北海道内では近年特に市街地やその周辺でヒグマの出没情報を耳にする日が多くなっています。身近であり、恐ろしさを感じる動物である一方、多くの人を惹きつける動物でもあります。そんな恐れられ、愛されているヒグマですが、実は未解明なことが多い動物です。その一つがヒグマの年齢。ヒグマの寿命は20~30年といわれていますが、2歳をこえるとヒグマは見た目から年齢を推定することは困難だといいます。では、一体どのように年齢を推定しているのでしょうか。今回はヒグマの年齢を血液で推定する方法を確立した下鶴倫人さん(獣医学研究院 准教授)にお話を伺いました。
【岩崎航志/総合理系1年・菅遥香/文学部1年・小島隆之助/文学部1年・柴田愛菜/医学部1年・須賀勇斗/総合文系1年・毛利友哉/総合理系1年】
ヒグマの血液から年齢を推定し個体数管理につなげる
ここで取材班に下鶴さんから「北海道にヒグマはどのくらいいると思う?」という質問が。各自それぞれの頭数を答えます。
現在北海道にいるヒグマは2020年度の推定では1万1700頭といわれていて、そのうち年に1000頭も駆除されています。昔、ヒグマはすべて駆除する政策でした。そのため、駆除すれば報酬が出たり、クマ自体も高値で取引されていました。しかし、1990年代に入って、生物多様性などが訴えられ始め、ヒグマの保全、保護に政策が切り替わりました。現在ではヒグマの個体数は1990年度の5200頭から大幅に増加し、1万1700頭と推定されています。年に1000頭も駆除されていても、増加傾向にあるため、それに伴い農作物への被害などヒグマの問題も増加しています。
現在私たちは岐路に立たされており、これから個体数を減らすべきか否かを考えなければならない時なのです。今後、ヒグマを保護あるいは頭数を減らすという方向に向かっていくとしても、同じ道を繰り返さないことが重要です。そのためにも今後ヒグマの個体数がどうなっていくのか、予想・モニタリングしていくことが大切です。
下鶴さんの血液を用いたクマの年齢推定は何に生かされますか?
年齢情報は動物の生態を研究する上で非常に重要です。年齢情報がわかることで、年齢構成が判明するからです。これにより地域ごとの個体数の増減の管理が可能になります。
例えば日本とインドの人口ピラミッドを思い浮かべてください。この二つは全く異なっており、日本は少子高齢化して人口が減少すると予測ができる一方、インドはまだまだ増加する予測できますね。
クマも同様に個体数だけでなく、年齢構成が判明すると、これから先高齢化や少子化で個体数が減少するかなど予測が可能になります。
血液によるヒグマの年齢推定ができると何が可能になりますか?
ヒグマは人間とは異なり、見た目で年齢を判断することができないため、年齢推定を行う必要があります。これまで年齢推定は歯を用いて行っていて、そのためには捕獲し、クマの歯を抜かなければならないため、クマの負担も大きかったのです。他の野生動物で用いられていた血液での年齢推定をすることでクマへの負担も減って、簡単にそして正確な年齢推定ができるようになりました。これは画期的なことです。これから毛や糞のなどでも年齢推定が可能になればさらに状況は良くなると考えられます。
ヒグマからはどのように採血するのでしょうか?
ヒグマを捕獲して麻酔をかけて採血をします。年齢が明らかな飼育下のヒグマや、野生下のヒグマを対象として採血を行い、血液中のDNAの「メチル化」という指標をみます。この指標はこれは年を追うごとに上がっていくもので、個体ごとの変化がわかるというものです。
年齢推定と冬眠そして老化への関係とは!?人間も老化しなくなる!?
年齢推定の方法は冬眠と老化の関係の解明にも影響するそうですね。
老化に伴い変化する「メチル化」という指標が、冬眠をすることで変化が遅くなると聞いたのですが、人間にも応用ができたりするのでしょうか?
