抱いた責任についてうかがいました。
【岩崎航志/総合理系1年・菅遥香/文学部1年・小島隆之助/文学部1年・柴田愛菜/医学部1年・須賀勇斗/総合文系1年・毛利友哉/総合理系1年】
獣医学に興味を持ったきっかけは何ですか?
中学3年生の頃、犬を飼おうと思ったことがきっかけですね。犬種図鑑を買ってきて、どんな犬を飼おうかと眺めていました。それを隅から隅まで読んでいたら、犬に完全にハマってしまいました。実際に犬を飼い始めると、とても可愛くて。その時、獣医師になりたいという思いを強くしました。
最初から動物の臨床医ではなく研究者になろうと考えていたんですか?
いい質問ですね(笑)。獣医学部イコール動物のお医者さんになるところという視点しか持っていませんでしたが、大学に入って何年か経って、獣医といってもたくさんの道があることがわかり、動物の生理学や行動学、血液の研究などに興味を持つようになりました。そこからどうして研究者の道に進もうと思うようになったのか、はっきりとはわかりませんが、考えが変わっていきました。
最初はどのような研究を行っていたんですか?
東京大学の獣医学部から大学院まで動物行動研究室にいて、動物行動学の研究を行っていました。当初はネズミの行動研究に取り組んでいました。行動研究というのはマーキング行動や攻撃行動、不安行動などについての研究で、環境がどのように動物の行動に影響を与えるかというテーマで主に研究していました。「動物がどういうことを考えながら生きているのか」ということに興味があったので、今の野生動物研究にも自分の持つ問いは共通しているものがあると思います。
野生動物の研究を始めようと思ったきっかけは何だったんですか?
博士号を取得し、就職先を模索する際、偶然にも当時の恩師から野生動物に関するポストが空いていることを知らされました。その後、運よく採用され、その後に、知床というフィールドを訪れる機会を得ました。ヒグマの研究に関わるようになったのはそこからですね。知床はあまり研究されていない地域であり、偶然と縁が重なった場所でした。そこでの経験が僕のヒグマ研究への関心を高め、現在の研究者としての道を歩むきっかけとなりました。
ヒグマの研究を通じて感じる「伝える責任」
野生動物研究の際に大変なことはなんですか?
野生動物が対象なのでこちらが考えているような通りには全然いかない。そこが、実験動物を観察する場合と大きく異なる点ですね。野外での野生動物の研究は実験動物を観察する場合と異なり、待ちが多いですが、本州に比べ、自然豊かな北海道ののどかな風景に囲まれて研究することは待ち時間を含めて気持ちの良いことで素敵だなと感じます。
ヒグマに関する今後していきたい研究はありますか?
昔から興味がある「動物が何を考えて暮らしているのか」という問いについてその一端を掴めるような研究を進めていきたいと思っています。また、ヒグマについて正しい情報を伝えていきたいと考えています。研究者としてキャリアを積んでいく中でヒグマを巡る状況は確実に悪い方向に向かっていると感じています。僕は自分が知りたいことや関係あることだけと思い生きてきましたが、ヒグマの研究をしていく中で観光業・漁師・周辺住民など立場によってヒグマに対する捉え方が違い、1つの視点だけでは語れない部分があると実感します。そのような経験を通し、自分がここにいる意味ではないですが社会的な役割みたいなのを少しずつ感じてきています。自然に囲まれて研究するのは自身のためだけでなく、ヒグマと社会がより良い関係を築くためにも役立たせることができると考えています。
まだまだ未解明のことが多いヒグマの研究を行っている中で、下鶴さんはヒグマの専門家と呼ばれることが多くなってきています。「ヒグマの会」などの市民団体に属し、政策決定や人とクマが共存できる環境作り、どのように伝えるべきかを模索しているといいます。
直接僕が何かをやれば減らせるのかという問題ではないけれども、どう皆さんに伝えていくべきなのか、伝えていくことの重要性を身に染みて感じ、重要な立場に立ってきているという責任感のようなものを感じています。
取材を終えて
「学生時代、研究だけでなくバイトや人間関係などの経験が今につながっていると感じます。これからの大学生活では好きなことや楽しいこと、興味を持ったものを初めから取捨選択せずに挑戦する時間にしてみるといいんじゃないかな」と取材班にエールを送りました。下鶴さん、ありがとうございました。
この記事は、岩崎航志さん(総合理系1年)、菅遥香さん(文学部1年)、小島隆之助さん(文学部1年)、柴田愛菜さん(医学部1年)、須賀勇斗さん(総合文系1年)、毛利友哉さん(総合理系1年)が一般教育演習「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果です。