体温を低下させて食糧の少ない冬場を冬眠して過ごす動物、例えばコウモリなどは冬眠すると、いわゆる老化(メチル化の変化)が止まると考えられています。ヒグマでも同じようなことがあると面白いなと思っています。SFで人口冬眠と呼ばれるものがあると思うのだけれど、人間も代謝が低くなれば、老化のスピードを遅くできるかもしれません。まあ冬眠できて、老化が止められたとしても、その間寝ているからそれが楽しいかどうかは別問題だけどね(笑)
取材班では道外出身者が多く、ヒグマを見たことがなかったの取材の前に円山動物園にヒグマを見に行きました。ガラスで隔てられていることもあり、怖さよりも可愛いといった印象が上回りました。
ガラスがあるか無いかでで緊張感が違いますね。僕も道外出身で、最初に知床のルシャ地区でのフィールドワークでヒグマを見たときはとても怖かったです。車のすぐ5m横にヒグマが通っていました。
ヒグマが本気を出したら私たち人間は一瞬でやられてしまいます。そういった動物であるということには変わりありません。ヒグマは人間を見たらすぐに襲ってくるという動物ではなく、人間のことを怖いと思っているのが普通なので、ただ怖い動物というわけでもありませんよ。
ヒグマを見たい気持ち、ヒグマをめぐるさまざまな思いがあるんですね。
最近、動画の撮影のために、ヒグマが出没している場所にヒグマが出る環境を意図的に作ったとも見てとれる大変危険な行為が報道されました。そもそもクマは世界中で愛されるコンテンツなので、観光客がヒグマに寄せる関心や写真や動画を撮影して投稿したいという気持ちがあることもわかります。一方で実際に住んでいる方々の気持ちは異なります。例えば僕は仕事上、ヒグマの写真をたくさん撮ることができますが、今はあまり撮っていません。それは、「近距離でもヒグマを安全に撮影できるんだ」という誤ったメッセージの発信になりかねないからです。また「研究だから近距離でヒグマを撮影しても良い」とも必ずしもなりません。そこで最近では、ヒグマそのものの写真を撮ることは控えるようにしています。このような状況を自分なりにどう消化しようと思ったときに、ヒグマの糞なら良いのではと思い至り、Bear Scat LoversというFacebookのページを作りました。
実際、僕はヒグマの糞からDNAを取ったり、何を食べているかを調べたりといった研究もしています。ヒグマはほとんど植物質のものを食べているため、糞は非常に匂いが良いです。6月だと、例えばせりなどを食べており、非常に良い匂いがします。見つけては臭いをかいだり、いい匂いと言って、学生とシェアしたりしています。
ヒグマが出没する要因はさまざまであることを知る
ヒグマが人里に出てくることに対してどのような対策がありますか?
実は現在、ヒグマの住みやすいような状況が戻りつつあります。メディアでは、よく山に餌がないからと報道されますが、必ずしも正しくないと思います。確かに、食べ物が少ない年もありますが、ある一種類の食べ物がないと終わりということは決してないからです。例えば、桜の実がないと死んでしまいますという状況になった場合、異なる2番目の食べ物探しに行こうとなります。このように、簡単な構図でヒグマが出没する要因は語れません。地域によっても事情が全く異なるなど、様々な要因が考えられます。報道や新聞などで報じられるのは、時間や紙面の制限もあって、あくまで1つの見方であることが多く、そのためクマが人里の方に出てくることに対して具体的な対策を一言で言うのは難しいと認識する必要があるでしょう。
2021年に札幌市東区に出現したヒグマなども、川沿いの薮の中を移動し市街地に出てきましたが、誰も気づきませんでした。薮があると、ヒグマも移動しやすいので、そういったスペースをしっかり管理することが1番大事になってくると思います。基本的に、ヒグマが市街地のど真ん中に出たいと思って来るというより、迷い込んで、気がついたら市街地のど真ん中だというのが、2021年のケースだと思います。そういう点で、僕の考えとしては、いかに出てこない対策を取るか、あるいは、引き寄せないということが重要だと思います。
取材を通して:フィールドワークでの重要な考え方
フィールドワークでは地域の人々とどのように向き合い、どのような準備が行われているのかをまとめました。
―地域や現地の人々との意識の違いを認識すること―
ヒグマとの関係を理解するためには、フィールドワークにおいて地域や現地の文化や背景との関係性を理解することが重要だと下鶴さんは語ります。頻繁にヒグマが出没する地域の人とその他の地域出身者との間には、ヒグマに対する意識に差異があることがあります。このような違いを把握し、研究を進めることは非常に重要です。
―実地調査に対する心構え、安全第一の意識―
実際に野生のクマと接触するなどの調査を行う際には、十分な準備と対策が必要です。下鶴さんから、基本的には車から出ずに観察し、クマスプレーの携帯と常に警戒心を持ちながら行動することが重要であるとお聞きしました。興味深いことに、彼は鈴を身につけない理由についても話してくれました。下鶴さんによれば、他の物音に気づかなくなる可能性があるため、鈴をあまり使用せず、その代わりに、「ホイホイホイ!」といった大声を出すことや車から出ないなどの安全対策を行いながら調査を進めているとのことでした。
実際の声出しはこちら
この記事は、岩崎航志さん(総合理系1年)、菅遥香さん(文学部1年)、小島隆之助さん(文学部1年)、柴田愛菜さん(医学部1年)、須賀勇斗さん(総合文系1年)、毛利友哉さん(総合理系1年)が一般教育演習「北海道大学の”今”を知る」の履修を通して制作した成果です。
《後編に続く》